第百十五話
「この人たちは一体なんなんですか。ただの取材なんですよねっ?」
拓海たち三人を囲む主に不良で構成された集団はただ黙って彼らの話を聞いている。それが不気味だった。
「ああ、この人たちはボディーガー、あ、いやただの見物人だよ」
「今ボディーガードって言った!」
「言ってない」
「言ったよ! 『ボディーガー』まで聞こえたよ!」
「あくまでこれは取材なのだからほかに生徒がいてもおかしくはないだろ? 秘密の質問をするわけじゃないし」
吉田の言うことは筋が通っている。ネネは様々な意味で高校の人気者である。そんな彼女についての話が聞けるというならテストを終えて暇を持て余している学生たちが集まるのも不思議な話ではない。拓海は渋々口を閉じて近くのベンチに座った。
「それじゃあ最初の質問。ネネさんの趣味は? 休みの日は何をしているの?」
「いきなり個人的な質問だ!」
「特集だからそりゃ聞くって」
「あ、そっか」
周囲の人だかりに気圧されて拓海は敏感になっていた。少しでもおかしな質問が来たらどうするべきかだけ考えており、肝心の答えが思いつかない。
「えーと、いつも筋トレしてますね。俺の家はあんまり出かけないんですけど、そのせいか部屋とかリビングで運動してますよ。たまに走りに出かけてるかなってくらい」
おお、と周囲から感嘆の声が聞こえる。今のどこに気になる点があったのかそれが拓海は気になった。
「なるほど、筋トレね。あの強さの秘密は日々の努力にあるってことか。面白いね」
「ははっ」
拓海は苦笑いしかできなかった。ネネの強さの源は筋トレではなく特殊な能力によるものだ。体を動かすことが好きなだけで体は鍛えられていない。ネネはそう言っていた。つい先日彼女は24区の件により自分の能力を取り戻し、人外の怪力を得た。しかしながらそれにより今までと勝手の違う生活を強いられることになった。少しの力でこれまで扱えていたものを簡単に破壊してしまうのだ。扉を開けようとドアノブに触れれば握り壊し、靴紐を結ぼうとすれば意図せず千切ってしまう。
何をするにも神経を使うので最近のネネは困っている様子だが、ふさぎこむのかと思えばそうでもない。どんどん本来の自分になっているから毎日が楽しみだと彼女は言っていた。
「筋トレしかしてないの?」
「あ、いや、あとは勉強してますね。筋トレも勉強もやればやるだけ自分のものになるからやらない理由がないって言ってたなぁ」
「お、名言いただき。全校生徒に教えるべきだねこれは」
「そうですね。俺も見習わないと」
だから拓海は早く終わらせて帰りたいのである。テストの結果を母親に伝えるのが憂鬱だ。
「聞くところによると今回の定期テスト、ネネさんの結果はかなり上位に入るらしい」
「俺のは聞かないでください」
「取材対象じゃないし聞かないよ。それで、ある意味文武両道であるネネさんはなにか弱点とかあったりするかな?」
「弱点?」
拓海は質問に違和感を覚えた。まだ見えない意図があるような気がする。
「勉強が出来るならちょっとくらい短気でも完璧超人だと思うんだよ。だから目に見えてわかる弱点とかあると記事のネタにしやすいしそのほうが魅力的だと思う」
吉田の言うことは間違っていないが何かが引っかかる。校内新聞の人気を取るためだとしても超えてはならないラインのギリギリを攻めている。
「弱点かぁ」
拓海は考えた。どこまで言っていいのか己の倫理観に問いかけ、そしてネネという人物の弱点も。
ネネに弱点はあるのだろうか。殴り合いが好きですぐケンカしたがる。常識的な面でいえばそこが欠点なのだろう。誰もが知っているそんなことを答えていいのだろうか。吉田に言えないようなネネの弱点を拓海は知っているのか、記憶の中から思い出す。
家にゴキブリが出た時、拓海が怯えて距離を取ったところでネネはティッシュ箱を掴んでそれを投げつけて殺したことがある。一連の動作を眉一つ動かさずにやってのけたのだ。ティッシュでゴキブリを掴むのかと思いきや箱を使ってしまったのでそれは処分となったのが拓海のもったいない精神に傷がついた。とにかくネネはゴキブリ如きで怯む女の子ではない。殺しなら人も虫も変わりないといったところか。危険だ。これは他人に言える話ではない。
食べ物はどうだろうか。白銀家は嫌いな食べ物がない。なんでもおいしく食べることができる。ネネもそうだ。ゴーヤも茄子もトマトも人参もピーマンもキノコもどれも話題にならないほど普通に食べてしまえる。流石にゲテモノは白銀家で出たことがないが、ネネならきっと追い込まれているときなら食べるだろう。これは弱点にはならない。
生活に問題のある人間は大勢いる。片づけのできない女がテレビのニュースで取り上げられたのを思い出した。ネネについては家に居候しているのだから綺麗にして当たり前だ、なんて言って汚したりは決してしない。それどころかたまに掃除をしているところを目撃するほどだ。綺麗好き、とまではいかなくとも片づけが出来ないタイプではない。皿洗いも率先してやっている。
「うーん」
拓海は頭を抱えた。文字通り、両手を頭に添えて唸る。
殺しなら人も虫も変わりない。




