第百二十五話
恋バナからの不穏な空気。ただの恋愛ものじゃないんだってば!
「……ん?」
光明はメッセージを読んだとき、最初は意味が分からなかった。だが二回三回と読み返して理解してきた。
後輩が今から光明の住む学生寮にやってくるらしい。彼女の住む場所は大学からそう遠くない。車でも使えばすぐに来ることができるだろう。
なぜ光明のところまでやってくるのだろう。告白文を読んでその返信はどう捉えるべきか。
「お、おお……これは!」
つまるところ脈ありというべきだ。嫌いならそもそも返事なんてしないし、連絡先をブロックすることもあるだろう。
告白について具体的な返事をせずに直接会うとは、なかなか期待させる展開ではないか。電子の海でのやりとりよりも面と向かって同じことを言え、そういう意味にも感じられる。
「ぃよし!」
もはやこれは成功したようなものだ。思わず光明はスマホを握りしめたままその場でガッツポーズをし、すれ違った中年の女性を驚かせた。この時間でもこの地域は人通りがそれなりにある。治安がいい証拠だ。
興奮で地に足付かない光明は足早に学生寮へと向かう。まだまだ距離がある。先に後輩に到着されては格好がつかないだろう。
「急げ急げ」
自分に言い聞かせながらワクワクする気持ちを押さえ、しかしその顔には笑顔が張り付いている。
線路沿いに進み、踏切までやってきた。ここを超えれば間もなく学生寮が見えてくる。
電車がやってくるベルが鳴る。こちら側の駅にやってくる最終電車だ。流石に踏切を無理に超えなくてはならないほど急いではいないので大人しく遮断機の前で待つ。この騒音でよく周囲に住む人間たちは苦情を出さないでいられるのか。光明はこれに日々耐えられる自信はない。
少しすると電車がやってきて、彼の前を通り過ぎて行った。
遮断機が上がり、踏切を超えようとしたときだった。
「あれ」
見覚えのある女が向こう側にいる。昼間に会った二人組の女、その片割れだ。人造人間ネネが立ってこちらを見ている。目つきが悪く、因縁を吹っ掛けられそうな雰囲気であった。できれば関わりたくないというものだ。
「よう、色男」
光明がそちら側へ渡ったとき、ネネが声をかけてきた。ズボンのポケットに両手を突っ込んだまま、不愛想にしている。
「どうしたんだよ、こんな時間に」
光明には思い当たる節がある。昼間のイガラシクの面接、あれが完全ではなかったのかもしれない。光明の友人たちが声をかけてきたせいで中断したようなもので、他に何か聞きたいことが残っていたとしたら、ここに彼女がいるのはなんら不自然なことではない。
だがだとしたらなぜネネだけがここにいるのだろうか。彼女はイガラシクの人間だとは聞いていない。ハナの同行者だったような気がして違和感を覚える。
「ハナさんはどうしたんだ?」
「あいつは野暮用で今はいねぇ。それより光明、だったな。ちょっとツラ貸せよ」
まるでカツアゲだ。光明には断る理由があったが、そうはさせない威圧感でネネは背を向けて歩き出した。ついていかなければ後々なにが起こるかわかったものではない。後輩が来るまでもう少し時間がかかることを祈って、彼は嫌々ネネのあとに続いた。
意外にもネネの行先は光明の住む学生寮の隣の建物だった。大学の隣にある学生寮、その近くといえばキャンパス以外にない。彼はいつも勉強する棟へ入り、ネネと共にエレベーターで上へと向かう。
「あの、どこに行くつもりなのかな」
光明はたまらずエレベーターの中でネネに尋ねた。
「人目につかねぇ場所だよ。安心しな、少し話がしたいだけだ」
二人を乗せたエレベーターが到着し、そこは教授たちの個人的なオフィスがある階であった。もちろんすべての教授は各自の家に帰ってしまっているのでこの階には彼ら二人しかいない。
ネネは適当に探したわけではなく、わざとここを選んだようだ。確かに警備員は深夜、ここまでやってこない。そもそもこの時間になるとエレベーターは動いていない。ネネはわざわざどこかでスイッチを起動し、ここまでやってきたことになる。だが起動しっぱなしのエレベーターがあるならば、不審に思った警備員がやってくることは想像に難くない。
「おっといけねぇ。忘れてた」
そう言うとネネは閉まりかけのドアを強引にこじ開けながらあの鉄の箱の中へと戻っていく。中で何かを操作しているようだが光明のところから確認できない。しばらくするとエレベーターの電源が落ち、沈黙した。
「これでいいんだ。帰りは階段になっちまうが構わないだろ?」
ネネの言っていることがよくわからなかったが、つまりは簡単に逃がすつもりはないというわけだ。
「俺、このあと用事あるから早めに終わらせてくれないかな」
ここまで来るのに大分時間がかかってしまった。後輩が来るまで時間の猶予はほとんど残っていないだろう。正直にネネに伝えたところで、きっと彼女は光明を解放するはずがない。明日に先延ばしする気もさらさら無いだろう。
「それは都合がいいな。あたしもすぐに終わらせたいもんだ」
そう言ってネネは窓枠の縁に座る。腰ほどの高さの窓枠なのでそういう風に座る生徒はあちこちで見られる。
足を組んでネネの健康的な太ももが月の光に照らされた。光明は一度そちらを見てからネネの顔を見つめる。目のやり場はネネの顔だけだと言い聞かせて、じっと目を見た。
「それじゃあ単刀直入に言わせてもらうぜ。あの女はやめときな」
ネネの言いたいことの真意とは。次回明らかになります。




