第百二十一話
なんでもない会話。平和な証。
そうしてネネは休日を使ってハナの運転のもと、聞いたこともない大学へとやってきたのだった。
「待ち合わせ場所はどこだよ」
「学食のスペースだってさ」
ハナの話によると相手はこの大学の学生だそうだ。人間よりも相当長生きをする人造人間が人間のふりをして学生ごっことは、まるで他人事ではなかった。ネネもイガラシクの力を借りて高校生のふりをしている。おそらく相手もネネと似たような状況なのだろう。
「学食、あっちかな」
ハナはふらふらと手近な建物へと入る。ネネもそれに続く。
建物の内部はタイル造りの壁となっており、モダンなデザインだ。数人の若者たちがだらだらと同じ方向へと向かっている。昼飯には少し早い時間だ。おそらく早めに授業が終わり、混みあった学食での席の取り合いの心配のない者たちだ。ハナのいうところではここの学食は昼時には相当混みあうらしい。ネネは人混みが苦手で、集合場所が学食と聞いたとき嫌な顔を隠そうともしなかった。
ふと近くにあるアクリル板で区切られたスペースを見ると、学生支援課と書かれたプレートが張り付けられていた。何をするところかネネには見当もつかなかったが、きっとこれから利用することはないだろう。
「おい、ここじゃないみたいだぜ」
「そうね。久しぶりに来るもんだから間違えちゃった」
二人はこの建物を後にして、学食へ向かうであろう生徒たちの後ろをついていく。
「こいつらが大学生か。なんつーか、あたしら高校生とは雰囲気が全然違うな」
大学生たちの後に続いているとき、ネネはそう呟いた。ハナはそれを聞いてネネを見る。
「親のもとから離れて暮らしている学生が多いから、社会経験が豊富なのかもね。子供っぽくないわよね」
「ああ、顔はガキだってのに態度がイキり散らしてやがる。あたしの苦手なタイプだ」
「あんた何様なの……」
学食へはあっという間にたどり着いた。隣の建物なのだから当たり前のことだ。二階へと階段で上がり、先方から指定された窓際の円卓の椅子へ座った。
「で、奴さんはどこにいやがんだ」
足を組んでふんぞり返るネネの態度は周りから見てあまり良いものではない。
「まだ授業中なんじゃないの」
対するハナはスマートフォンをいじりながら話半分に適当に受け流していた。
「クソが。客を待たせるんじゃねぇっての」
ネネは窓から見える青空を眺めながら言う。
「あたしはな、あたしを知る人間がいるかもしれねーってだけで来たんだ。あとは殴り合いが出来ればそれでいい。一体そいつはどんな要件であたしらが出向く羽目になったってんだ?」
「残念だけど、まず今回の対象はネネとはまるで接点のない子よ。昔から知ってるから間違いない。少なくともここ二十年はおとなしくしてる」
二十年と聞いてネネは改めて人造人間の寿命の長さを理解した。これから会う人造人間は二十年以上生きているというのに学生のふりをして生活している。見た目がほとんど変わることのない人生はおそらく大変なのだろう。ハナはきっとイガラシクの力を使って身分を変えて生きているのだからなんとかなっているはずだ。例えイガラシクがなくとも彼女ならうまくやりそうだ。
ならばネネはどうだろうか。記憶がないので自分が何年生きているのかすらわからないが、それでもハナよりもよっぽど長生きしてるのは間違いない事実だ。三十年か四十年か、それ以上生きているのかもしれない。あの岩の下敷きになるまで自分は何をして暮らしていたのか気になって仕方がない。
しかしながら自力で思い出せないので、こうして長寿である人造人間と話をすることで何かきっかけを作ろうとしているのが現実だ。
「これから会う子なんだけど、名前は北神光明。年に何回か面談して精神面で問題がないか確認してるの」
「それのどこにあたしが必要になるってんだ」
ネネとしては話ができるだけで満足ではあるが、ハナはまるで彼女が必要な言い回しをして誘ってきた。裏があるような気がしてならない。
「うーん。今のところ必要ないかな」
「てめぇ」
「でもね、昨日光明君と電話したときにちょっと気になることを言ってたのよね」
ハナは眉間にしわを寄せて斜め下を見る。何か後ろめたいことでもあるのだろうか。
「気になることだと?」
「うん。はっきり教えてくれなかったんだけど、話さないといけない大事なことがあるって、思いつめたような感じで言ってたのよ」
「なんだよそれ。てめぇが告白されるとかじゃないのかよ」
ネネは茶化すように言う。
「それは困るなぁ。私って学校で結構モテるのよ? 今まで何回も告白されたし、もううんざり」
聞きたくもない情報を話すハナの顔はまるで嫌がっておらず、むしろまんざらでもないといった感じだ。どうみても自慢をしているだけにしか見えない。
「死ね」
ぼそりと呟く。ハナは聞こえていただろうがにやけ面を見せつけてくる。残念ながらネネは告白されたことなど一度もない。この一か月ちょっとの思い出には誰かに好かれる要素がないからだ。それは本人が一番自覚していた。それにネネは自身の恋愛にまったく興味がなかった。
「ハナさん、お待たせ」
ふいにネネの背後から声が聞こえて彼女は座ったまま振り返った。
悪酔いするからってワインを避けてきたものの、改めて飲んでみると意外と飲めるものですね。残念ながら美味しさは僕にはわかりませんが、酔えるならなんでもいいのです。酒万歳!




