第十三話
ネネは落ちていた。崖でもなく、橋でもなく。空を落ちていた。地球の遥か上空を落下していたのだ。
高度はわからない。それでも自分の体が炎に包まれるほどの高さと速さだ。おそらく高速で大気圏に突入したのだろう。プラズマ化した空気が体をすり減らしていく。
体がコントロールできない。安定しない姿勢のせいで視界が上に下にぐるぐると絶え間なく動き続け目が回る。この体が燃え尽きるのは時間の問題だ。そう遠くない。
どこが上でどこが下なのか冷静に判断できない。宇宙の闇と白い雲が交互に視界を遮る。
燃える二つの火の球がネネから離れていくのがちらりと見えた。あれがなにか確かめる方法はない。
だがネネは悲しい気持ちでいっぱいになっていた。自分が死ぬのも嫌だが、これはあの火の球に対しての感情だ。一体なんなのか全く思い出せないものの、彼女にとって大切なものであることには間違いない。
ネネは自分の手を見る。頑丈な体が燃え尽きつつあった。皮は剥がれ、肉は焼け、骨が溶け始めている。地上に落ちるより先に消えてなくなるかもしれない、とネネは思った。
(もし落ちるなら安全な所がいい。そうすりゃすぐに戦わなくて済む)
何と戦っていたのか記憶からさっぱりと抜け落ちている。とにかく自分は何かと戦った後こんな目に遭っているのだ。
なんてことを考えながら目を瞑る。これ以上壊れていく自分の体を見ていたくなかった。
瞼の裏の真っ暗闇の中で空気の流れが明らかに変わったのを感じた。肉体はもはやまともな状態ではないので熱いかどうかわからない。
彼女に残された感覚は聴覚だけだ。耳を覆いたくなるような風の音がする。大気圏はとっくに抜け、雲も通り抜けたのかもしれない。ネネが最後の好奇心に負けて目を開けたとき、緑に覆われた木々が迫っていた。
「くそったれ」
焼けた喉から絞り出すようにつぶやき、ネネの体は木に突っ込んだ。顔から地面に落ち、全身の骨が砕ける。体のどこかが取れてしまったかもしれない。
ネネは地面に落ちたものの、衝撃は殺せず何度も大きく跳ねた。最後は山小屋の屋根に激突しその床へ深くめり込む。壊れた天井から破片が彼女の体を覆うように落下した。そのうちのいくつかがネネの体に突き刺さり、完全に身動きが出来なくなってしまった。
いくらあがいても力が出ない。かろうじて片手だけ瓦礫の外に出せたものの、下半身が完全に千切れ飛び、もう動けなかった。まもなくネネはそこで力尽きた。これからそこで確実に死を迎え、そして朽ちていく。
「……ッ!」
誰かが声を上げている。
「……ネッ!」
ネネは未だ意識がはっきりしない。目を開けるのも億劫なほどだるい。
「おい、ネネ!」
拓海の声がして頬を叩かれた。痛みに意識が覚醒するとネネは飛び起きた。
「うわっ」
仰向けの状態から起き上がったものの、ネネの様子を近距離で看病していた拓海と頭をぶつけてしまう。
「ぎゃあ」
「ぐおっ」
再び意識が遠くなるくらいの強烈な痛みがネネを襲う。それは拓海も同じで、二人そろって自分の頭を押さえていた。
「いてぇ!」
「クソが!」
これは事故だ。悪態をついても仕方がない。ネネは痛みを堪え、拓海を見る。
「いてぇ!」
拓海はまだ痛がっていた。その間にネネは立ち上がり身なりを整え、周囲を見る。先ほどいた山の中だ。山小屋が近くにあり、ネネが倒れてから一歩も動いていないようだ。
「いてぇ!」
ずっと頭を押さえてうずくまる拓海を見てネネは手を差し伸べる。
「まだやってんのかよ、悪かったよ」
そう言って拓海はネネの手を取り立ち上がる。彼の額に大きなたんこぶができていた。
「俺がぶっ倒れるところだった」
「悪かったって。ところであたしが倒れてからどれくらいたった?」
まだ夜なのでそこまで時間は経過していないだろうが、気絶した以上確認しておきたかった。
「十分くらい倒れてたよ」
「十分か。迷惑かけてすまなかったな」
「いきなり頭押さえてゲロ吐いてさ、気絶したあとも痙攣するしビビったよ。病気かなんかかな」
「さあ、わからねぇ。でも気絶してる間に夢を見たんだ」
「夢?」
拓海はネネの話に興味が湧いたようで聞き返す。
「宇宙旅行の帰りに事故った感じの夢だったな」
「宇宙旅行って、何言ってんだか」
拓海は知っている。人間が初めて宇宙に行ってからいつまでたっても一般人の宇宙旅行は実現できていない。それはなぜだかわからない。技術か、予算の都合か。どちらにせよ人は簡単に宇宙に行けるはずがないのだ。
拓海はネネの見た夢を鼻で笑う。
「妙に生生しかったというか、最後はあの山小屋に突っ込んだんだよな」
ネネは全壊した山小屋を指した。そこまで聞いて拓海はあることを思い出した。
「待てよ、ネネ。もしかしたらそれ本当のことかもしれない」
「なんだと?」
「今から十五年くらい前になるんだけどさ、この街で隕石が落ちたって騒ぎになったことがあるんだ」
「隕石、だと?」
気絶しているときに見た夢はネネが隕石になったと言っても過言ではない。まだ断言できないものの、拓海の言う話とネネの考えが一致しそうで二人に緊張が走る。
「結局隕石は落ちなかったらしいし、どこにも被害が出てないからあんまり話題になってないんだけど」
「話題になってないって、どうしててめぇが知ってるんだ。十五年前だと拓海が生まれた年なんだよな?」
「だから当時のニュースはほとんど知らないし、小さいときにちょろっと聞いただけなんだが、ってまさか!」
「なんだってんだ」
急に大声を上げる拓海にネネは少しイラつく。大げさなアクションはあまり好きじゃない。
「俺が人造人間に襲われてネネが生き返ったあの日、あの人造人間に隕石のことを聞かれたんだ。もしかして隕石ってネネのことなんじゃないのか」
「もしあたしが隕石だってんならあの夢はあたしの記憶だってことになる」
「なら記憶が戻ったってこと?」
「ちょっとだけな。だが肝心な過去話は全く思い出してねぇ。クソが」
そこまで言ってネネは空気の流れが変わったような気がした。妙な気配がする。
最近朝ごはんちゃんと食べるようになりました。




