第百三十四話
「私は楽しければなんでもいいんだけどね」
ランの言い分は最もである。部活でもないしょせん大学のサークルごときに高みを目指す理由はない。その道のプロを目指すならばせめてこの大学は入るべきではない。いわゆる慣れ合いであることには変わりはないのだから、ランが飲みサー目的で入ったとしてもそれを咎める理由にはならない。せめてテニスがしたいと一言述べて欲しかったものだが。
「わかったわかった。今度近所の河原でバーベキューするからそれに参加するといい」
「やったね。タダ酒飲み放題!」
ランは露骨に嬉しそうに笑顔になる。出会って間もないがそんな彼女の笑顔が可愛く見えた。だがまだこれは恋とは呼べぬものだ。
「だがな、俺から一言アドバイスがある」
「なにさ」
光明の楽しさとは程遠い声色にランが訝しげに言う。
「俺から言うのは心苦しいと前置きして言うが、いくらなんでもその恰好はダサすぎると思うぞ。もっと女の子らしくな、大学生みたいな服装とは言わなくともせめておしゃれをしてくれるともっと馴染めると思うんだ。ほら、サークルには女子もいるし、おまけにみんな気が強いからさ、浦田さんがナメられるのを見るのはつらいんだよ」
これは親心かただのお節介か。光明は傷つく人を見るのが辛いという自分勝手な理由で親切した。ただそれだけだ。
「うははっ、なにそれ。私に優しくしてくれるの?」
寄りかかっていた椅子から体を上げてこちらへ顔を寄せてくる。少しばかり顔が近くて光明はドキドキしてしまう。
「近いよ」
「じゃあさ、明日土曜日だし買い物に付き合ってよ。ぜひとも大学生らしい服装を教えてほしいもんだね」
「はぁ?」
いきなりの申し出に困惑する光明。まさかデートに誘われるとは思ってもおらず、どうするべきか考えた。確かに光明は明日の予定がない。買い物に付き合うだけの体力もある。ついでに自分の服を買いに行くのもありだろう。この敬語の使えない新入生の実態を知るにはいい機会だ。もしかしたら世間的に大事な欠点があるかもしれない。それを発見した際はやんわりと入部を断ろう。そう考えて光明はしぶしぶ了承した。
「わかったよ。俺も新しい服が欲しかったところだしな」
「うわーい。先輩優しいじゃん。じゃあ明日の十二時に駅前のデパート入り口で」
それだけ言うとランは席を立ち、部室から出て行ってしまった。連絡先も交換していない。よほど浮かれていたのか、それともコミュ障が限界を迎えたのか。
「はぁ、なかなかの不思議ちゃんだ」
次の日、光明は駅前にいた。約束の十二時より少し前にデパートの入り口にいた。できる限りの精いっぱいのおしゃれをして、いかにも誰かを待っていますという雰囲気を醸し出し、その辺の大学生を演じている。
光明は大学生だが、イガラシクの力によってなんとかそれを保っている。下手にケンカでもしてしまえばなんらかの拍子に人造人間だと勘づかれてしまうかもしれない。だが毎日気を使って普通を演じるのは少々疲れた。この大学を卒業したらしばらくどこかで身を隠し、数年後にでも社会に復帰しようと考えていた。おそらくイガラシク本部でお手伝いをすることになるだろう。
「お待たせ、先輩」
約束の時間を少し過ぎてからランがやってきた。昨日から相変わらずファッションセンスを感じられない田舎者のスタイルで、光明はいっしょにいるだけで少し恥ずかしくなった。二人でいるところをできれば知り合いに見られたくない程度にダサい。
「大丈夫? なんかトラブルとかあった?」
「なんにもないよ。服選びに時間かかったくらいかなー?」
「服選び!」
光明の顔が引きつる。この着こなしをするのに時間をかけたというのか。こんなもの、何も見ずにタンスの引き出しに手を突っ込んで適当に取り出した服を着るとしてももう少しまともな格好ができるだろう。
「それより先輩、お腹すいたんでなんか食べに行かない?」
「いや先に服だ」
有無を言わせずに先に歩き始めた光明の後ろをランがついていく。
「ちょっと、早いって」
「俺が納得する着こなしができるまで飯はなしだ」
「ええーっ」
女の子とご飯を食べるのは一向にかまわない。だがランのその恰好で一緒にいるのだけは避けなければならない。服売り場にいればいくらか気分はましだ。
エレベーターを使って若者向けの洋服屋がある階へ辿り着くと、光明はすぐにいくつか洋服をピックアップした。昨晩ネットで今どき女子の服装を調べて置いたおかげで迷いはほとんどなかった。
「これなんかいい感じだと思うぞ」
「なにこれ、花柄ガウンとか笑えるし。頭スカスカ女の子かよ」
「お前は女だろ。じゃあこれは?」
「ぶはっ、ワンピースって。しかもピンク。清楚系ビッチって感じかなー」
「ビッ……! 何言ってんだこんなとこで!」
「このフリフリついてるやつなんか先輩に会いそうじゃん」
「俺が着るわけないだろ。まじめに選ぶ気あんのかよ」
光明が選んだ洋服はことごとく却下された。ランのセンスが壊滅的なのは仕方ないとして、先ほどからどうもふざけているだけにしか思えなかった。
「うははっ、ごめんごめん。こんな服着たこともなかったからさ。照れ隠しってやつ」
「自分で言うんじゃない」
おそらく、本当にランはこういった年相応の服を着る機会がなく、そして誰からも指摘されてこなかったのだろう。今の時代、そんな田舎者のような服だけで暮らしていける場所は一体日本のどこにあるのか。
「あ、これなんかいい感じよ」
光明とランのデート回。




