第百十七話
と、久郎はすぐに見つかった。拓海たちを囲む不良集団の壁の向こう側で何かをしている。
「ポン!」
おそらくその場で集めたであろうメンツとカード麻雀をしていた。現金を賭けているように見えるのは気のせいではない。
「なんだこいつ地獄待ちかよ。くだらねー」
拓海は麻雀のルールを知らないが他のメンツの表情から察するに久郎のやり方はあまり賢くないようだ。
「ふっ、くだらないだと? その考えが破滅を呼ぶ」
「なに……?」
「動揺したな? あンた背中が煤けてるぜ」
「……所詮ただのトーシロ。どうせ字牌で仕掛けるつもりだろう。もうバレてんだよ。トバすぞコラ」
なにやら拓海のわからない世界で大人の戦いが繰り広げられているようだ。それでも興味が湧かないのは拓海が子供だからだ。それで構わなかった。おじさんの仲間入りはまだ早い。
「どうもー、ウチの久郎君連れてくから。またね」
ハナはずかずかと男だらけの遊び場へ歩み寄っていくと、ためらいもなく久郎の襟首をつかんでそのまま出口へと引きずっていく。すごい力だ。
「あ、会長! いや、ちょっと待って、俺の金が、じゃなくてまだ決着ついてないの!」
「仕事さぼってるくせに私に歯向かうつもり?」
「いやぁ! 俺の小遣いが! あれが俺の四暗刻地獄待ちだったのに……! うわぁん!」
二人の姿があっという間に消えた。最後の方は久郎の目に涙が浮かんでいたように見える。金を回収できなかったことがよほど悔しかったのだろうか。
「四暗刻だと?」
残されたメンツが久郎の言葉に不思議がって彼の最後の牌をめくった。人数が減り、ゲームは不成立となったので許される行為である。
「……バカな……っ! こんなのありえないっ……!」
「なんという僥倖……! 圧倒的ビギナーズラック……!」
久郎が最後にしたかったことを完全に理解したらしく、ざわざわし始めるメンツたち。もはや拓海についていける世界感ではなくなっているようなので彼らのことは放っておくことにした。
「今日はありがとう。面白い記事が書けそうだ」
吉田は帰り支度を終え、拓海に礼を言うと出口へ向かっていった。
白銀拓海の非日常なんてこんなものかと落胆しつつ、そろそろ家に帰ろうと決心して不良たちの間を縫って進むと目の前から一足先に消えたはずの吉田が飛んで来た。考える時間もなく、拓海は吉田の巨体を顔面に受けて仰向けに倒れた。
「いったい何が……」
衝撃で息がつまる。年ごろの男の汗の臭い。不快だ。ずっしりとくる人間の体。とにかく重い。
拓海が吉田の体越しにちらりと見えたものは、それはこの場で一番あってはならない現象であり、遭遇すべきでない存在であった。
「よう、クソガキども」
少しくせのある長い黒髪、どんな人間でも威圧、もしくは警戒させてしまうきつい目つき。そして邪悪な笑顔でこちらに語り掛けるその少女こそは今回の取材対象である白銀ネネ本人であった。
「ネネ!」
拓海が声をかける。どうして彼女がここにいるのか、この刹那の時間に考える。しかしどうしてもいい結果が想定できない。
「んあ? ああ、拓海じゃねぇか。イチャついてんじゃねぇよ。目が腐る」
「いやこの人ぶっ飛ばしたのネネだよね!」
「うるせえ」
静かで圧力のある一声でざわめいていた不良たちと拓海は黙る。この状況がどういうものか、この場にいる全員が理解していた。
「今日はなんだか妙に学校が静かでよ。不良の一人も見当たりやしねぇんだ。そうなるとあたしは誰でもいいからぶちのめしたくなっちまって仕方ねぇ。先公に殴りかかってもいいんだがよ、そいつはあたしの立場が余計悪くなっちまう。そんでもって匿名の情報筋からなんだけどよ、どうやらこのクソ屋上にテメェらが集まって何やら楽しんでるって聞いたんだ」
匿名の情報筋、それはハナのことだ。そうでなければ彼女の行動が不自然になる。ネネの情報が拓海によって漏れる可能性が出てきており、なおかつ不良がたむろっているなら喧嘩をする理由などあとからいくらでも作り出せる。自分の個人情報を勝手に話されていい気分がする人間は多くない。ネネがそういう意味での変人ならば問題なかったが、生憎彼女は自分の話、特に悪口になりそうな事柄になると力づくでそれを阻止するのだ。
ネネがここにいるに値する理由を拓海は理解し、そして絶望する。彼女が暴れるとすれば、その原因は吉田と拓海にある。久郎はハナによって事前に連れ出されてはいるものの、仕事と言う名のおしおきじみた何かが待っているのかもしれない。
「ま、細かいことは抜きにしようや。あたしはこの出口でただ待つことにする。ここを通りてぇなら殺す気でどかしてみな。ああ、そういえばテメェらがあたしの弱点なんてくだらねぇ幻想について話し合ってんなら余計通せねぇからよろしくな。女の子の秘密を知ろうなんざ200年は早ぇんだ」
そう言ってネネは振り返ってドアノブをねじ切って使い物にならなくしてからこちら側に向き直り、腕を組んだ。不良たちはどうするべきか考えており、すべからく静かになった。
「いてて……」
吉田が起き上がる。
突然の麻雀回でした。書いていたときはハマってたんだよね。




