第百四十七話
フェルン、クレイ登場。
奇跡の定義は人それぞれだが、今回はサレンにとって奇跡は間違いなく起きた。
軍用機から何かが落ちたのが見えた。それが人だと理解したときにはサレンは思わず涙を流してしまった。
「うおおおおお、人間じゃ! あれは、間違いなく生きておるぞ!」
しかも二人の人間が落下し、そしてパラシュートを展開した。いつしかのサレンのようにただ落ちたのではなく、生き残るための道具を駆使して降りている。こんな場所で着地できる場所はここしかない。
「わ、わ、わ、わしはどうすれば……!」
礼服もなにも、服がないのでどうしようもない。片づけなければならない場所もないのでこのまま待ち構えるしかない。
「そ、そ、そうじゃ。おもてなしが必要じゃな!」
茶菓子なんて夢のような食べ物はない。サレンにできるのは体を張るのみだ。36年という長い間独りで過ごしたせいで彼女の価値観は大きく逸脱し、これからやってくる客人に対してサプライズを仕掛けるべきだと勘違いしてしまった。
「ふふっ」
サレンは嬉しそうに笑うとその場から姿を消した。
軍用機から飛び降りた二人はサレンの島へ降り立った。一人はパラシュートに慣れていないせいか着地に失敗して顔面を火成岩に打ち付けた。
「ぐえっ」
「大丈夫ですか、フェルン」
二人はどちらも女だった。無事に着地した女はパラシュートを脱ぎ捨て、顔を打った女に手を差し伸べる。
「ほっぺを切っちゃいましたぁー。いったーい」
フェルンと呼ばれた女は頬から流れる血をどうすることもできず涙目になりながらもう一人の女の手を取り立ち上がる。
「すぐ治るのだから落ち着いてください」
冷静な女はゴーグルを外し、その場に捨てる。
「クレイっては眼鏡の上にゴーグルしてたの? なんだか面白いかも」
フェルンはクレイという名の女の強引なやり方に笑う。泣いたり笑ったりと、フェルンは忙しい女なのだ。
「静かに。私たちは遊びに来たわけではないのですよ。目標がいるとわかった以上、油断は禁物です」
「わかったよ、クレイ」
二人の服装はまるで特殊部隊のようだが、どこの軍隊にも所属していない。彼女たちが乗ってきた軍用機も米軍基地から窃盗したもので、操縦士を失ったのでおそらく近いうちにどこかへ墜落するだろう。
フェルンの見た目はかなり若い。十代半ばを超えたばかりといったところだ。クレイはフェルンと比べて一回りは年上に見えるほど大人びている。
「こんなところに人が住めるわけないと思うんですけど」
正真正銘火山しかない島を見て、フェルンは言う。
「でもさっき見たでしょう。あれは間違いなく『サレン』です」
クレイとフェルンは機内からサレンの姿を間違いなく確認し、飛び降りた。注意深く移動しながら彼女を探す。
「臭いし、暑いし、私だったら二日で自殺してるかも」
「記録によればサレンは36年前にこの島付近に落下しています。生きているのを確認したのだからおそらくサレンの精神状態はまともとは思えません。更なる警戒を」
二人は好き放題言いながら火口付近までやってきた。ここに来るまで様々な生活痕があった。不自然なほどまとまった流木や岩。寝床にするにはちょうど良さそうな小さな洞窟。排泄物は見当たらなかったが、火口に捨てているのかもしれない。劣悪だが、なんとか人が住めるだけの環境はそろっていた。
もしかして気のせいなのではないか、噴火する火山を見て二人はそう思い始めていた。
「誰もいない……」
「誰もいないならさっさと帰ろうよー」
クレイは眼鏡を直し、改めて島を一望する。この場所なら島で何か動きがあればすぐにわかる。それでもなお、何一つ動かないのはかえって怪しかった。それはつまり、見えないところで何かが起きている可能性があるということだ。
「……まさか!」
クレイは悪寒を感じ、火口を見た。しかしすべてが遅かった。
「ばぁ!」
マグマの中から飛び出したサレンがクレイに抱きついた。
サレンの体に付着したマグマがクレイの服を焼く。その様子を見て、驚いたフェルンが行動を開始する。
「クレイ!」
ためらいもなくサレンの腕をつかみ、フェルンはクレイを救おうと引きはがす。しかしサレンの力は尋常ではないほどに強かった。仕方なくフェルンはポケットから小型のナイフを取り出し、サレンの腕へ突き刺した。そこでようやくサレンはクレイのもとから離れた。
「ねぇ大丈夫?」
二人はサレンから距離を取る。服を焼かれたクレイだが、無事であった。
「私は大丈夫」
そう言ってクレイは焼けた服を脱ぎ捨てた。服の下には全く別の服を着こんでいた。クレイは女性もののスーツ姿となり、続いてフェルンも脱ぎ捨てる。彼女が脱ぐ必要はないのだが、この暑さと服のデザインが気に入らないのだ。フェルンの格好は日本の高校の制服のようなもので、しかしそれは実際にはどこの高校のものではないオリジナルであった。




