013 二人
雨があまりにひどいので、キサルニア巡りはまた今度になった。
時刻は午後10時を過ぎ、もう夕食も入浴も終えてあとは寝るだけ、とはいかず、ギアスは今日も机に向かってシャングリラの歴史を勉強していた。
今回は今日教えてもらった分だけではない。ギラデアから最近20年分の出来事がまとめられた国の資料を借りての先取り学習だ。
ひとまず、今回は戦争を中心に学ぼうと思ったギアスだったが、最近20年の間には目立った戦争は二件のみだった。
机のオレンジのぼんやりとした明かりだけをつけて、温かな光の中でペンを走らせる。
「……つまり、最初に闇の属性者の国、ドゥンケルハイトが襲撃されたことで生存者たちは住む場所を失って難民になった。みんな世界中に住む場所を探して移住や不法滞在をするようになったけど、闇の属性者がいると今度は自分の国まで狙われるかもしれないと世界中から拒絶された。……世界中が闇の属性者たちを追放、迫害する中で、北極にあるグラシリアっていう氷の属性者の国だけが彼らを受け入れた。でも、それはあくまで政府の決断に過ぎず、間もなくグラシリアの国民たちによる闇の属性者たちへの排除活動、つまり内戦が勃発した。……闇の属性者たちが圧倒的に不利な気がするけど、彼らには政府がついているし、しかもグラシリアは独裁政治。国の決断に逆らった国民たちは軍によって捕えられたり、過激派はその場で処刑されたりした。……どうにか闇の属性者たちはグラシリアでの居住権を得たが、グラシリアのもともとの国民たちはあまり良く思ってないわけだ」
今日のところはもうこのグラシリアの内戦の勉強でキャパシティがいっぱいになってしまった。
ノートは文章だけでなく、相関図や世界地図やらで隅から隅まで書き込まれて真っ黒。ギアスは疲れてペンを投げ、伸びをして大あくびし、ベッドにダイブする。
コンコン。
横になったと思えば誰かが扉をノックした。立ち上がって扉を開けに行くのも面倒で、ギアスは「はーい」と適当に返事した。
暗い床に細い光の線が引かれ、ゆっくりと太くなる。扉がある程度開くとフィジーが困った顔をのぞかせた。
「ギアス、ちょっといい?」
「ん?」
「シフォンちゃんのことなんだけど……」
何があったのだろうかとギアスは体を起こしてベッドの脇に腰掛ける。
フィジーは部屋に入ってきて扉を閉め、ギアスの隣に座った。
「今までシフォンちゃんとは私が一緒に寝てたけど、すごく寂しそうなんだ。ほら、せっかくギアスと会えたのに、二人でいる時間って、割と少ないじゃん」
「確かに、言われてみれば、そうかもな」
「だから、今日はシフォンちゃんと一緒にいてあげてくれない? 今お風呂上がったところで、今日はギアスが髪の毛乾かしてくれるって言って待たせてるから」
「……ナゼ髪の毛」
「ちょうどいいからだよ。何もないのに突然っていのも変じゃん」
「まぁ、そっか。分かった。オレも一応アイツにとっては親父なんだもんな。そんくらいするよ」
ギアスがシフォンのところへ行こうとして立ち上がるが、フィジーに腰をつかまれてまた座らされた。
「シフォンちゃんはこっちに連れてくるから待ってて」
「……え、ああ。え? 髪の毛乾かしてやるだけだよな?」
「そのあと一緒に寝てあげて」
「……、エエッ!?」
ギアスは一瞬耳を疑った。しっかり者のフィジーがそんなことを言うとは思わなかった。
「まてまて、シフォンも一応14で、年頃なんだぞ? その年で親父と一緒に寝るって、なんなん!?」
「見た目は14歳かもしれないけど中身はもっと子供なんだからっ。それに両親がいないままで育ってきたんだよ、私たちみたいに。恥ずかしがってる場合じゃないでしょ」
「いや、別にそんなんじゃねぇよ。分かった、分かったよ。分かったから、連れてきてくれ」
もうそう言うしかなかった。
フィジーは立ち上がって部屋を出ていき、すぐにドライヤーを持って、シフォンを連れてきた。
シフォンの嬉しそうな顔を見てギアスは心の中でやれやれとため息をついた。
○○○○
ギアスは明かりをつけ、部屋の隅の使っていなかった鏡台にシフォンを座らせた。
シフォンは親子水入らずで相当嬉しいらしい。鼻歌を歌い、細い両足をぱたぱた振って華奢な体を揺らしていた。
ギアスはドライヤーのコードを解きはじめる。最初は手早く解こうとしたが、急に手を止めた。そして再び思い出したように、ゆっくり、わざと時間をかけて解く。
まるで時間が止まってしまったかのよう。二人きりになれたのを喜んでいるのはシフォンだけではなかった。
目の前でシフォンが小さな体を上機嫌で揺らしている。ほんの数日前までいなかったのに、部屋には自分一人なのが当たり前だったのに、どうして出会ったらこんなに尊くて、離れがたいと思わされるのだろう。
短い間にたくさんのことがありすぎて凝り固まっていた心が芯から温まる。家族と水入らずで一緒にいられるということの幸せとは、こういうことをいうのかもしれないと、ギアスはなんとなく感じた。
「なんか……、急に時間過ぎるの、遅くなったな」
ドライヤーの用意が済んでシフォンの後ろに立って呟いた。
鏡台の鏡にはきょとんとしたシフォンの顔が写る。彼女の茜色の瞳は鏡越しにギアスを見上げた。
「……そう? どうやったら分かるの?」
「なんとなく。あ、そうか。シフォンはまだ子供だから、そもそも時間過ぎるの早く感じることがないんだな」
「わ、私子供じゃないよ〜。……、大きくなったら、時間が過ぎるの早くなっちゃうの?」
「らしいな。ってか、しれっと子供なの認めちゃったじゃん」
「えー、認めてないってば〜」
ギアスもシフォンにつられて自然と笑顔になっていた。
ぼちぼちシフォンの長い髪を人束手に取って、ドライヤーをかけようとする。が、手が止まった。彼女の茜色の髪は暖色の明かりに照らされ、飴色に美しく輝いていた。初めて会ったときは痛みに痛んでいたのに、フィジーが手入れしてくれたお陰で生まれ変わったに違いない。
「髪、キレイになったな。ツヤツヤじゃん。やっぱりフィジーにやってもらったのか?」
「うん! 私、髪の毛長いのに端っこまでキレイにしてくれたの」
「……ほんとだ。ってか、長いな。床につきそうじゃん」
ギアスは言いながらドライヤーの電源を入れ、シフォンの長い髪を人束ずつすくって乾かしはじめた。
シフォンはぱたぱた振っていた足を止めた。
「ママとおそろいなの。ママ、いつも忙しくてなかなか髪の毛切れなくて、もこもこしてた」
「あ、そういうことなのか。……シフォン?」
なんだか声の調子が悲しげだったから鏡を見ると、やはりシフォンは視線を落としていた。
ギアスは一旦ドライヤーを止めた。
「あ、ううん、なんでもない。……、ギアス?」
「……シフォンさ、すごいと思うよ。未来ではお義母さんと二人で生活して、この時代に来たらオレとは会えたかもしんないけど、代わりにそのお義母さんとは離れちゃったんだから、寂しいだろうに」
「……」
「……、おっ」
シフォンはくるりと振り返って、座ったままギアスに抱きついた。彼のお腹に顔を埋めて、泣き出すのかと思えばただじっとしている。
思わずギアスも彼女の頭を軽く抱き返したまま、様子をうかがった。
「……じゃあ、もっと、一緒にいてよ」
きゅ、とシフォンの小さな手が背中のシャツを強く握る。
これはいけないとギアスはドライヤーを鏡台に置いて、シフォンをイスから降ろし、しっかり抱きしめた。自分が子供の頃、母親にしてもらったように。
シフォンの小さくて、細くて、弱々しい体は、ほんの少し力を入れたらそれだけで壊れてしまいそう。そんな体でどれだけ我慢していたのだろう。
どうしてシフォンがこんなに寂しがっていたことに気がついてやれなかったのか。ギアスは自分を責めた。シフォンはもう少しで、本当に壊れてしまうところだったのかもしれなかった。
テスト期間中でなかなか更新できてませんでした汗
お待たせしましたm(_ _)m




