012 キサルニア 噴水広場
石板に刻まれていた、ある一言が気になった。
私はいつかきっとお前の前に蘇る。石板の文字は魔法のように消えてしまったが、確かにそう書いてあった。あれは一体どういう意味なのか……。
疑問は残るが、おかげでいくらか悲しみが薄らいだ。一時は取り乱したが、時間が過ぎて平生を取り戻し、立ち上がって銀の十字架を見つめていると、シフォンが駆け寄ってきた。
「ギアス、大丈夫?」
「ああ。ごめんな」
「ううん」
シフォンの小さな頭に右手を乗せる。
シフォンは不思議そうに、自分より大きな銀の十字架を眺めた。
「これがオレの母さんの墓らしい。お前のおばあちゃんだな」
「……」
シフォンは頭に置かれたギアスの右手を掴み、脇に降ろして握った。
ごめん、シフォンも悲しいよな、といいかけたが、先に口を開いたのはシフォンだった。
「ギアス、元気出して。ギアスには、私もいる」
「……、ありがとう」
シフォンも悲しそうに目を潤ませていた。それなのに、ギアスはまさか励まされるとは思わなかった。
ギアスはシフォンを抱きしめたい衝動に駆られたが、彼女は先に後ろを向いてギアスの手を引いた。
「ギアス、早くいこ。ギアス落ち込んだままじゃダメだよ。今日はギラデアさんが色んなところに連れて行ってくれるって」
「あ、ああ。……分かったよ」
シフォンは自分に早く立ち直ってほしいに違いない。
ギアスはディスティの墓を後ろ髪を引かれるようにちらりと最後に視線を送り、シフォンに手を引かれていった。
○○○○
みんなは長い間待たせてしまったのに温かく迎えてくれた。
ギアスは軽くお礼を言って、その後、みんなで再び電車に乗った。
墓地のあったキサルニアの外れは草木が生い茂る、田舎とまではいかないが緑豊かな場所だった。人間界に似ていてあまり新鮮味がなかったが、もう少し城に近づいて都市部へやってくると風景は一変する。
車窓からは、まるでヨーロッパに来たような景色が見えた。ベージュに近い暖色を基調とした色の壁を持つ家々が並び、石造りの境界が時々見え、そして電車は目の前に広々とした噴水広場の見える駅に停車した。
キサルニアの国土はほぼ正確な円形をしているという。その中心にアリスの城がそびえ、そこから外へ向かって16方位それぞれに線路が伸びている。そのため線路の一本一本はまっすぐなので、カーブなども気にする必要もなく、好き放題に速度を上げられる。人間界から輸入したという、日本でもよく見かけたような顔の四角いごく普通の車体に少し手を加え、時速350キロという新幹線をも超えるスピードであっという間に到着してしまった。
「へぇ、すげぇ。行ったことねぇけど、ヨーロッパみたいだなぁ」
噴水広場に出れば思わず呟いてしまう。
中央の噴水から同心円状に小指の爪ほどのタイルがモザイク状に敷き詰められ、外へ行くほど一つ一つが大きくなって、あるところからレンガに変わって道に溶け込んでいく。広場を囲むようにベージュを基調とした建物が並び、あるものは酒場、あるものは喫茶店、またあるものは……、よく分からないが、三階建てで屋上の端から国旗のような旗をいくつも突き出していた。
「あれは、何なんだ?」
「市役所よ。真ん中の旗がキサルニアの国旗」
「へぇ」
フィジーが教えてくれた。
と、前を歩いていたギラデアがこちらに振り返る。
「どうだい? そろそろお昼にしないかな? すぐそこの喫茶店でも入らないかい?」
「そうっすね。ぼちぼち腹減りましたわ」
スカイが真っ先に応えた。直後、彼のお腹がグゥ〜、と、獣の鳴き声のように鳴った。みんな笑って、フィジーも笑いながら「もうっ」と、スカイの背中を軽く叩いた。
「すごい音。一緒にいるこっちが恥ずかしいんだから」
「へへへっ」
スカイは頭の後ろを掻いて苦笑いだ。
ギアスは一緒に手を繋いでいたシフォンが、また甘いものが食べれると嬉しそうにしているのを見て、
「じゃ、決まりだな。頼むよギラデア。シフォンもよかったな」
「うん! 甘いもの、あるかなぁ!」
「そっか、シフォンちゃんは甘いものが好きなんだね。大丈夫、デザートも色んなのがあるよ」
ギラデアに言われてシフォンは嬉しそうに華奢な体をウサギみたいにぴょんぴょん弾ませた。
○○○○
店は外からでは小さく見えたが、中へ入ると奥行きがあり、天井も文字通り屋根裏まで吹き抜けていてますます広く見えた。
明るいブラウンの内装でやんわりと視覚的に温かく、長居すればうっかり眠ってしまいそう。
斜めの天井に上手くプロペラ付きの照明が計5つ取り付けられて優雅に回っている。
「ねぇねぇ、あんな高いところにどうやってくっ付けたのかな?」
エプロン姿のキレイな茶髪ポニーテールのウェイトレスに席へ案内されるや否やシフォンはギアスの隣に座って彼の服を引っ張った。
「さあな。頑張ったんじゃないか?」
「へぇ〜、なるほど〜」
「「納得するんかい」」
向かい側に座っていたスカイとフィジーの声がきれいにハモり、ギラデアも聞いていたウェイトレスも笑ってしまう。
「うふふふっ、ご注文はお決まりですか?」
「いえ、また後で」
「かしこまりました。ご注文お決まりになりましたらそちらのボタンでお知らせくださ〜い」
ウェイトレスは長いポニーテールを背中の真ん中で揺らして去っていった。
注文はすぐに決まった。ギラデアはアイスコーヒーをブラック、スカイはステーキ、フィジーはフォッカチオをにして、シフォンと一緒にイチゴパフェを注文した。ギアスは大きなメロンのカキ氷にした。外は日差しが強くてたまらなかったのだ。
店は昼時を少し過ぎて空いていたので注文した品はすぐに運ばれてきた。
「ギアス、食べれる?」
「シフォンも食べたい?」
「うん!」
シフォンは物欲しそうな顔でメロンのカキ氷を見ていたので、もしやと聞いてみれば案の定欲しがっていた。イチゴのパフェをつついてはギアスのメロンのカキ氷をつつき、またイチゴのパフェをつついてはと贅沢なものである。
それ以降は、あまり会話が弾まなかった。墓参り帰りだし、話し慣れないギラデアが一緒だしで、あまりふざける気分ではなかった。
みんなすぐに食べ終わり、ギアスがギラデアに聞いた。
「昨日、検査が何とかっていうことも言ってたけど、結果っていつ頃出んの?」
実はギアスが負傷して医務室で寝かされていた間、合わせていわゆる健康診断のような検査も行われていたというのである。ギアスだけでなく、フィジーやスカイ、シフォンも一緒に受けていたそうだった。
ギラデアはアイスコーヒーをとっくに飲み干して水を飲んでいた。コップを置いて、
「そうだね、もう2日くらいかな。不安なのかい?」
「いや。んまぁ、気になるよな、そういうの」
「あはは、きっと大丈夫だよ。そんな大したものでもないしね」
「ふーん、そうなのか」
そう話していると、何やらギラデアが訝しげに窓の外を見た。
「おや、おやおや、雨が降ってきたねぇ」
「え、ウソッ」
言われてフィジーは思わず声を出し、みんな一斉に窓の外を見た。既に数滴の雨粒が窓に当たって弾けていた。
フィジーの隣でスカイが端末をいじる。
「おかしいな。予報では確かに晴れなのに。外れちゃったみたいだな」
「最近は多いね、異常気象。まだ良くなってきた方なんだが」
「まだ良くなってきた方? どういうこと?」
ギアスはギラデアの言い方が気になった。
「実は、20年ほど前に戦争があったんだよ。そうだ、そういえばまだメネスのことを話していなかったね」
「戦争? メネス?」
ギアスはここぞとばかりにポケットからペンとメモ帳を取り出した。どうせこれからも色々新しい情報が入ってくるんだろうと思って持ち歩くように決めていたのである。
ギアスがメモを取る準備ができたら、目上の人の手を焼かせまいと気を遣ってか、フィジーが代わりに解説しはじめた。
「メネスっていうのはね、このシャングリラができたときからいる、簡単に言えば悪党のことなの」
「ふむふむ。そんでそいつらが原因で戦争になったと?」
「そう。人間界でいうところのブラジルの辺りには闇を操るウーバスタンドの国があって、当時は結構栄えてたらしいんだけど、突然メネスに襲撃されたの」
「メネスって、そんな大きい国も襲えるくらいデカイのか?」
「それが、10人もいねぇって話だ」
スカイも説明に参加してくれた。
ギアスは眉を歪めて難しい顔をする。
「どういうことだ?」
「たった数人しかいないし、しかも表に出てきてそうやって破壊活動するやつなんか二、三人しかいないのに、一つの先進国を軍もあっけなく突破して滅ぼして国民を一晩で難民にするほどの戦闘能力があるんだ。バケモンみたいだから、脅威って意味でメネスって呼ばれてんだよ」
「なるほど。……なるほど」
ギアスはメモ帳を持ってきてよかったと心底思った。情報を詰め込む媒体があるおかげでアタマがパンクせずに済む。まるでインタビューする新聞記者のように教えてもらったことをメモしていく。
ギアスはメモを睨んで情報を整理し、
「それで、そのメネスと戦争になって……、え? 異常気象と関係ある?」
ここでギラデアに戻った。
「メネスに対抗する組織として、世界中から選りすぐりの実力者を集めて結成されたデウスエクスマキナという機関があるんだ。もちろん、彼らもメネスもそれはそれはとてつもない戦闘能力があるから全面的に激突すれば、もう、大変なんだ。それで、その闇の属性者たちのときはかなり大きな戦争になってしまったから、お互いの攻撃で出た膨大なエネルギーが天候まで狂わせてしまったというわけなのさ」
「えぇ……」
物語には善玉と悪玉が不可欠だが、まるで児童向けの典型的なヒーローものの作品のような話だ。たった数人で世界を恐怖に落とし入れ、計り知れない力で多数精鋭のヒーローたちをも圧倒する。現実にいれば一番関わりたくないタイプだが、残念ながらメネスはそれそのもの。そればかりか能力が高すぎるあまり天変地異まで起こしてしまうとなれば、これはもうスカイの言う通りモンスターの領域である。
ギアスは話を聞いていて、ふと、ある人物を思い出した。
「あっ、まさか、あのときのヤツって」
「そうさ。ギアス君たちを襲ったのもメネスの一人。アリスの能力で僕も姿を確認させてもらったけど、あれはスマイルズという、雷を操るウーバスタンドで間違いない」
「スマイルズ……」
「ああ。あんなのと一対一でやりあうことになって生き延びたのは奇跡としか言いようがないよ」
ギラデアはくれぐれも注意するようにと言っていた。
雨が強くなってしまうといけないのでそろそろ店を出ることにし、話はそこまでで区切られた。




