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独りぼっちの紅い風 ~スモールアドベンチャー第四章~  作者: 山羊太郎
第三章 恋する薄明光線と冷たい天使
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第百三十三話

 北神光明が浦田多摩美という女を知ったのは二か月ほど前のことだ。大学の講義を終わらせた彼がいつものテニスサークルに顔を出すと、彼女はテニスコートの入り口にいた。のちにラン・ドンだと知る女である。


「なんだ……?」


 テニスサークルの活動がある日にこんな場所にいる人物の目的は一つしかない。おそらく部活見学だろう。勧誘はとっくに終わっており、なおかつ新入生歓迎会も先週に終わってしまった。きっと彼女は決断が遅れてしまい入部のタイミングを逃したのだろう。


「やぁ、どうしたの?」


 光明は立ち尽くす浦田に声をかける。


「うっ」


 やっかいな相手に見つかったといわんばかりに嫌そうな顔をしてランは光明を見た。


「いや、あの、なんでもないかなっ!」


 それだけ言うとランは足早に立ち去ってしまった。


(なんだあいつ)


 ランの後ろ姿を見ながら光明はそう呟いた。彼女はなんともいえないパッとしない見た目だった。本当に大学生なのかと疑いたくなるような適当なファッションセンスに、光明は否が応でも頭にインプットされた。

 次にランと出会ったのは次の日だ。彼女はまたしてもテニスコートの前にいた。


「なんだあいつ」


 今日はサークルの活動はない。そこで授業をしている様子はなく、そもそも今は全ての講義が終わり、何もない時間であるはずなのだ。なぜ彼女がそこにいるのかわからなかった。


「なにしてるの?」


 光明に話しかけられ、ランはボーっとしていた顔から慌てた様子へと変化する。ここまでリアクションが大きいとかえって怪しいものだ。


「な、なにって、なにしてるんだろうねーっ! そっちこそなにしてるのさ!」


 質問に質問で返され、光明は困った。知らない相手にどう答えるべきか頭をかきながら考え、そして口を開く。


「昨日のサークル活動で忘れものしちゃってさ、それを取りに来たんだ。それだけだよ」

「そうかぁー、じゃあ私はこれで!」


 言うや否や足早にその場から離れるラン。本当に質問の答えを聞きたかったのか怪しいものだった。

 初対面のときから彼女は変わっていて、光明には印象抜群だ。おまけに今日もファッションセンスが致命的にダサい。

 それからというもの、次の日も、大学の休みを挟んだ次の日もランはテニスコートに現れた。決まって光明がサークルに顔を出そうとするタイミングに入り口の前で立っているのだ。誰かを待っているのか、サークルのメンバーに用があるのか。友人に確認をしてみたところそんな女は誰の彼女でもないとのことだった。つまるところサークルにまったく関係のない女で間違いがない。


「なぁ、一体何の用だ。不審者にしか見えないんだけど」


 ある日、光明はランの背後からひっそりと近づいて声をかけてみた。


「ひぎゃああっ」

「うわぁっ」


 ランは肩をびくりと強張らせて、次の瞬間には殺されるといわんばかりに絶叫した。

 あまりに大きな声を出したせいで光明もつられて声が出る。そんな光景をサークルの後輩たちに見られて遠くの方で笑われてしまった。


「脅かすとか信じられない!」

「そんなに驚かなくてもいいだろ!」









 いつまでも外で話すのも悪い意味で目立つので光明はランを連れて部室へ移動した。どうして毎日のようにテニスコートにいるのか理由を聞き出すためだ。もし意味を感じられないのならこの場で二度とこないように注意をしなければならない。それが部長としての役目である。


「浦田さん、ね。学部が違うからかな、今まで見たことなかったよ」

「私はあなたのこと、たまに学食で見かけてたよ」


 このとき彼女は浦田多摩美を名乗った。女子の平均身長よりは少し高い彼女は椅子に腰かけ両腕を頭の後ろにやっている。年齢を聞くと今年十九歳になるのだという。実年齢は置いといて年上の二十二歳の光明に対して敬語をまったく使わないのはどうかと思ったが、とりあえず話を聞くことにした。


「それで、サークルに入りそこなったと」

「そう、なるかなー」


 ランの言い分によれば、彼女は入学式からしばらくして急に身内に不幸があったという。そのせいで授業に出られず、友達作りの初動に失敗したとか。今はなんともないが今度は別の身内が危篤状態らしく、精神的に落ち着けないそうだ。そんななか家族からどこかサークルに入るといいとアドバイスを受け、現在テニスサークルへの入部を目指してきっかけを探している最中、ということらしい。勇気を出してテニスサークルへ声をかけようとしていると、毎回ちょうどいいタイミングで光明が邪魔をしてくるせいでうまくいっていない。というのが彼女の言い分だ。


「ふざけんなし。俺が部長なんだから最初から俺に声をかければいいだけじゃんかよ」

「コミュ障の乙女はそれすら大変なんだよー」


 コミュ障を自称するランはこうして対面で堂々とここまでの状況を話した。おそらく大勢の人間相手にすると黙るタイプなのだろう。


「まあいいか。テニスサークルに入りたいってことは運動はできるんだろ?」

「え、ここ飲みサーじゃないの?」


 飲みサー。飲み会を主に行うサークルのことである。活動そっちのけでただ酒を飲んで楽しむことがメインとなり、メンバー内での楽しさは抜群だが世間の評判はあまり良くないものとなる。


「君すごいとこ突いてきたね」


 サークルに入りたいならそこでの活動を頑張る等の言葉くらい言うものだが、最初から飲みが目的で入るとなると簡単に了承しづらい。それにそもそも光明のテニスサークルはしっかり活動している。飲みはあくまで金曜日のお楽しみだ。しかしながら、毎週仲間内と飲み会をしている時点で飲みサーであることには変わりはないかもしれない。


テニスサークルが飲みサーだなんて偏見だぞ!

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