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第百十四話

新たなキャラクター吉田登場。

「おっきくなっちゃった!」


 久郎は引っ張られていた耳のところに手品用のおもちゃの耳をかぶせて披露していた。抵抗しないと思っていたがこれの準備をしていただけだった。あとで謝るにしてもそこまで本気で謝罪しなくても良さそうだ。


「あの、もう行きますね」


 先輩に何か言われる前に拓海は久郎を連れて帰ろうとした。


「待ってくれ」


 だが手遅れだった。先輩は手で拓海を制すると「入ってきてくれ」と屋上のドアに声をかける。


「なんだこれ」


 ぞろぞろとドアからやってくる生徒たち。男女や学年関係なく20人は超えているだろう。彼らは拓海と久郎をぐるりと囲んで止まった。


「あの、なんの用ですか?」


 拓海は恐怖していた。集団に囲まれていいことなんてひとつもない。よく見なくても彼らを構成するのは主に不良だった。これから理不尽な袋叩きに遭うのかと思うと拓海は頭の中が真っ白になっていくのを感じた。何も考えられない。


「そんな怖がらなくてもいい。俺たちは君に話を聞きたいんだ」


 話とはなんだろうか。拓海は考える。パニックになりかけの頭でろくなアイデアは浮かぶはずがなく、視線を泳がすのみだ。


「おいタクさんよ、安心しろって。この人たちは傷つけないよ。そういう約束だもん」


 いつの間にか久郎がそっち側にいて拓海に話しかけていた。


「久郎! お前裏切ったのか!」

「いやぁ、昼飯おごってもらっちゃったもんで」


 安い男だった。友人をこんな状況にする時点で今後の付き合いを考えたほうがいいかもしれないと拓海は思った。


「や、別に君をフクロにしようとかないから。俺の名前は吉田雄太。三年生だよ」


 吉田は握手を求めて拓海に手を差し出した。上級生の言うことに逆らうのは得策ではないので握手したが、周囲の不良たちの視線がやはり怖い。


「俺、新聞部の部長やってんだけど、実は君に取材をしたくて久郎君に呼び出してもらったんだ」


 新聞部。拓海はこの高校にそんな部活があること自体知らなかった。


「それなら最初から俺に声かけてくれればよかったのに」

「タクさんめんどくさがりだからきっと適当な理由つけて帰ると思ったんだ」


 久郎が言う。悔しいがその通りだ。こうして謎の集会だと言われて初めて来たくなる程度には高校のイベントに興味がない。これは久郎なりのやさしさなのだと受け取っておくことにした。


「俺に取材って、いったいどんなことなんですか?」


 すると吉田は待っていましたとばかりに不敵の笑みを浮かべて制服の内ポケットから小型録音機を取り出した。


「白銀ネネさんについていろいろ聞かせてほしい!」


 吉田の目の奥がきらりと光ったような気がした。拓海は自分のことではなくネネのことだと知り、安心と残念な気持ちが同時にやってきた。

 ネネが転入してきてから約一か月。彼女の暴れっぷりはもはやこの高校において知らない者はいないほどだ。最近では他校の不良に絡まれることがあるらしい。そんなある意味人気者のネネを新聞部が記事にしたくなるのは自然なことなのだろう。


「いいですよ」


 拓海は二つ返事で了承すると吉田と久郎が驚いた顔をして見合わせていた。


「え、なに」

「いや、きっと断られるだろうなと思って交渉用にいろいろ用意したんだよ」


 言いながら吉田は内ポケットから様々な物を取り出してみせた。テレビゲームのソフト、エロ本、学食の食券、飴、エロ本、ビー玉、金券、エロ本、音楽CD、そしてバナナだ。


「ツッコミが追い付かない!」


 ゲームソフトはとっくにクリアした物でまったく欲しくない。食券が欲しくなるほどお小遣いに困っていない。飴とバナナはたぶんこの先輩の個人的な物だ。金券は最終手段の匂いがする。ビー玉に関してはまるで意味が分からない。小学生なら喜んだだろう。


「どうよ、なんか欲しいものあれば遠慮なく持って行ってくれ」

「うーん。これはなんですか?」


 拓海はCDを手に取ってみた。一人の女性がこちらを見ている構図のジャケットだけではよくわからない。アーティストの名前はセイレーン・ブラックバーン。


「セイレーンの新曲だね。もしかして彼女のこと知らないの?」

「世間の流行りに疎くて……」

「この十年くらいの間ずっと大人気の歌手だよ。今のディザイア王国出身だとかで成り上がりの女王って言われてる。あと体がエロい。マジで知らない?」

「マジのガチでわかんなかったです」

「ならそれもってけ。良い曲だから」

「あざます」


 拓海は吉田から遠慮なくもらうことにした。遠慮してチャンスを逃すはもったいないし相手の好意は無駄にしてはいけない。それになにより流行りを知るのは悪いことではない。同じ趣味にばかり没頭し続けるはいいことかもしれないがそれでは視野が段々と狭くなっていく。などと拓海は心の中で言い訳しつつCDを鞄の中に入れる。あとでこのアーティストを調べてみよう。決して吉田の言う体がエロい発言が気になったわけではない。

 ほかに何か面白うそうなものはないか探すもこれと言って拓海の興味を引くものはなかった。


「ってかエロ本多すぎないっすか」

「俺の秘蔵のブツをおすそ分けしようと思ってな。いらない?」

「いやー、俺そういうのはちょっと」


 やたらとマニアックなものが揃っており拓海は手を出せなかった。せめて相手が人間ならよかったのに。


「まあまあとりあえず持ってけ」

「あ、ちょっと!」


 吉田が本を強引に内ポケットにねじ込んできた。少し抵抗したがここで空気を悪くしてはならないと思い、拓海は渋々受け入れることにした。家に帰る前にコンビニかどこかで捨てればいいだけのことだ。


「先輩内ポケットどんだけ入るんすか!」


 久郎がツッコミをいれたがタイミングが遅すぎる。それはそういうものなのだと拓海は思うだけで何も言わなかった。


「ま、引き受けてくれるならこちらとしてはすごく助かるよ。なんたって白銀ネネという女子生徒は今この高校におけるもっとも注目されてる存在だからね。俺はもうすぐ部活を引退しなきゃならん。最後に目立つ記事を書いて華を咲かせたいんだ。俺個人としても、新聞部としても」


 それはずるいだろう、と拓海は思った。高校生活最後となればなにをするにしても大切な思い出になる。中学時代もう少し思い出を作れば良かったと後悔していた拓海はすでに引き受けてしまったが、もし断っていたとしても今の一言で間違いなくやらざるを得なくなっていた。


「取材だけだし俺は全然大丈夫ですけど、その前に一ついいですか」


 なんだい、と吉田が首をかしげる。大きい体にそのしぐさはミスマッチだ。


次回に続きます。

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