道化師
恐れるものはたくさんあった
信じることは何よりも怖いことだった
だからいつも彼女は道化師を演じていた
心は弱く、脆かった
ある日彼女は幼い少女に言われた
なんて悲しい顔をしているの
無理やり笑った道化師さん
その笑顔が本物になるのならいいけれど
皆を笑わせ幸せにする道化師さん
道化師さんは辛くないの?
彼女にとって
道化師でいる時間が1番安心できて
なおかつ何かに触れられたら壊れてしまう
そんな時間だった
彼女の居場所はそこにしかなかった
自分の醜態を晒し
人を笑わせていたのだから
自分の過ちを自ら笑い
皆を笑わせていたのだから
作り物の笑い
危うさを孕んだ笑いだった
逆を言えば
彼女は過ちしか犯していなかった
利用され怒鳴られる毎日だったのだ
居場所を作るために失敗を自ら笑った
作り物の笑いがないと
彼女は生きられなかったのだ
少女は笑った
本物の笑顔で
彼女にとって眩しすぎるほどの明るさで
お姉さん、知ってた?
自分を信じられない人には
他の人を信じることもできないんだって
信じるためのはじめの一歩は
自分を知ることなんだって
お母さんが教えてくれたの
お姉さんは、自分のことを知ってる?
彼女は自分のことを何も知らなかった
自分のことなのに知らなかった
その一言が彼女を変えた
道化師を演じるためではなく
自分のことを知るために生きるようになり
自分のことを知り
自分に出来ることを少しずつしていった
道化師になる回数は減った
利用されることも怒鳴られることも減った
利用されるために
他人のために生きるのではなく
自分のために生きるようになったから
やがて彼女は
本当の笑顔を見せるようになった
信じることも思い出した
ミスのリスクを恐れなくなり
間違いにまみれても
怖いとは思わなくなった
間違いが分ったなら
次からはそれを
避ければいいのだと知ったから
再び彼女は少女に出会った
少女は彼女の笑顔を見て言った
お姉さんは道化師なんかじゃないって
私は信じてたよ
お姉さんはお姉さんでしかないって
私は知ってたから
お姉さんは何も恐れない人だって
私は知っていたよ
彼女は気付いた
その少女が幼い頃の自分であることに
だから彼女は少女に言った
前に教えてくれたお母さんの言葉
決して忘れてはいけないよ
私はいつか忘れてしまうかもしれないけど
もし未来の私が忘れていたら
きっと私は教えてあげるんだ
思い出して、と話しかけるんだ
少女は笑った
懐かしい、私と同じ笑顔で