第百二十話
新シリーズが始まりました。大学編です。
白銀ネネと六条ハナは黙っていた。現在二人はハナの運転する車に乗り、移動している。
なにかしら喧嘩をしたとか、黙らなければならない非常事態に遭遇したわけではない。ただ静かに目的地に到着するのを待っているだけだ。
「なぁ、いつになったら着くんだ?」
とうとうネネは我慢できずに口を開いた。出発してからかれこれ二時間は車で移動し続けている。ハナはどうやら休憩なしでいつまでも運転できるタイプのようだ。体にはよくなさそうだが。
「もうすぐ着くってば。そのセリフ五回目だよ」
ハナの頭の中には決してずれることのないナビゲーションシステムが搭載されている。人工衛星とリンクしているらしい。どこの国の衛星なのかは言わなかったが、彼女の能力を使えばどこでもアクセスできるだろう。つまりは道に迷うことなく効率の良いルートを進んでいるはずだ。だからネネはただ単に短気なだけで、何も問題は起きていない。
「だけどよぉ、暇で暇で仕方ねぇんだよ。こんなクソ田舎ちっとも楽しくねぇ。どこを見ても刺激なんかありゃしねぇんだ。それになんだ、この音楽はよ。クソ落ち込むもんばっかり流しやがって」
そう言ってネネはつまみをひねって音量を下げる。これで無音になった。カーステレオから流れる曲は先ほどからハナの選曲したものだった。そのどれもが今の時代からすれば相当古く、それでいて暗い曲調ばかりで気分が上がるとは到底かけ離れたラインナップであった。
「あら、古い音楽はお好きでないのかしら?」
「嫌いじゃねぇが今聞く曲じゃねぇだろが。どこの世界にドライブでしみったれた未練ソング流す奴がいるかよ」
「ここにいるけど。……わかったわ、違う曲にしましょうか。明るいやつね」
ハナが能力を使って手も触れずにカーステレオを操作して次の曲へ飛ばした。音量も元に戻っている。
流れる曲はまたしてもおとなしいイントロで、ネネは思わず舌打ちをする。
「まぁまぁ、序盤だけじゃいい曲かどうかわからないものよ」
そうハナが言うと曲が段々と盛り上がってきた。ロック調の曲だ。男のボーカルが英語で歌い始める。やがてサビに入るとネネはこの曲を気に入った。
「これ悪くねぇな」
「お、『ティル・オール・アー・ワン』ね。ネネってば見る目あるじゃない。全然明るくないけどいいわよね、これ」
「歌詞の意味がわからねぇ。トランスフォーマーって変圧器のことだよな?」
「そのままの意味だし、あんまり深く考えちゃだめよ。こういうのは心で感じるの」
「あっそ」
そうこうしているうちに目的地に到着した。建物の敷地内に入り、警備の人間に適当にでっちあげた目的を告げるとそのまま駐車場へと案内される。運転に慣れているハナはミスすることなくバックで駐車すると、手を触れることなく能力を使ってエンジンを切った。
「はい、到着。お疲れさま」
「仕事はここからだ。まだ疲れてる場合じゃねぇよ」
「それもそうね」
二人は車を降り、建物へ歩いていく。
ここは東京都の隣の県にある私立大学。有名でもなければ特別学力の高いところでもない。強いて上げるとすれば、綺麗な建物なので映画やドラマの撮影によく使われているくらいだ。
オープンキャンパスでもない日だというのに、ネネとハナがわざわざこんなところにやってきたのには理由がある。
「くそっ、奴はどこだ」
「慌てないで。待ち合わせしてるから」
東京24区での戦いから一か月が経過したころ。ネネは相変わらず自身の通う高校で、殺さないための手加減が必須となった喧嘩に明け暮れていた。ある日、ネネが家で筋トレをしていると、家の電話が鳴った。居候先の息子である白銀拓海が出ると相手はハナで、ネネに替わるよう求めてきた。筋トレが一区切りついたところでネネは拓海から受話器を受け取った。
『なンだよ』
『あら、不機嫌だったかしら』
『ああそうだな、これからシャワー浴びようとしてたところだからよ。汗だくなんだ』
『一体、拓海君と何をしてたってわけ……?』
『テメェは何をぬかしてやがる。筋トレだバカ野郎』
『そうかー、そうだよねー。私ったら早とちりしちゃった。それで要件なんだけどさ、今度一緒に仕事しない?』
『仕事だと?』
『そう。お仕事。イガラシクとしてちょっと人造人間の管理に行くのよ。ネネにもせっかくだから同行してもらいたいなって』
『人造人間か』
仕事をすると聞いてやる気の出る人間はいないだろうが、ネネは人造人間が絡んでいるとなると少しだけ興味が湧いた。ここしばらくの間、ネネは満足のいくような運動ができていない。いくら筋肉を鍛えても彼女の体は自己再生の能力によって初期化されてしまう。『力が強い能力』を持つネネの体はすでに筋力をこれ以上鍛えることができないからだ。
ならばほかに鍛えられる箇所といえば精神面しかない。だが、ただの高校生どもと殴り合ったとしてもなんの経験にならない。殴られて痛みはあれども死につながるような状況にはならず、それでいて必ず喧嘩に勝ってしまうのだからなんの緊張感もない。ネネは最近の生活がつまらなかった。退屈は人を弱体化させる原因の一つなのだ。彼女は弱っていく自分に焦っていた。
ハナの仕事に同行すればきっと新たな人造人間と出会い、そしてあわよくば殺し合いだってできるかもしれない。それはネネにとって刺激的な場面になるだろう。
それとイガラシクの仕事というのも興味があった。世界一のボランティア団体が表の顔で、裏の顔が人造人間の管理。どう管理するのか気になっていた。
せっかくの気分と疑問が晴れるチャンスだ。ここで断る理由はなかった。
『いいぜ、あたしも付き合うよ』
だからネネは二つ返事で承諾したのだった。
正義はお互いにあるのでこの世から争いは決して無くなることはないでしょう。




