第百十六話
ネネの弱点と言えそうなものが思いつかない。考えれば考えるほど自分自身の不甲斐なさに行き着いてしまう。家の掃除などやったことがない。皿洗いもネネがやってきてから彼女がしてしまうのでろくにしたことがない。ゴキブリが出たら真っ先に逃げる。食べ物はとりあえずなんでも食べられるのでこれは問題ない。
食べ物と言えばこの間ハナと白銀家、そしてネネと行ったファストフード店での出来事を思い出した。ハンバーガーチェーンのその店は定期的に変わり種商品を販売している。ハワイ特集ということでロコモコバーガーを売り出していたところネネが興味を持ち、ハナの金でそれを食べていた。
『なんだこれ、うめーな!』
ネネはいたくロコモコバーガーが気に入ったようで小食のくせに三個も平らげた。家から距離はあるもののハワイアン料理専門店があることをハナが彼女に伝えると、ネネは今度行くぞと脅しのような約束を取り付けた。
しかしこれはネネの好物の話であって弱点ではない。いくら文武両道だとしても社交性がなく、すぐに手が出るのは常識的に考えて十分すぎる欠点だ。期待する吉田には悪いが弱点はそれで通してもらうしかない。
ふと、拓海の中でいたずらじみた考えが浮かんだ。ここで嘘をついたのならばどうなるのだろうか。ネネの好物を弱点だと言えばなんだか面白くなりそうな気がした。迷惑は最小限なので拓海は悪意を優先してしまった。
「あの、あいつこの前ロコモコを食べたんですけど、口に合わなかったのか全然食べられなかったんですよ。もしかしたら嫌いな食べ物かもしれませんよ」
「ロコモコだって? ずいぶんマイナーな食べ物が嫌いなんだね。普通食べないからなのかな。ちなみに俺は食べたことないからよくわからんな」
そう言いながら吉田はメモを取っていく。なんという意味のない嘘だろうか。拓海はつい数秒前のいたずら心から一転、後悔にかられていた。
「なるほど。それじゃあネネさんに彼氏なんていたりする?」
「いないです」
「だよね」
あまりにもテンポの早い応答。ネネに彼氏がいるとすればそれはもはやネネではない別の人間だ。吉田もそれは予想していたのかメモすらしない。
「よし、質問は十分かな」
吉田はメモ帳をポケットにしまって立ち上がる。
「十分って、あれだけでいいんですか」
「俺が受け持つのは新聞の一コーナーだからね。一面を飾るような内容でもないし、あっという間に埋まるよ。もうすぐ引退する人間が後輩のスペースを奪うなんて未練たらしいだろ」
「そうなんですか」
少し、拓海は消化不良だった。もっともっと質問が飛んできて、彼を困らせるものだと思っていた。今だけは拓海が主人公になれるはずだったのに、もう終わりとは寂しいものがある。
「最後に、ネネは『いくつ』?」
ドクンと心臓が跳ねた。いくつ? いくつとはどういう意味なのか。年齢か。だとしたら15歳の少女という設定でこの高校に通っている。わざわざ質問する理由がない。実年齢は拓海すら知らない。何を知るための質問だ。もしかして人造人間としての製造番号の話だろうか。どこからその情報を仕入れたのか。そんな質問をする時点でまともな相手ではない。拓海は焦った。そっち絡みの敵がここにいるかもしれない。
しかし次の瞬間に安堵することになる。
「拓海君、女の子のプライバシーを簡単に話すべきじゃないわよ」
いつの間にかハナが拓海の背後に立っていた。先ほどの質問は彼女からのものだった。
「あ、ハナ先輩すいません」
拓海は座ったまま謝罪する。ハナの言う通りだ。人の個人情報を他人に話すなど恥ずべき行為だ。取材を受けるのでつい舞い上がってしまったようだ。
「いくつ? うん、確かにそれいい質問だね」
何かに気が付いた吉田は顎をさすったあと、もう一度メモ帳を取り出した。
「ネネのスリーサイズを教え、ぐわぁっ!」
「だから聞くなって言ったでしょ!」
ハナのパンチが吉田の鼻っ面に命中した。手加減したのかひるむだけで吉田は目を丸くしていた。
「吉田先輩、あなたの記事はそんな過激なものばかり。生徒会長として新聞部の次の部長と今後の話をする必要があるようね」
「それは困るなぁ」
大して反省の色を見せてはいないものの、吉田は大人しく引き下がるつもりのようでこれ以上拓海に質問をしてこななった。
「あれ、なんでハナ先輩がここにいるんです?」
今日は生徒会の仕事はないはずだ。久郎がそう言っていた。
「生徒会の仕事があるからよ。久郎君が来ないから探してただけ」
やっぱり仕事あるじゃん、と思いつつ拓海は久郎の姿を探す。先ほどから彼の気配が綺麗さっぱりと消えてしまっている。帰るなら一言声くらいかけるだろう。まだ屋上のどこかにいるはずだ。
ハナ登場。そして久朗はどこいった?




