第百二十八話
悪者ネネ
先ほどから戦っていて光明は気が付いたことがある。ネネは能力を使っていない。光明が『光を操る能力』を使って精いっぱいだというのに、ここまで戦闘力に差があってはあまりにも残酷だが、もしかするとそうではないのかもしれない。
ネネがすでに能力を使っているとしたら話は違ってくる。最初、ネネは啖呵を切るときにテーブルを蹴った。あの威力はまともではない。となればあのときから人造人間としての能力を発動させていて、これ以上隠し事がないのだとすれば、光明にだって勝ち目はある。例えば、彼女の能力が『力が強い能力』ならば、接近しなければいいだけだ。
彼は考える。大量にレーザーをやみくもに作り出し、それらを発射すれば煙の向こう側にいるネネに当たるだろうか、と。もし命中すれば殺せはしなくとも動きを止められる。そうなれば次こそは光明が背を向けず殺し切ることができるだろう。
「そこか」
能力を使ってレーザーを作り出そうとしたとき、光明の鳩尾に猛烈な衝撃が襲い掛かった。心が折れる鈍い痛みと、体が悲鳴を上げる鋭い痛み、そのどちらもが彼の体を貫いた。
光明の体は気配を感じるよりも早く迫ってきたネネの拳によって打ち上げられ、文字通り足が浮いていた。
「がっ……はっ……」
これで終わらないかな、なんて考えがよぎったがネネはそうはさせてくれなかった。彼の顔面にさらにもう一撃、ストレートが突き刺さる。まだ体が浮いている段階での攻撃。とてつもない速さのパンチであった。
エレベーターの扉へ背中を打ち付けられ、息がつまる。冷たい床を頬で感じながら動けない。もう動く気力がない。もはや彼には打つ手がなく、これ以上あがいたとしても勝てる未来が見えなかった。
「負けを認めな。そしてあの女のことは忘れちまえ」
崩れ落ちた光明の前に立ち、見下すネネはそう言った。ここで断れば次になにをされるかわかったものではない。頭を潰されてもおかしくはなかった。
しかしながら、ここまでやられて光明だって引き下がるほど軟弱な存在ではない。確かにネネと喧嘩して勝てる気配がまるでない。
「俺は、認めない」
ネネの足を掴む。
「くどいぜ。あたしはテメェを殺すつもりはねぇ」
嘘だ。殺す気で階段から突き落とした。先ほどのパンチは普通の人間ならとっくに死んでいる威力だ。
「好きな女が出来て、見ず知らずのお前なんかにあきらめろって言われて、はいそうですかと言えるかよ。なめんな」
血まみれの光明がそんなことを言えば、ネネのしている行為がどれだけ悪であるか自覚してくれるはずだ。彼女に少しでも良心が残っていればきっとこれで終わるはずなのだ。
「確かにあたしのやってることは悪いと思ってる」
光明の中でちょっとだけの希望が湧いた。ネネにも改心する気持ちが芽生えた。
「だがな、ここでテメェを止めなきゃ不幸になる人間が大勢出るんだ。どうか考え直しちゃくれねぇか?」
北神光明は一途だ。光のようにまっすぐに突き進み、自分の道を行く性分だ。これだけは変えられない信念である。だから彼の答えは一つしかない。最初から、そして最後まで。
「断る」
「こ、のっ……尻穴野郎がッ」
とうとう頭に血が昇ったネネは光明に掴まれていないほうの足を上げる。彼の頭を踏み付ければ死ぬ、手を踏み付ければ砕く。どこを踏んでも光明にとってまず重症が保証される状況であることにはかわりない。
「くっ」
これから訪れる死を覚悟して、光明は目を瞑った。
しかしいつまで経ってもネネは踏み付け攻撃をしてこなかった。やがて気になった光明は目を開き、ネネを見た。
「……ぶふっ」
ネネが口から血を吐き出した。おびただしい量だ。それよりも、彼女の胸に突き刺さっているものは何だ。人間の腕ほどもある巨大な塊がネネへ死を送り届けていた。
「この……、これ、は……!」
なにかをぼそぼそとつぶやきつつネネは振り返る。そこにいた人物を見て、彼女は目を見開き、そして光明は希望に充ち溢れた。
「どういう、ことなんだ……?」
しかし光明にとって混乱がまた一つ増えたのである。とびきり大きな混乱が。
光明を助けた存在とは……!
次回、お話が光の如く加速します。




