005 はじめまして、さようなら
昼過ぎ。白いパーカーを着た謎の少女は、とある公園のベンチに座っていた。フードを深々と被り、肘置きに体重を預け頬杖をついて、いかにもガラが悪い。まだ十代半ばの見た目の少女とはいえども、誰もが避けて通りそうだ。が、人間には彼女の姿が見えないらしい。誰も気にせず、目の前を通り過ぎたり、真隣に座ったりしていた。
「け、全然いないじゃんか。破壊の属性者なんてケセランパサランみたいなのが人間界にいるなんて、そもそもホントなのかなぁ。……? あれは——」
何かを探している少女の視界に、ふと、シフォンを連れたギアスが写り込んだ。
黒髪の日本人たちが公園で遊ぶ中、茜色の髪をしている二人はとても目立っていた。
「うっそ、マジ!? へっ、流石は人間界育ち。狙われてるとも知らないで丸腰で白昼堂々と出歩いてるなんて……。ん? にしても、あの小さい子はなんなんだろ? 男の子が一人だけのはずじゃ。ん〜。ま、いっか」
謎の少女が探していたのはギアスだった。
ようやく見つけ、彼女は悪魔のように不吉な笑みを浮かべた。
○○○○
ギアスは気晴らしのため、近所の公園にシフォンを連れてやってきた。
自分の娘が未来からやってきたり、自分たちが実はウーバスタンドとかいう超能力者であったり、異世界があるという話だったり、スカイに目の前で風を操るところを見せられたり……。24時間も経たない間に信じられないことばかり起こり過ぎてギアスは頭がパンクしそうだった。
今日は台風が他県を襲っていて風があり、昨日ほど暑く感じられない。気分転換にはもってこいのいい天気だ。
「よっしゃーっ、割と空いてるなぁ! 今日は涼しいし、ゆっくりしような、シフォン」
「うーん、でも、ここって何するところ?」
シフォンのキョトンとした丸い瞳がこちらを見上げてくる。
彼女が着ている、フィジーが少し前にサイズを間違えて買ってしまった白いワンピースが日光を反射して眩しく、ギアスは目をショボショボさせながら、
「公園だぞ? 未来には無かったのか? ここで遊ぶんだよ。サッカーしたりバスケしたりしてさ。やらなかったか?」
ギアスは持ってきていたサッカーボールを掲げて見せたが、シフォンは横へ首を振った。公園どころかサッカーボールさえ初めて見たらしい。
(未来って一体どうなってんだよ。女の子でも公園くらい分かるだろうに。ってか、そういえばそうだ。このくらいの女の子と一緒にサッカーって、ミスチョイスだったかな……)
ようやくギアスは気がついた。遊ぶと言えば、ギアスの中ではサッカーがまず浮かんだのだが、シフォンは14歳の女の子。体育が好きな子ならまだしも、こんな華奢なおチビさんにはあまり似合わない。
公園に踏み込もうとする今頃になって予定を変更しようか逡巡しはじめたが、何せシフォンは公園もサッカーボールも知らないのだ。この調子ではショッピングをさせようと甘いものを食べさせようと、これからサッカーをするのと大差ないようにギアスには思えてしまった。
結局、とりあえずサッカーをやればいいかと公園の中へ歩み入ったら、奥のベンチから誰か、シフォンくらいの女の子らしき小さな人影が駆け寄ってきた。
ジーパンに白いベルト、蜂のように攻撃的な黒と黄色のストライプのキャミソールを着て、その上に白いパーカーを羽織って、なんだか少しガラが悪い。走ってくるうちに風でフードがめくられ、真っ黄色の髪と瞳が露になった。
(誰だ? こっちに来る。外国人かな?)
そう思いながら何となく立ち止まって待っていると、やはり黄色の少女はギアスの前で立ち止まった。出で立ちこそガラが悪いが、お人形のように愛らしい目鼻立ちをしていた。
「イッヒウェアーデディッヒインデホーレブリン!」
(ドイツ語? ……!?)
次の瞬間、黄色い少女が悪魔のように恐ろしく微笑めば、途端に周囲の景色が変わった。
平和で涼しい公園などどこにもない。どこか薄暗い部屋の中に閉じこめられていた。
天井、壁、床の全てが銀色に鈍く蛍光灯の明かりを反射する鉄板でできた、薄気味悪い殺風景な部屋。体育館くらいの広さだが天井が低く、とても窮屈だった。
(なんだ、どうなってんだ……)
「どこだ、ここは」
あまりに現実離れした現象に戦慄する。
他人をテレポートさせるなど人の為せる技ではない。場所こそ分からないが、ギアスはあの少女が異世界からの刺客だということはすぐに察しがついた。
少し遅れて、あの少女が目の前に煙のようにふわりと姿を現した。まるで少女の皮を被った悪魔だ。あふれんばかりの殺意に愛らしい顔立ちが歪んでいた。
悪魔じみた少女はギアスたちにじりじりと近づきながら、
「さっきは、悪かったね。やっぱり人間界じゃ言葉が通じないみたいだ」
「ってことは、ここは——」
「もう人間界じゃない。とだけ、言っておくよ。さて——」
突然の異世界転移に動揺する余裕もない。悪魔のような少女はその小柄な体格とはとても不釣り合いな、死神が持つような大鎌を出現させ、こちらへ向けた。
ギアスは肌を刺すような危険を感じて咄嗟にシフォンを背後へ隠した。
「今日は楽しくおしゃべりしに来たんじゃないんだ。突然で悪いけど、ここで消させてもらうよ」
薄暗い明かりに、不吉な笑みを浮かべた少女の顔がますます恐ろしく陰る。
ピタ。ギアスのこめかみから流れた冷や汗が頬を伝って顎先から落ちていった。
「待て。何が目的だ。どうしてオレたちを狙ってる。そのくらい話せ」
「ああ、そうだったゴメンゴメン。お前を狙ってんのはお前を生かしておくと面倒になりそうだからだよ。邪魔だから消す。って、そんな当たり前のこと聞かないでよ」
「違う、そうじゃない。何で邪魔になるんだ」
「けっ、うっせーな。男のクセにどんだけビビってんだよ。ホントにぶっ殺すぞ」
もう少女は何か能力を使っているのか、彼女の近くの蛍光灯が不気味に明滅した。
(……シフォン)
怖くなったらしい。背後に隠れていたシフォンがギアスの背中にすがりついた。
(震えてる? そうだ、男のオレでもビビるくらいだ。そんなの、こんな小さい子からしたらずっと怖いに違いねぇ)
ギアスは禍々しい大鎌を前に自分を奮い立たせ、少女を睨んだ。と、少女はその顔を見て鎌を下ろし、お腹を抱えて笑いはじめた。
「うっわ、なにそれ、カッコよすぎでしょ! ハハハハハ! ひぃ、ひぃ、あ〜、おっかしい! 私知ってるよ? お前がまだ人間と大差ないってこと。能力も使えないクセに何ができると思ってんの? アッハハハ!」
「知ったことか!」
「まあいいよ。面白いから許してあげるよ。で、私がお前を殺したいのはね——」
少女は言いながらズルズルと大鎌を引きずり、ギアスに接近する。ギアスは体を後ろへ反らせるほど真下から見上げられた。
「そんなの、仕事だからに決まってんじゃん! バーカ!」
(まずい!)
少女は大鎌を振り上げ、天井の蛍光灯を爆破。大量のガラス片と火花を散らした。
悪夢のような輝き。大鎌が蛍光灯をいくつも破裂させながら迫ってくるのがスローに見えた。
ギアスはまだ若くても、シフォンの父親だ。死を覚悟で身を翻し、後ろにいたシフォンを抱きしめた。




