第百三十一話
「私が人造人間でなにか問題でも? ここにはそいつらしかいないってことでしょ」
ぶっきらぼうな態度は彼女のいつも通りで、それが彼が確信を持つ理由になった。ありえない話ではないが、彼女に変身した別の人造人間の可能性だってある。だがそうでもなさそうだ。変身能力なら彼女が作り出した氷のようなものの説明がまるでできない。光明は認めざるを得なかった。
「なんで……」
「悲劇のヒロイン気取りたいならあとにしてよ。今はあの脳筋ゴリラをどうにかしないといけないからさ」
「でも、ネネは誤解をしているだけで戦う理由はないんだよ」
ネネからあれだけのことをされておきながら光明はまだネネのことを味方だと思いたかった。イガラシクのやることは正しく、光明もそれに賛同している。しかし、いくらなんでもここまで強引な戦闘は初めてだ。よほど彼女になにかあったのだろう。
「君のことを人殺しだと言っているんだ。なにかの間違いだよね?」
「残念。それほんと。私は人を殺すし、あいつは私を恨んでる」
聞きたくない言葉だった。これは夢で汗びっしょりで飛び起きるほうがよほどましだ。光明の体じゅうの痛みが現実だと教えてくる。余計なお世話だった。
ネネは突き刺さったつららを自力で折って死にそうになりながらも耐えていた。すぐに自己再生して元通りになった。
「テメェ」
ネネがこちら側へと振り返る。その顔は憎悪と怒りで満ちていて、哀れでもあった。
「まさかテメェの方からやってくるとはなぁ、ラン。よほど死にてぇらしい」
ラン。ネネは今ランと言った。
「ランって、君のことか?」
「そう。私はラン・ドン。これが本名なんだ」
何もかもが嘘っぱちで、光明が知っているのは彼女の顔だけ。そんな女を好きになってしまい、彼の心は激しく揺れ動いていた。
「ハナの奴がテメェのアジトに向かったんだけどよォ、なんであたしじゃなくて奴だと思う?」
「知らないよ。あんたが使えないからじゃないの」
ランが挑発しつつ光明の前に出る。
「その通り。あたしが行くとうっかりテメェのお友達を皆殺しにしちまうからな、ハナに止められたんだ。殺すのはテメェだけで十分だからよ」
「それは怖いな。そこまで言うからには前より強くなったって期待してもいいのかな」
彼女は光明を守る気だ。その意図に気が付いたとたん、彼の中でどっちつかずの公平さが崩れた。
「ラン、さん。俺も戦うよ」
ランの横に並びネネに立ち向かう意思を見せる光明。彼女はそれに驚き、光明のことを鼻で笑った。
「いいの? 私悪党だけど。いっそのこと向こう側に行ってくれたほうがまとめて始末できたのになー」
「それを決めるのは君じゃない。俺しかいないんだ。俺だけのボーダーラインを今、ここで決めたんだ」
「かっこいいこと言って、私のことが好きなの大分前から知ってたんだから」
「……なっ」
「理由としては最低だけど、私にはありがたいかもねー」
気の抜けた話し方をするランだが、彼女から余裕をまったく感じられない。殺意を隠さないネネを前にしてしまえば誰でもそうなるものだ。
「光明ィ! テメェそっち側に着くってのかよ? そいつみてぇに腕折られなきゃ気が済まないってか!」
ネネが意味深なことを言いながらゆっくりと歩いてきた。
「腕って、もしかしてランさんの腕はあいつに……?」
光明は覚えている。一か月ほど前、ランの腕が折れていたことを。大けがにもかかわらずサークルに顔を出していたので印象深い。
「っそ。腕治ったばかりだからもう勘弁してほしいってば」
「くそっ」
光明とランは構えてネネとの闘いに備える。
「上等だ、光明ッ! 後悔すンなよ!」
ネネが近くにあった自動販売機を持ち上げる。いくら怪力とはいえ普通ではない。おそらくネネの能力は『力が強い能力』だ。小細工なしの力勝負しかできなさそうだ。
「行くよ!」
ランが合図し、二人は距離を取る。次の瞬間にはちょうどそこへ自動販売機が飛んできて中身をぶちまけた。
大量のジュースが床一面にまき散らされ、辺りに水たまりができた。ランはそれを見るや否や手のひらを向ける。ジュースの水たまりが凍り始め、やがていくつもの氷柱をその場で作り出す。
「うはは、死ね!」
氷柱へ近づきランはそれらを雑に蹴りつける。折れたつららは能力によって巨大な弾丸と化し、ネネを串刺しにすべく飛んでいく。
「ぬぅあっ!」
ネネは両腕でつららを防いだ。深々と突き刺さったつららは見ていて痛々しい。
「げぼっ」
腕の隙間から入り込んだつららが彼女の首を刺して致命傷を与えた。反射的にネネの口から血が流れだす。
「やった!」
光明が喜びの声を上げるもランの表情は硬かった。
「喜ぶのは早いんだよ! 初期型は死なない!」
ランの言う通り、ネネの体は特別頑丈にできていてこの程度で完全に無力化はできない。
「あたしをナメんじゃねぇ!」
ネネは首のつららを引き抜くと光明に向かって投げつけてきた。
「うわっ」
避けようとしたとたん、足元が滑って転んでしまった。水たまりが彼の足元まで広がっていたらしく、床についた手が冷たかった。だがそのおかげで間一髪のところを回避できた。
このお話はネネがラスボスです。感情移入しにくいね。




