008 好奇心
風のように現れて風のように去っていったギラデア。ものの数秒のうちにギアスに緊張と不安を叩きつけてさよならバイバイ。ギアスは一周回って少しだけ腹が立ち、一旦は焦って先に王様のところへ行こうとするも、予定通り食事を先にした。
食堂フロアは197階から199階までの3フロア分もあった。エレベーター手前には、ここが客人も招く親切なお城であるためか、ちゃんと各フロアの案内板や地図まで壁に掛けられていた。何階の食堂に行くかでフィジーとスカイがもめはじめたが、ギアスはその後ろで異世界での食事はどんなものだろうと考えはじめる。
(そういえば異世界っていうからには食べ物も異世界じるしになるんだよな……)
考えられるのは大きく分けて三択。非常に美味しいか、もしくは人間界のものと変わらないかあるいは……、魔女がよくかき混ぜているような禍々しい鍋料理のようなダークマターか。
ギアスは想像してしまった。赤褐色の汚らしいドロドロのスープの中で、沸騰した泡が大きく膨らんでゆっくり弾ける。わけのわからない目玉や骨、黄色い脂肪の塊が黒っぽい出し汁の尾を引きながら円を描いてかき混ぜられる……。考えただけで寒気がした。
「な、なぁ。異世界の料理ってどんなのなんだ? 変なの入ってたりしないか?」
「は? 人面魚の動く煮物とか普通に……ゴフッ!」
スカイは背の低いフィジーに真下から頭突きされて舌を噛んだようだ。その場にうずくまった。血が出でいたようだが再生力が強いのでもう止まってしまった。
スカイに代わってフィジーが教えてくれる。……笑顔だった。
「中華とかイタリアンとか、アメリカンサイズの肉料理とかの人間界のと変わらないのもちゃんとあるんだから。そもそもこのシャングリラは私たちウーバスタンドが人間から独立するために創った第二の地球なのよ。もともと人間界のものを食べてたウーバスタンドがなんでそんなゲテモノ欲しがるのよ。人面魚の動く煮物なんか、そんなの家畜用のエサだし」
「いや結局実在してんのかよ……」
フィジーのおかげでギアスは少しほっとした。
日本料理もあるという199階へ行くことになったが、道中、ギアスはフィジーにいろいろと教えてもらった。
ウーバスタンドと後に自称しはじめる超人類が最初に誕生したのは、15世紀のヨーロッパだったとされているという。当時、その数はヨーロッパ全体でも百もあったか分からない程度しかいなかった。人種差別も当たり前だった時代のことだ。異能を持つ者など、魔女や悪魔と呼ばれ、魔女狩りに捕らえられては拷問されていたという。
そこで、ギアスが今いるこの国の王となるドイツ生まれのアリスは、ルターの宗教改革真っ只中のその時代にヨーロッパ中から生き残っているウーバスタンドたちを自国に集め、各々の能力を結集し、第二の地球であるこのシャングリラを築いたのだった。つまりこのシャングリラはウーバスタンドの、ウーバスタンドによる、ウーバスタンドのための土地。もともと人間界のものを食べていたのにわざわざゲテモノを主食にしようとはしないのだ。
「おいおい待て待て、アリスどんだけ長生きなんだよ」
199階に降りたところでギアスが眉を歪めた。国王のアリスがルターやマゼランと同年代なのであれば600歳近いことになる。
フィジーは何か解説するときは上を指すように胸の前で人差し指を立てながら話すクセがあるが、今もそれが出ていた。
「ウーバスタンドには寿命がないのよ。20歳までで老いが止まって、あとは大ケガでもして死なない限り生き続けられるの。だから、遅かれ早かれ私たちもこっちに来ることになってたよ。周りがみんな老け始めてもピチピチじゃ、ねぇ?」
「だめだ、オレ、アタマパンクしそ」
そう話していると、なにやらシフォンがギアスのシャツの裾をぐいぐい引っ張った。ギアスが見てみると、シフォンはエレベーターのすぐ正面にあった店のショーケースを、「ねーねー、あれがいい〜」と指差していた。
店は本当に日本食もあるのかと疑わしくなるほどオシャレな外観だった。これでは高級レストランである。入り口の向こうにはタキシード姿のウェイターやウェイトレスがちらついていた。
「えっ、高そうだけど、大丈夫なのか?」
「詳しいことは後でアリスから聞かされるだろうが、一応オレらはこの国の保護下にあるんだ。だから飯も全部タダだぞ。さっきだって治療費もかからなかったろ?」
調子を取り戻したスカイがフィジーの目を警戒しながら言った。
「おお! そうなのか。じゃ、ここにしようかシフォン」
「うん!」
シフォンは喜んで一番にレストランに駆け入っていき、ギアスたちも彼女の後ろを追いかけた。
○○○○
レストランはガランとしていた。誰も客がいないが、ウェイターやウェイトレスたちが仲良さげに喋りながらテーブルの消毒をしたり食器の手入れをしたりしていた。
一応営業中ではある模様。ウェイトレスの一人がギアスたちに気がつくと「いらっしゃいませ!」と声をかけ、他の店員たちも続いた。
「お客様何名様ですか?」
「4人です」
「かしこまりました。あちらの窓側のお席はどうぞ〜。4名様ご案内でーす」
先にメニューを見せて注文を聞かれたりはせず、ファミレスのような明るくて流れるようなおもてなしだった。それにしても可愛らしいウェイトレスだった。やはりこういうところは顔も選考条件のうちなのだろうな、とギアスは思った。
ドングリ色のレジの前を通って、先程のウェイトレスが手で示してくれた窓側の席へ。天井にはシャンデリア、床には大理石のモザイク、窓の外は雲の海。こんな場所でランチを食べる日が来るとは感動だった。
「すげー、これがタダなのかよ。コンビニ弁当にも何百円かはかかるのに」
「きれ〜」
ギアスとシフォンは二人とも席に着くなり口をポカンと開けてレストラン中を眺めていた。
注文すると、他に誰もいないからか、あっという間に提供してくれた。体格のいいスカイはガッツリとステーキを、フィジーとギアスはパンを、シフォンはさっきも指差していたショーケースのイチゴのパフェだった。
「おお、シフォンちゃんの大っきいね。食べれる?」
フィジーが聞いた。シフォンの小さな顔はパフェで隠れてしまいそうだ。
「うん、食べる食べる!」
「シフォンはパフェが好きなのか。よく食べるのか?」
ギアスが聞くとシフォンはロングスプーンをグーで握ったまま横へ首を振った。
「ううん、初めて見た! キレイだったから、これにした!」
「ああ、そうなのか。まぁ、よかったなぁ」
「えへへっ」
シフォンはやっぱり謎が多いな、とギアスは思いながらパンにバターを塗る。
スカイがステーキを切り分けながら、
「これ食べたらアリスのとこ行くか? 面倒くさいことは先に済ませといたほうがいいよな」
「そうだな。ってかさ、戻ろうと思えば人間界には戻れるのか?」
「え、なんで?」
「いや、身一つでこっちに来ちゃったから、財布も携帯も人間界に置いて来ちゃったんだよ」
「いらねぇよ。この国の中なら金はいらねぇし、他の国に行くことになったとしてもアリスが小遣いくれるだろうよ、ギアスたちにはな。それに携帯もこっちのじゃないと電波使えないから、こっちで新しく買わないとだ。だからあんまり戻る必要はないぞ。戻れるけどな」
「えっ、そうなのか。ところでさ、この国って、なんて名前なんだ? 国名とかあるだろ?」
「そういえば言ってなかったな。キサルニアっていうんだよ」
ギアスがパンを片手に話していると、先に1つ食べてしまったフィジーが会話に参加した。
「第二の地球って言ってたけど、地形とかホントに地球そのまんまなんだ。このキサルニアは最初にできた国だから、アリスの母国のドイツに被ってるよ。面積が広いから、隣のポーランドとチェコも被ってる。このお城はその3つの国の真ん中くらいだよ」
「へぇ、よく知ってるな。オレやっぱアタマパンクしそうだわ」
このシャングリラのことやウーバスタンドのことはだいたい分かってきたが、やはり一気に全部とはいかない。
ギアスは好奇心旺盛な子供のように、何か疑問が浮かぶ度に聞きながら食事を進めた。
また後々、見取り図や相関図を描いて載せたいと思います。
今回もお読みいただきありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。
m(_ _)m




