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第百四十六話

エンジョイ孤独!

 



 ——————36年後。




 恐ろしく長い月日が経過した。太平洋上に存在する名もなき無人島。そこでは未だサレンは独りぼっちだった。

 否、二回だけ来訪者がいた。いずれも船か飛行機の事故により漂着した死体で、サレンが発見したときにはすでに性別すら曖昧なほどに損壊したものであった。彼女が一番欲しい人肌の温もりどころか、ぐじゅぐじゅに溶けかけた肌に触れるのものためらわれるほどの酷い有様の死体を、サレンは丁寧に埋葬してやるほどの精神的な余裕も場所もなかったので近場の火口に放り込んで処理した。臭いがきつかったのも相まってかなり乱暴な扱いをしたが、彼らもビーチと呼ぶには哀愁漂う岩しかないような、こんな場所で腐り果てるよりは大分ましな終わり方をしたのだろう、と彼女は思った。


「わしは……いつまでこんなところにいるのじゃろうか」


 サレンはいつもの岩場でいつもの岩に腰かけ、海を眺めた。彼女のこの老人のような話し方はずっと昔からそうで、それは最初からあまり変わらない。36年の間もそれだけは変えなかった。そうしてしまうと独り言での自分がいなくなってしまうから。


「そうだな、生きていればいつかきっと良いことが待っているんじゃな。わかった、まだ頑張るとするかの」


 このセリフは数えきれないほど呟いた。脳内の会話がすべて口から洩れていたとしても、それを聞く相手もいなければ迷惑になる相手もいない。

 しかし身だしなみだけは気をつかっている。髪の毛がある程度長くなれば燃やして調整するし、体が臭いと感じれば火口に飛び込んでいらない角質だけを燃やして清潔を保つ。いずれも何度か失敗して死んでしまったが、いつか使える笑い話にするつもりだった。


 サレンは何度もこの島から脱出しようと挑戦した。しかしそれもことごとく失敗し、もう自力での脱出はあきらめた。強い海流がこの島目掛けて流れるせいで、一切の休息なしで泳いだとしても進めるのはせいぜい一日40キロメートル程度。空腹と疲労で気絶でもすれば、目が覚めたときにはこの島に流れ着いてしまう。


 この島が位置するのは日本から東へ三千キロ。40年ほど前に海底火山によってできあがった島だが、あまりに小さすぎるために未だ日本やアメリカ、その他各国が発見していない不幸の島なのである。周囲は火山のせいでメタンハイドレートが海底から噴き出し、近づく船に悪影響を及ぼす。そもそもこの辺りに限ってサンゴ礁が広がっており、船は座礁の危険が高いので誰も近寄らない。


 そして運悪くこのエリアは航空機のルートではなかった。もしここを通るとどこへ行くにも遠回りとなってしまうので半径数十キロの範囲は誰も通らないのだ。サレンが36年前に乗っていた軍用機も、違法な離陸をしたために正式なルートを外れていた。

 この島は活火山だが、あまりに小さい活動であるがゆえに人工衛星からの発見は困難を極める。サレンはとことんツイていなかった。


「お、そろそろ時間じゃな!」


 しかしながらサレンには強靭な精神力があった。最初の数年は完全に精神が崩壊していたが、これだけ独りでいると人生はそういうものなのだと割り切れてしまい、ここ何年かは楽しく無人島でサバイバルをしていた。絶望はするだけ無駄だと悟ったのだ。

 彼女は座っていた岩から立ち上がると軽い足取りで岩場を進み、いくつかある火口のひとつへと向かう。


「飯じゃ飯じゃ! わしは腹が減ったんじゃ」


 サレンがキッチンと思い込んでいる火口の縁には、先ほどから魚を置いてある。本当は串焼きがしたかったが先日、木の棒をマグマに落として焼失した。貴重な流木には名前を付けて大切にしていただけにショックは大きかった。とりあえず今は適当に火が入りそうな位置に置いてあるだけだ。


「バカな魚よ。わしに捕まるなんてな」


 サレンは焦げ付いた魚を手に取ってから、それにそう言った。

 サレンが浅瀬で何分かじっとしていると警戒しなくなった魚が近くまでやってくる。そこを彼女は能力を使い、海水を熱湯にする。そうしてサレンは毎日大量の魚を手に入れ、食事としているのだ。ビタミン等、栄養が非常に偏っているのでたまに動けなくなりそして死亡するが、それでも蘇るのでできるだけ延命のつもりで魚を食べている。とっくに魚の味に飽きており、こうしてわざと焦がしたりして無理やり味を変えて日々を過ごしていた。


「それじゃあ、いただくかのぅ!」


 その場であぐらをかいて、サレンは魚へかぶりつく。


「うっ」


 食べてから気が付いた。この魚は背びれに毒がある。真っ先に背びれにかじりついたものだからサレンは体がしびれ、命の危機に瀕した。仰向けに倒れこみ、ぶるぶると体を震わせる。


(最悪じゃ)


 体じゅうから汁を垂れ流し、脱水症状により頭痛に襲われる。今日はダメな日のようだ。水は岩場のあちこちに雨水がたまっているのでなんとかなるが、あえて彼女はその苦しみを受け入れることにした。こういう刺激でもないと生きていけないのだ。

 しばらくしてから満足に体を動かせるようになったサレンは魚の問題ないところだけを食べた。


「ふぅ、ごちそうさま。相変わらずお前はマズいのう」


 毒魚の死んだ目に向かってそう言うと、サレンは骨を火口に放り捨てた。これで後片付けはおしまいだ。


「……なにか、なんじゃろうな、妙な感じがするぞ」


 ふと、いつもと違う空気を感じ取った。違和感があれば真っ先に気が付く。もしかしたら助けが来るかもしれない、そんな淡い希望を抱きつつもいつも大した結果にはならない。だから今回も大して期待せずに違和感の方向を見た。


「お?」


 上空を飛行機が飛んでいた。あれは軍用機だ。サレンがあのとき落ちたそれとは型式が違うが間違いなく一般的な飛行機ではない。


「なんじゃなんじゃ」


 サレンの心臓が高鳴る。彼女は大急ぎで能力を使って火山を爆発させた。こちらに気づいて欲しくて身に着けた技術だ。激しく活動する火山を後に、サレンは軍用機を見つめる。


サレンの食事シーンのためだけに映画キャストアウェイを観なおしました。あとオデッセイも。

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