007 銀色の言伝
とにもかくにも、ギアスはとうとう異世界へ来てしまった。
シフォンが未来からきた娘であること、異能が存在すること、自分たちが超人類であることなどが、今更かもしれないがこれで裏付けられたことになる。
まるで物語の世界へ飛び込んだようで嬉しい気もしたが、ギアスは早々に死にかけてたまらなく不安だった。
ギアスはしばらく窓の外を舐めるように眺めたままだった。街の景色はこんな高いところからではよく見えないが、恐竜のようないかつい鳥がトンビやタカのように大空を舞い、そもそも自分がいる建物は雲よりも高い巨大建造物。遥か下の街並みは雲の海の隙間に見えては隠れ、見えては隠れる。
遠くを眺めていたら異世界の存在へ混乱していた頭も静かになってきた。すると、色々な疑問が浮かんできた。
シフォンはあのピンチをギアス自身の手で解決してしまったというが、結局どういうことなのか。さりげなくシフォンはこの異世界を自分のいた未来よりも平和だと呟いていたが、未来はいったいどうなっているというのか。
「シフォン、ホントに、冗談とかじゃなくて、オレがあの危険なやつを追い払ったのか。誰か助けてくれたんならお礼が言いたい。やっぱりはっきりさせよう」
「もう、だから言ってるじゃん。ギアスがバーン! バーン! って!」
「で、あいつを追い払ったんだよな。じゃあ何でオレは気を失った?」
「え?」
「そんなに元気に暴れ回ったんなら、あいつを追い払った後に突然眠り込んだことになるよな」
「そうだよ。ギアス、急に倒れちゃって。安心して、眠っちゃったのかなって思ってた。でも気がついたらこのお城の外にいたの」
「城? ここ城なのか。まあ、それはいいか後で」
ギアスは窓に薄く写っているシフォンの顔を終始疑うような目で見つめていた。
あまりにも怒り狂うと記憶が飛ぶことがある人もいるようだが、ギアスはそれと同じことが起きたのだろうかと考えた。けれどもやはり納得がいかない。あんな、両方の足首も吹き飛ばされ、脊髄も寸断されて立つこともとてもではなかった状態からどうやって起死回生ができたのか。
と、そこまで考えてようやく自分の脊髄や足首が完璧に再生して麻痺もなく立ち上がれていることに気がつき、少しだけほっとした。だがそれはともかくとしてギアスは質問を続ける。
「オレは立ち上がって戦ってたか? 足首も、吹き飛ばされてたのに」
「え、え!? こっわ! そんなことないよ。ギアス普通に立って戦ってたよ。足もなんともなくて」
「ってことは、シフォンの前で振り返ったときにはもう全回復だったわけか。火事場のクソ力……、か?」
考えれば考えるほど分からなくなりそうなので、ギアスはもうこの話は置いておくことにした。では今度はこの世界が未来より平和そうだというのはどういう意味かと聞きたかったが、そのとき、左手側から誰かが病室の扉をノックする音が聞こえてきた。
扉はすぐに開いて、そこから顔を出したのはフィジーだった。
お互いに驚いた顔を見合わせたかと思えば、フィジーはギアスに駆け寄ってぎゅっと抱きついた。
強く、ギアスを抱きしめていた。彼のお腹に顔を埋め、背中に回した手は青白い院内着を握りしめた。
(な、泣いてる……。フィジーが、泣いてる?)
ギアスはお腹のあたりがじわりと濡れるのを感じた。シフォンを見て知らない幼女を家に連れ込んだと思われて追いかけっこになったのもつい昨日のことのように感じる。そのフィジーが泣いているなんて……。
「フィジー、ごめん。心配かけたか?」
「当たり前でしょ。ばか。……私があのとき、ギアスたちが出かけるの止めてたらって、ずっと思って、ずっと思って……」
フィジーは自分を責めていた。
ギアスはフィジーを見た瞬間に、どうやって異世界に来たのか不思議に思ったが、もうそんなことは忘れてしまう。
シフォンが見ている手前、小恥ずかしいがギアスもフィジーを抱き返した。
「大丈夫。オレもシフォンも無事だよ。それにフィジーは何も悪くないし、むしろ被害者だって」
なかなか泣き止まないので、話を変えてやる。
「そうだ、スカイは? あいつも来てるのか?」
「……うん。暢気に昼寝してるよ。ギアスがこんな大変なときに、医者が大丈夫って言ってるんだから、なんて抜かして。ホントありえないんだから」
「ははっ。アイツらしいな」
やっとフィジーも落ち着いた。この異世界、シャングリラにも医者はいるよう。フィジーによれば目が覚めたら歩いても大丈夫だと言われていたらしく、ギアスは医者に挨拶してスカイのところへ行くことにした。
○○○○
医者は随分と若い男だった。輝くような白髪で青白い瞳、しかも裸眼で、年の頃は20歳程度。しかし言うことにはそれなりに貫禄が感じられた。
簡単に挨拶を済ませたら、フィジーが用意してくれていた軽装の私服に着替えてスカイのところへ。
この建物のことを、先程シフォンがお城と言っていたが、どうやら一本角のような形らしい。各階毎に役割があり、例えば今までいたのは医療専門のフロアだった。
異世界だが、だいぶ近代的なようだ。エレベーターまであった。
流石お城であるだけあって、天井、壁、床と全部が大理石をふんだんに使っていた。城の中心にあるエレベーターホールも真っ白だ。
エレベーターを待っている間にパネルを見ていると、この医療フロアは182階と出ていた。エレベーター自体は199階まであり、最後は階段でもう1階あって全部で200階もあるという。
ギアスたちは195階へ上がった。客人専用フロアだ。その名のとおり客人を迎えるためのフロアなので、内装はとても豪華。毛足の長いワインレッドの絨毯が敷かれ、廊下は東西南北に4つ。中央のエレベーターホールから外へ向かって放射状に絨毯が伸びていた。つまり絨毯は上から見れば十字に見えることになる。
部屋は全部で20。スカイが寝ているのは北の一番奥の部屋だという。黒い革で加工された壁に囲まれながら進んでいき、そっと開けると、ホテルのようにやんわりと明るく落ち着いた内装に包まれてスカイはまだベッドに大の字だった。
「どっちが病人か分からねぇな」
「ホントよ。まだ寝てたなんて」
「私起こしてくるねっ」
シフォンがてててっ、と部屋に駆け入り、大口を開けて寝ているスカイの耳元で「わっ!」と叫んだ。
「ぎゃは!! な、なんだ!? 死ぬのか!?」
「そうだよ。お前は地獄行きだ。元気でな」
「お、おお、ギアス。起きたのか。もう大丈夫なのか?」
スカイは目をこすりながら起き上がった。のっそりのっそりベッドから大きい体を重そうにしつつ出てきて、うんっと伸びをした。
フィジーが首を振って呆れる。
「もう、よくこんな大変なときにそんなぐっすり眠れたわね」
「何言ってんだよ。医者が言ってたとおり大丈夫だったろ? だから大丈夫なんだよ。無駄に不安がるほうがよっぽど縁起わりぃって」
「なるほど、そういう考えか」
「ギアスまで納得しないの。もう、呆れて言葉が出ないんだから。さ、もうお昼だし、ご飯食べいこ」
「やったー! ごっはん〜♪ ごっはん〜♪」
なんだかんだでシフォンが一番能天気な気がした。
そんなこんなで昼食を摂りに行こうと、3人でエレベーターホールでエレベーターを待つ。と、上の階から来たエレベーターが開き、ギアスやスカイよりも背の高い、身長2メートルもあろうかという線の細い青年が降りてきた。
さらさらとしたやや長めの銀髪に、キツネみたいに細い銀の瞳。中世ヨーロッパの紳士みたいなコバルトブルーのシルクハットと、季節外れなロングコートに身を包んでいた。ステッキは持っていないが、あれば絶対に似合っただろう。
彼もまた20歳程度の外見だがどこか貫禄がある。気さくな笑みで話しかけてきた。
「やあ。初めまして。僕はギラデア・キルヒアイゼン。この国の王、アリスの双子の弟で、秘書をしています。ギアス君、いつでも良いので、今日中にアリスのところ、200階へ来てくださいね。大事な話があります。では、また」
「え、ちょ、待って——」
突然何を言うのかと、ギアスは慌てて止めようとしたがギラデアと名乗った王の秘書はまたエレベーターの中へ消えてしまった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いしますm(_ _)m




