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英雄  作者: じょん
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第二話 大きな友達

 朝日が昇り始める前、薄明の中で、ダグダは訓練場へと続く道へと歩いていた。訓練は本来なら朝日が昇り切ってから始まる。だが、人一倍やる気だけはあるダグダは、毎日誰よりも早く訓練場へ来ていた。それに、彼は訓練場から見える朝やけが好きだったのだ。訓練場は、町の城壁からほど近いところ、他の建物よりも高い所にある。そこからの景色が好きなのも、彼が誰よりも早く訓練場に来る理由だった。

 しかし、その日は一番ではなかった。訓練場への階段をのぼりはじめた時から、誰かが先にいるのがわかった。誰かの声が聞こえたわけではない。だが、棒などを振ったときに聞こえるひゅんひゅんという音が聞こえたのだ。階段を昇るにつれ、その音は一段と強くなっていった。ダグダは、素振りでこんな音を出せる兵士が仲間にいただろうかといぶかしんだ。階段を登り切り、訓練場を見渡すと、音の原因がわかった。

 訓練場の中心で一心不乱に剣を振るう男がいた。ローランドだった。ローランドは舞踏のような華麗な足さばきをしながら剣をふるっている。その舞は美しいと同時に激しく、剣がどのように振るわれたのかすらわからなかった。

 ローランドは感嘆たる思いで舞を凝視しているダグダに気づくと、舞をやめて近づいてきた。

「おはようダグダ。君はずいぶん早くに訓練するんだな。」ローランドはダグダに近寄って言った。

「それはこっちのセリフだよ。それにしても、すごいな君は。あんな技を見たのは生まれて初めてだよ。」ローランドは照れ臭そうに笑った。

「そういってくれるとうれしいよ、相手が技を知らないのは強みだから。だが、剣を振るうのも久しぶりでな、大分腕がなまってしまってる。」と、眉を下げてかぶりを振った。ダグダは今ので腕がなまっているとしたら、全盛期のときはどれほどのものなのだろうと思い、改めて目の前の男を引き込めたことを喜んだ。

「にしても、訓練にはまだ早いんじゃないか。そうだろうと思って、この時間にしたのだが。」

「確かに訓練には早い時間だけど、僕はここから見える朝焼けが好きでね。ほら、ごらんよ。」ダグダは城壁のほうを指差した。ローランドがそちらに目を向けると、世界が朝やけに包まれる瞬間を見た。しばらく二人は何も話さず、ただじっと朝やけを眺めていた。

朝焼けが収まり始めたころ、ダグダが切り出した。

「なぁ、せっかくだから、組み手をしてくれないか。勿論、俺が相手じゃ君には物足りないだろうけど。」ダグダは先ほどの舞を思い出しながら言った。ローランドはうなずいた。

「むしろこちらからお願いしたい。相手もなしに剣を振ることほど退屈なことはないよ。それに、この国の兵士がどれくらい強いのかも把握しておきたい。ダグダは兵士の中じゃ強いほうか?」ダグダは苦笑した。

「いや、むしろ弱いほうだね。出なきゃこんな朝早く訓練場には来ないさ。」

「そうか?だが、常に鍛錬を怠らないものはだれよりも強くなれる。俺はそれを経験で知っている。」ローランドは訓練場の隅に置いてある訓練用の木剣を取り、昨日の戦いで手に入れた抜き身の剣を置いた。そして一本をダグダに放った。

「へえ、それは誰だい?」ダグダは投げられた剣を受け取った。ローランドはにやりと笑った。

「この俺さ。」


ローランドと訓練を始めてから三十分後、兵士たちが集まり始めたころ。ダグダは汗だくになって地面に倒れていた。

「やばい・・・・・・、死ぬ・・・・・・。」ローランドは済まなそうに笑い、倒れているダグダに手を差し出した。

「いや、お前は言うより強い。これだけガッツのある奴は久しぶりだ。まぁ、そのせいでつい熱が入っちまったけど。」ダグダは差し出された手をつかんで、よろよろと立ちあがった。

「これから毎日組み手をすれば、すぐに強くなれるぜ。」とローランドは請け合った。

「これを毎日・・・・・・はは・・・・・・考えとくよ。」ダグダは膝に手をついた。

「大丈夫、お前ならきっとできる。それにしても、まだ訓練は始まらないのか?」ローランドは訓練場を見回した。兵士はだんだんと集まってきているし、幾人かは自主的な練習を始めているが、まだ組織だって訓練している様子はない。

「ああ。訓練は少将が来てから始まるんだ。最初に全体での基本訓練をした後、部隊ごとの訓練に入る。弓隊や騎馬隊の訓練場は別にある。ここは総合訓練場兼歩兵訓練場なんだ。」とダグダ。

「にしたって、始めるの遅くないか?とても戦をしている国には思えん。」ローランドは兵士たちの様子に腹をたてているようだった。確かに、一部を除いて兵士たちのほとんどは談笑し、地べたに座っている。

「君の言う通りだ。この国は平和ボケしてしまってる。前線の兵士たちに物資を送りに行くと、いつも言われるよ。『お前らはなんでそんなにへらへらしている、俺たちは命がけで戦っているというのに』ってな。」ダグダは顔を怖くして兵士のまねをした。ローランドはうなずき、何かを考え込むように城壁の外へと目を向けた。

 それから二十分ほどたつと、一人の男がやって来た。兵士たちは入って来た男を見るなりあわてて敬礼し、地べたに座っていたものはもたついて転ぶものまでいた。

「誰だ、あのちびデブ?」ローランドは入って来た男を指して言った。

「ピグ少将だ。あんまり変なこと言うなよ?」ダグダは注意したが、その顔は少し笑っていた。

「フン、鎧を着て戦うより豚と一緒に飯食ってるほうが似合いそうなやつだ。戦いじゃてんで役に立たんな。訓練もあいつが指図するだけだろう?」

「確かに。でも、訓練しなくても私は強いからいいとかいつも言ってるよ。皆もそれは嘘だと知ってるが、上には逆らえないし、ほら。」と、小太りの男の隣を歩く対照的に大きな男を指す。

「あいつがいるんじゃな。昔、ピグは少将にはふさわしくないと言ってたやつらがいたんだ。どうなったと思う?」

「さぁ、どうなったんだ?」ローランドは感心なさげに行った。

「全員あいつに殺された。あいつの振るう斧は甲冑を簡単に砕くんだ。全員剣ごとぶった切られたよ。」ダグダはその惨状を思い出して身震いした。

「へぇ、そいつは面白い。」ローランドは大男を見てにやっと笑った。ダグダはその悪戯そうな笑みを見て言った。

「何かやる気か?」

「さぁな。ほら、早くしないと訓練が始まるぞ。」

「君はいかないのか?」ローランドは腕組をしたままここから動こうとしない。

「おれは手を貸すと言ったが、兵士になるとはいってないからな。まぁ、少し見物させてもらうよ。」ダグダは心配だったが、この男は俺が何を注意しても聞かないだろうとあきらめ、他の兵士たちに混じりに行った。


 訓練が始まった。兵士たちは掛け声をかけながら素振りを始める。

「声が小さい、声が。」ピグ少将はにやにやと笑いながら、兵士たちを見て回る。と、訓練場の隅で腕組をしているローランドを見つけた。

「そこのおまえ!何をさぼっておる、早く列に入らないか!」ピグはローランドに向ってどなった。

「おれは豚に指図される覚えはねえよ。さっさと豚小屋に帰れ、豚。」ローランドはピグのほうを見もしなかった。

「き、貴様、わしを愚弄したらどうなるかわかっておるのか?」

「ぶーぶーわめくな豚。おれは豚肉は好きだが、豚は嫌いなんだよ。」ピグは怒りに顔を真っ赤にした。

「くそ、ハーグ!、こいつをたたきのめせ!」ピグは大男に命じた。

「おい、いいのか?おれは姫様の客人とされてんだぜ?」ローランドはにやにや笑って言った。

「訓練中の事故と言えばいいだけのこと。わしの訓練では、そういうことはしょっちゅうだからな!」ピグは手振りでハーグに合図した。ハーグはうなずき、斧を手にとってローランドの前にのしのしと歩いてきた。兵士たちはすでに訓練の手を止めていた。

 ローランドとハーグの身長差は子供と大人ほどだった。兵士たちのだれもがローランドに勝ち目はないとおもった。ダグダですらそれは同じだった。

「まった。そういうことなら、ちゃんとした訓練てことで、皆が俺たちの戦いを観戦できるようにしたい。いいだろ?」ローランドは焦ることもなく言った。

「いいだろう。お前たち!今から実戦訓練を行うから、よく見ておくように!」ピグは高らかに言い放った。ハーグは斧を構えた。

「お前、構え、ない、か?」ハーグは初めて口を利いた。それは南部なまりのある片言の言葉だった。ローランドは腕組をしたままで、剣を持ってすらいない。

「お前、結構親切だな。いいよ、このままで十分だ。」ローランドは腕を広げた。

「・・・・・・おまえ、侮辱してる?」

「そうだとしたら?」とローランド。

 ハーグは唸りを上げて斧を振りかぶると、大きくなぎ払った。ローランドはその攻撃を難なく伏せてかわし、あいてを回り込むように左にサイドステップをした。

「いいね。まずまずだ。もっと思いっきりやれ。」大男が体をひねりながらもう一度なぎ払うと、それも伏せて今度は右に回り込む。ローランドは振り下ろされた斧を半身になってかわし、続きざま払った斧を後ろに飛んでよける。ハーグは何度も何度も一撃必殺の斧を振るうが、ローランドはひらひらと舞うようにかわす。斧がさらに激しくふるわれるても、ローランドの舞はゆっくりとしているように見えた。兵士たちには、まるでハーグが蝶々をとらえようとする子供に見えた。子供がどれだけ腕を振り回しても蝶をつかめないように、ハーグが玉の汗を流しながら斧を振るうのに、ローランドは汗一つ掻かず涼しげな顔でかわしている。

 ハーグは目に見えて疲弊していたが、それでもなお斧を振るった。ローランドはいつでもハーグを倒せたが、何もせずかわし続けた。ピグはハーグの思わぬ苦戦にいらついていた。

「ハーグ!なんだその情けない有様は!妹がどうなってもいいのか!」ハーグはその言葉を聞くと、唸りを上げてローランドに猛然と切りかかった。ローランドは大男の盛り返した鋭い攻撃を、先ほどより余裕なくかわした。

「妹?それはどういうことだ?」ローランドはハーグに問いかけるが、ハーグは耳を貸さなかった。斧をさらに速くふるい続ける。だが、ただでさえ重い斧をローランドの舞に合わせて振るっっていたハーグの握力は限界に来ていた。

 斧を大きくなぎ払ったとたん、手からすっぽ抜け、斧はピグの頭上数センチを掠めて飛んで行った。ピグは小さく悲鳴を上げた。ハーグは疲れ果て、遂に膝をついた。

「なあ、もういいだろ。おまえはここの兵士とは違う、戦いを知っている誇り高き戦士の目をしている。どうしてそうまでしてあいつに従うんだ?」ハーグは息を切らしながらも、その眼はローランドに向けている。

「ネラ、人質。俺、家族亡くした、部族亡くした、食べるもの亡くした。ネラなくしたら、おれ、ひとり。それはいやだ。いやだ!」ハーグは雄たけびを上げてたちあがり、ローランドに殴りかかった。ローランドには、それは悲鳴に聞こえた。ローランドはハーグのこぶしをかわして体の内側から背中にするりと回った。

「わかった。あとは俺に任せろ。」ローランドはハーグの後頭部に強烈なひじ打ちをかました。ハーグの体はよろめき、地面に倒れた。それをローランドは支え、ゆっくりとおろしてやった。

「手当てをしてやってくれ。」ローランドは最前列にいた兵士の一人に言った。兵士はあわてて礼をすると、仲間に声をかけてハーグをタンカに載せ始めた。

 ローランドは剣を取ると、腰を抜かして呆然としているピグへと歩みよった。

「おい豚。ハーグの妹はどこだ」ピグは自分が間抜けな体勢で座り込んでいるのに気づいて立ち上がると、ローランドに言った。

「おまえにはかんけいないだ・・・・・・。」

「答えろ!!俺は今すごく虫の居所が悪いんだ!!ごちゃごちゃ抜かすとその舌引き千切ってお前に食わせるぞ!!」ローランドはいきなりピグにつかみかかると、襟をつかんで小さな体を持ち上げ始めた。兵士たちはローランドの怒り様に驚いた。

「や、やめろ、おろせ!」ピグは足をじたばたさせてもがいた。ローランドはピグを地面に思いっきり叩きつけた。ピグは顔面から落とされ、鼻と前歯が折れた。

「は、鼻が!歯が!」ピグは鼻と口を両手で押さえて泣き叫んだ。ローランドはピグを蹴り飛ばしてあおむけにさせると、剣をのど元に突き立てた。ピグはヒッとひきつった声をあげ、泣き叫ぶのをやめた。

「早く答えな。それとも死にたいのか?」ローランドの声は冷たく、鋭かった。兵士はその声を聞いて背筋が凍るのを覚えた。だが、ピグはその声ではなく、ローランドの目、黒い怒りに縁取られた瞳が自分を睨むだけで殺そうとしているかに感じていた。ピグは震える声で泣きながら懇願した。

「わ、わかった、教える、教えるから、殺さないでくれ、殺さないで」ローランドはゆっくりと剣を下げると、ピグを立たせた。

「案内しろ。」ピグがしゃべらないでいると、ローランドはピグの髪をつかんでのど元に剣をまた突き立てた。ピグはローランドにひっ立てられながら訓練場を後にした。兵士たちは困惑しながらもローランドたちについてくることにした。

 ピグは街の中にある小さな家へとローランドを案内した。

「ここにいるのか?」ローランドはピグに言うと、ピグは必死にうなずいた。ローランドはピグを兵士たちに放った。

「そいつを逃がすなよ。脅されても従うな。」ローランドは兵士たちにいい、家へと入ろうとした。

「これはなんのさわぎです!?」兵士たちは驚いて振り返った。

「姫様!」イナメルは兵士たちが道を譲る中を通り、ローランドのもとへとやって来た。

「ローランド様、この騒ぎはいったい何事ですか?」イナメルは努めて平静に言ったようだったが、その声には怒りが混じっており、兵士たちがざわめき始めた。

「ローランドでいいといったろう。」ローランドは中に入ろうとした。その手をイナメルがつかむ。

「ローランド、これはなんですか。どうしてピグ少将はこんな大怪我を?しかも誰も手当てしないなんて!?」ピグは助けが来たと言わんばかりに兵士の手から逃れようともがいて言った。

「こいつが私に暴行を働いたのです、姫様!」姫はローランドを見た。

「本当なのですか?」ローランドはなんでもないという風に言った。

「ああそうだ。鼻と歯をへし折った。」

「ローランド!なんということを!」

「そいつほどじゃない。こいつはハーグの妹を人質に取ってやがる。あの哀れな戦士のたった一人の家族をな!」ローランドはイナメルの腕を振りほどいた。

「そんな!?ピグ少将、それは本当ですか!?」

「いえ、あの、それは・・・・・・。」

「聞く必要はない。今にわかる。」ローランドはそういうと玄関へと向かって行った。

 ローランドは荒々しく家のドアを開けた。途端、剣を持った男がローランドに襲い掛かった。兵士やイナメルが声を上げる前に、ローランドは男の振り下ろした剣をよけざま剣のつかで相手の側頭部を打った。男は壁に吹き飛ばされてまた頭を打って地面に倒れた。皆があっけにとられる中ローランドはずんずんと家の中へとはいっていく。

 家の中は静まり返っていた。ローランドはためらいもせずまっすぐに家の奥へと進む。二つ目の部屋を通り過ぎた後に、そこから男が飛び出し、同時に前方からもやって来た。ローランドは前から来た男のはなった突きをかわして男の手首をつかみ、ぐっとひねって剣を握らせたまま後ろから来た男の手首を剣の腹で打った。前から来た男の手首は鈍い音を立てて折れ、後ろから来た男は剣を落として手首をつかんだ。ローランドは後ろから来た男のソクトウ部を剣の腹でたたき、前から来た男の後頭部をつかで殴った。二人は床に伸びた。ローランドはさらに先に進む。

 一番奥の部屋には、ハーグの妹、ネラが椅子に縛られてさるぐつわをかまされていた。そこには一人残った男がネラの首に剣をかけていた。

「く、来るな。こ、これ以上近づいたら、こいつを殺すからな!」男は声を震わせていた。

「殺す?やるならやれよ。」ローランドは歩みを止めなかった。男は剣をネラの首筋にあてた。その首から血が流れ、ローランドは歩みを止めた。男は内心ホッとしながら言った。

「脅しじゃないぞ。これは警告だ。武器を捨ててここからたちされ!でないとこいつを」

「その子を殺したらお前を殺す」ローランドはまた歩き始めた。男はもう一度強くネラの首に剣を当てたが、もうローランドは止まらなかった。男は剣を落とし、膝をついてローランドのズボンをつかみ、すがった。

「頼む、ころさないでくれ」

「わかった」ローランドは剣を放り投げ、思いっきり男を殴った。男は床にたたきつけられた。ローランドはふぅっと息をつくと、剣を取ってネラのさるぐつわを外した。

「ごめんな、少し怪我させちまった。」そ子には先ほどの恐ろしさへみじんもなかった。ネラは首を横に振った。

「いいの。おじさん、助けに来てくれたんでしょ?」ローランドは縄を解きながら言った。

「そうだよ。君のお兄さんとは友達でね。それより、君はお兄さんと違って片言じゃないんだね。」

「うん。ここの人の言葉を聞いて覚えたの。」ネラは縄をほどかれて立ち上がると、ローランドの手をとった。

「兄さんと友達なんだよね。いつから友達なの?」ローランドは家の出口へと向かいながら言った。

「いまさっきから」

 

 ピグはネラを監禁した罪で降格処分となった。普通なら、ばれても罪にはならなかったろうし、あったとしても降格処分すらあり得なかったが、その場にイナメルがいたのが悪かった。降格したのはいいが、そのあとを誰にするかが問題となった。結局小隊長の一人から選任することになったが、こう立て続けに部隊の隊長がいなくなっては大変だということになった。その時、兵士たちからローランドをという声が上がった。本来ならあり得ないことだが、ローランドにはピグを降格させた責任もあるとして、イナメルが決定するよう促した。隊長たちは不服だったが、イナメルを邪険にするわけにもいかず、兵士たちもそうしろとうるさいので、昨日の戦いで戦死した部隊長の後釜にローランドを据え置いた。

「ずいぶん早い出世になったな。」ダグダは二段ベッドの下から声をかけた。ローランドは客人から一兵士となったからといって、兵舎で寝ることにしたのだ。

「おれもこんなことになるとは思わなかったがな。だが、いずれは出世するつもりだった。」

「へえ、ずいぶん野心家なんだな君は。」

「そうじゃない。お前は賢いし、信頼できるから言うが、この国の今の状態ではコーンウォールには勝てない。兵士は錬度が低い上に隊長がああではな。おれはこの戦、絶対に勝たせる気だ。そのためには兵を強くしなければならないし、指揮をする必要がある。まずは俺の部隊を強くする。この国で一番強い兵士に育て上げてやる。」

「え、おれも同じ部隊なんですけど・・・・・・。」ダグダは不安もあらわに言った。

「そうだな。お前と一緒の部隊とは嬉しいぜ。今日よりも訓練はきつくなるから、そのつもりでな。」ローランドはシッシと笑った。ダグダは不平を漏らし、ため息交じりに言った。

「まぁ、他の部隊長よりはましか。少なくとも腕は立つし馬鹿じゃない。」

「それは保障しよう。」ローランドは請け合った。しばらくの沈黙があった後、ダグダは一番聞きたかったことを聞いた。

「なんであんなことをしたんだ?」ローランドはしばらく考えてから答えた。

「さぁな。最初は、あいつを兵士として仲間にできたら心強いと思ったんだ。だから、剣は使わなかった。だけど、なんだろうな。あの豚に無性に腹が立ったんだろうよ。」と、自分の感情に答えをつけた。ダグダは納得したのかどうかは知らないが、それ以上聞こうとはしなかった。

 本当は豚やろうがむかついたわけじゃない、とローランドは心の中で言った。

「あいつが俺と一緒になってほしくなかった。全部失った悲しみを味わう奴を見たくなかったから。」ローランドは眠りにつこうとしたが、過去の記憶を思い出してしまってねむれなかった。

 その時、誰かが部屋をノックした。

「だれだ。」ローランドは返事をした。

「少し、いいか、話、ある。」声はハーグだった。ローランドははね起きてドアを開けた。勿論ダグダを起こさないように。

「なんだ、話って。」ローランドは後ろ手に扉を閉めた。ハーグは松明を持ち、背後の壁に大きな影を作っていた。

「ありがとう。妹、お前助けた。心から、礼言う。」ハーグは大きな手を差し出した。

「妹、お礼。」ローランドが手を出すと、ハーグはその手に小さなペンダントを落とした。それは木を削って掘ったもので、葉を茂らした木の形に彫ってあった。

「これは・・・・・・?」

「お守り。ブル族、木、守り、木、守られる。」ローランドは早速ペンダントを首にかけた。にっこりと笑ってハーグを見ると、ハーグも微笑んでうなずいた。

「ありがとう。大事にするよ。」ローランドはドアノブに手を懸け、中に入ろうとした。が、ハーグはそれを止めた。

「俺、恩返ししたい。お前と戦う。」ローランドは喜びたかったが、それを断った。

「恩返しなんてしなくていい。おれとおまえは友達だ。友達を無理に戦わせて危険な目にあわせたくない。」ハーグは驚いた。

「ハーグとローランド、友達・・・・・・?」

「ああ、俺とハーグは友達だ。」ローランドはにっこりと笑って言った。ハーグの顔に笑みが広がった。

「ローランド、友達。友達、仲間。おれ、ローランドの仲間、なる。」ハーグは興奮した様子で言った。

「ああ、それなら喜んで。」ローランドは手を差し出した。

「なに?」ハーグは握手がわからなかった。ローランドは笑った。

「友達は握手するもんだよ。」ハーグはああ、とうなずいて、ローランドの手をしっかりと握った。


「なんかいいことでもあったか?」ダグダは忍び足で上の布団に入るローランドに言った。にやけた口調からすると、話は全部聞いていたらしい。

「ああ。友達ができたんだ。すごくいい友達が。」

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