第百四十話
決着! 光明&ランVSネネ
ネネを殺す。どうしようもない殺意が光明を覆い、包んだ。
光明の体が急激に光を帯び始め、やがてすぐにネネにとって目を保護せざるを得ないほどに光輝く存在となった。
「なン、だ……!」
ランを痛めつけたことですっかり油断したネネは光明の異変についていくことができず、その場で止まった。
「よくも俺の女を! 傷つけてくれたな!」
光が熱を持ち、光明の周囲が発火し始めた。もう建物が燃えようが関係ない。この目の前にいる悪の暴力女をどうにかしなければ自分の精神がどうにかなってしまいそうだ。これからのことは全て済んでから考えればいい。ネネを殺してから考えればいい。
「もう起きやがったのか! しぶとい奴だ!」
「俺はお前を許せない! 許さない! 人の心をどれだけ傷つけたか、身をもって思い知れ!」
そこまで言うと光明は一歩踏み出した。その一歩は彼にとっていつもの歩幅だが、覚醒した『光を操る能力』は時間を捻じ曲げ、空間を圧縮した。彼の体感速度は大きく変化する。それはつまり、光明は光の速度で移動しているということに過ぎない。
「うぁ」
もちろんネネが光の速度に対応することはできず、光明の渾身の体当たりをかわす暇がなくそのまま直撃した。その威力は彼女の体の一部を残して弾き飛ばし、コンクリートの壁を破壊して建物から外へ吹き飛ばすほどの、まさしく怒りの一撃を与えたのだ。
「うぐっ」
ネネを葬り去った光明はその場に膝をつく。体が重い。ただの体当たりのはずだが、それにしては疲労感が今まで以上にあった。
ふとネネのいた場所を見ると彼女の手足だけがそこに残されていた。吹き飛ばされた衝撃でもげてしまったらしい。それもすぐに粉となり消えた。人造人間特有の証拠隠滅現象だ。
「先輩」
力尽きそうになりながらもランが光明のそばまで寄ってきた。その顔に余裕はなく、呼吸も浅い。千切れた腕の断面から血が滴り落ち、事態は一刻の猶予も残されていない。速やかに治療しなければならない状態であった。
「浦田さん」
「ランでいいよ。今まで偽っててごめんなさい」
浦田多摩美という女は存在せず、ランという殺しを行う危険人物であったいう事実。それは光明を裏切っていたのと同意であり、実際、光明はショックを隠せない。
「浦田さん、いや、ランさん」
しかし光明は騙されたからといってランと過ごした短い時間を否定しなかった。あれはまぎれもなく、正真正銘の楽しい時間だったのだから。そこに噓偽りもなく、心のそこから光明を夢中にさせるだけの大切な経験だったのだから。
「ランさん。すぐに逃げよう。歩けるかい?」
そんな光明の言葉を聞いて、ランはその場で泣き出した。すべてを否定されると思っていた彼女はここでようやく本当に心を許せる存在ができたのだと理解して、泣き崩れてしまった。
「ああもう! 行くよ!」
現状をしっかり理解している光明はランの左腕を引いて共に歩き始めた。心身共に傷ついているランを慰めてやりたかったが、いかんせんあまりにも時間がなかった。
彼らはこの場から立ち去らねばならない。大学生活など捨てなければならない。なぜなら光明を守っていたイガラシクに対して弓を引き、そして射ってしまったから。これからはイガラシクに追われる日々が始まるだろう。もう光明に居場所はない。だが守ってやれる人ができた。
それだけで退屈だった光明の人生が明るく輝いていた。
ネネが目を覚ますとまず自分が先ほどまでと全く別の場所にいるのだとわかった。狭い空間に決して寝心地のよいとは言えない後部座席。ネネはハナが運転する車で寝ていたのだった。
「はぁ」
ため息をついたネネに気がついたハナがバックミラーを使って様子を伺う。
「目が覚めたようね」
「ああ。あたしはどうなってた?」
ネネが覚えている限り光明によって吹き飛ばされたあと、あの高い建物から落下し、硬い地面に叩きつけられた。そこまでだ。またあの二人をぶちのめしてやりたかったのに、肝心の両手両足を失いそのまま気絶したのだ。
すでに自己再生は完了し、ネネは再び五体満足となっている。だが気分だけは自分の力で切り替えていかねばならない。
「誰にも見つからずにだるまになったネネを運ぶのは結構苦労したわよ」
「あいつらは?」
「私が到着したときにはもういなかった。ネネってばずいぶんとあの建物を破壊してくれちゃったから人混みができ始めてたのよ。それに光明君の壊れたスマホを見つけた。これじゃあ追跡もできない。今回はもうどうしようもないわね」
「あたしのせいですまない。言い訳もしねぇ。しばらく大人しくする」
初めて見るネネの落ち込む姿に、ハナは思うところがあった。ネネは『力が強い能力』を持っている。最近取り戻したばかりのその能力を存分に発揮する機会はない。今回のように大規模な破壊行為でしか能力は役に立てないのだ。しかしながらネネの有り余る力を無理に制御し続ければきっと彼女は暴走する。ネネが伝説と呼ばれる所以のあの五年間のように、このままではいつかまた破壊行為を止められなくなるだろう。
「……殺す……次は必ず殺す」
ネネの独り言が聞こえ、ハナはため息をついた。
「まったく、なんとかするしかないわね」
ハナはネネに聞こえない程度の声量でつぶやく。
今回のハナの任務は大失敗となった。無意味に破壊行為を行い、保護対象に逃げられ、そして目立ってしまった。
次回、第三章完結!




