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秋の日に

作者: 篠原笹目

繰り返し、繰り返し、貴方との偽りを重ねる


教室に備えられたスピーカーから聞こえてくる曲に、もうそんな時間なのかと顔をあげる。静かなバラードと放送委員のやや速く独特な声が、部活の終わりを告げる。帰るか、と立ち上がり、そこでふと、机の上に散乱した文房具を見る。

シャープペンシル、消しゴム、定規。何てことはない、普通のものたち。けれど、僕はそのうちのたった

一つから目が離せなかった。

しまわれた刃を内包する、鈍い光沢を放つボディー。

もし、これで手をかき切ったなら、僕は誰かの記憶に残れるだろうか。いつかは忘れてしまっても、一時は、覚えていてくれるだろうか。

引かれるようにそれに手を伸ばす。チリチリチリ、と 音をたてて刃を出すと、それを手首にあてがった。少し力を入れれば、ふっつりと血の玉が浮かんだ。このまま、横に引けば、僕は死ねるのか。

漠然とそう思って、カッターを握る手に力を込めた。

カタン。

硬質な音が教室に響いた。

「っ!」

「一体何してるのかなー?」

いつの間に入ってきたのだろう。咄嗟にカッターを持った手を隠す。僕以外いなかった教室には、降ってわいたように現れた、見知った少女がいた。

彼女はいつも僕の隣の席に座っている。地味でなんの面白味もない僕の隣で本を読んだり、時々、話しかけてきたりする、風変わりな人だ。けれど、それ以外にも、何かあったはず。妙にもやもやしながら、僕は不思議そうに小首を傾げる彼女に聞き返した。

「君こそ、何でここにいるの」

彼女は、きょとん、とした後、滲むように微笑んだ。いつもの、なんの憂いもないはつらつとした笑顔からは想像できない、影のある笑みだった。その笑みに、嫌な予感がした。

「貴方を止めにきたの。」

彼女は続ける。

「貴方を生かしにきたの、守るためにきたの、……繰り返しに、きたの。」

最後だけ絞り出すように紡がれた声に、何故だか胸が痛んだ。何か、大切なことを、忘れている気がしてならなかった。

何か言わなくては、と口を開くが、言いたいことを見つける前に、彼女に遮られた。

「言いたいことは、まだいっぱいある。……でもほら。もう、曲が終わる。」

言われて初めて、スピーカーから聞こえる歌が終盤に差し掛かっていることに気が付いた。

彼女は、手の内で紅葉をかたどったバレッタをいじる。

「 会いたかったの、貴方に。」

まるで、もう二度と会えない人へ向けるような言葉が、声が、視線が、彼女のすべてが、揺らいでいく。

「もう、貴方には会えない。」

こらえきれずこぼれた涙が、彼女の頬を伝って落ちる。思わずその頬に手を伸ばして。

カタン

次の瞬間、彼女の姿は僕の目の前から消えていた。

夕焼け色の髪飾りを残して。


廃校舎の三年B組。窓際の、後ろから二番目。

その席に座って、紅葉のバレッタに触れれば、私は五年前の『あの日』に戻っている。いつか結婚することがあっても、年老いても、私が覚えている限り、きっと私は繰り返す。首を真っ赤に染めた貴方が倒れているのをただ見ているしかなかった『あの日』を。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 冒頭一行目の意味深な言い回し。こういうの好きな人は好きだと思う。 最後の五行が、この話の幻想的で異様な雰囲気の答え合わせになっており、印象をがらっといい方向へと変えてくれる。冒頭一行目の…
[一言] 泣いちゃいました…とてもいいストーリーですね!!
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