第百四十一話
第三部最終回。
数時間後、東京湾にて。
「ここでいいのか?」
光明は盗んだ友人の車を使ってランと共にこんな場所までやってきた。もうすぐ明け方となる時刻だがすでに作業員の気配がいくつもある。こんな場所で下手に動けば見つかってしまうだろうし、ランの指示とはいえ不安でならなかった。
「うん、大丈夫」
助手席から降りたランは失ってしまった右腕の傷口を押さえている。応急手当をしたのでこれ以上どうすることもできない。ただ耐えてもらうのみだ。
「私の仲間がもうすぐ迎えに来るはず」
ネネとの戦闘のあと、光明たちはまずランの隠れ家へ向かった。彼女はきっと普通の一軒家に住んでいるものだと思っていた光明は現場に到着して驚きを隠せなかった。なぜならそこは家というよりは事務所だったからだ。ビルの一室を貸し切って何人かの仲間とそこで暮らしていたらしい。
しかしそこはすでに警察が集まっており、事務所は陥落していたのだと容易に想像できた。一体誰がそのようなことをしたのかはわからないが、なんとなく彼らは想像していた。昼間ネネと共にいたハナがここで何かをしていたのならば辻褄が合う。
警察に捕まってしまった仲間たちのことを思って落ち込むランを連れ、光明はその場から急いで去った。そうして次にこの場所に行くように彼女から指示されたのであった。
「来た」
ランが言うと海の向こうからエンジン音を響かせて一台のボートがやってきた。男一人のようだ。
「仲間は一人だけかい?」
男はボートを近場に止めるとそう言って、タバコに火をつけ吸い始めた。ここで光明はこの男が先月ケガをしたランの送迎をしていた男なのだと理解した。
「うん。時間がないの。とりあえず安全なところまで」
それだけ言うとランはふらつく足取りでボートに乗り込み、座り込んだ。血が足りていないのは明らかだ。光明も続いて乗り込み、ボートは出発した。どこへ向かうのか光明に知る由もない。
「あの、浦田さん?」
ランの隣に座り、光明は話しかける。
「ランでいいって言ったじゃん。あと今話せる元気ないんだけど?」
「あ、ごめん」
ランの言葉を聞いて光明が話を終わらせようとすると、ボートのドライバーが声を張り上げて言った。
「あんちゃん、その子寝ちまったら死んじまうかもしれねぇよ! 話しかけてやんな!」
ランが男を睨みつけ、小さくため息をつく。どうやら男の言う通りで、彼女は今、とても危険な状態にあるようだ。
「わかった。ラン、さん。聞きたいことがあるんだけど答えてくれるかな?」
「……私に答えられる範囲なら」
「もしかして俺が人造人間って知ってた?」
「……当たり前じゃん。それが仕事だったんだし」
「仕事?」
「そう。殺すように言われて来たの。先輩はもしかしたらずっと前に私に殺されてたかもね」
「なんで」
「先輩がイガラシクとつながっているのは簡単にわかった。イガラシクの連中をおびき出すために殺すつもりだったの。それなのに先輩を殺せなかったし、あいつらがやってくるし。もう人生最悪」
光明は苦笑いをするしかなかった。イガラシクとやり合うために自分は殺される予定だったのかと。もしも光明があのときランに話しかけていなければ今はなかった。
「最後に、もうひとつだけ聞いてもいい?」
揺れるボートは全力でどこかへ向かっている。すぐに到着しそうにない。
ランが光明に一瞥くれる。声を出す元気はないが、話だけは聞くという意思表示のように見え、光明は話を続けることにした。
「そういや俺の告白の答えを聞いてない」
ネネと戦う前に告白をしていた。光明のスマホはイガラシクに位置を知られるわけにはいかず、その場で叩き壊してしまったので、あのメッセージを再確認する方法はもうない。だからこうして直接、対面して答えを聞きたかった。
「ふっ」
ランが鼻で笑う。それどころか隣に座る光明の肩へ寄りかかってきた。
「言わなくてもわかってるくせに」
「君の口から聞きたいんだ」
波によって大きくボートが跳ねて、水しぶきの音が響く。
「……き」
ランがそのわずかな間に何か口にした。
「ごめん、よく聞こえなかった」
「……私も、好き」
時刻は朝方。朝日が二人を照らした。
二人はどこへ向かうのだろうか。光明はもう自由だ。




