人は諦めを重ねてようやく死ねるのさ!
目を覚ましたマーゴという女性は、暖炉の前にある椅子に座っていました。
どうやら、暖炉の炎で暖まりながら、そのまま眠ってしまったようです。
チト「雪……」
見つめる窓の向こうでは、雪がひらひらと舞い、その雪でおめかしした森が広がっていました。
コロ「姉さん、おはよう」
チト「あらおはよう。今日も、時計屋さんに行くの?」
コロ「もちろんさ。今日こそ、きっと完成させるよ」
チト「時計を作っているの?」
コロ「そうだよ。前々から話していたじゃないか」
チト「そうだっけ?それはごめんね」
コロ「いいよ。じゃ、行ってくるね!」
チト「行ってらっしゃい、気を付けてね」
弟のコロを見送った後、姉のマーゴも身支度を終えると。
鼻歌交じりに陽気に歩いて、やがて行き着いた町の、特に立派な教会へ行きました。
牧師「今日もよろしくお願いするよ」
チト「はい!牧師様!」
そこでマーゴは、いつものように、おまじないをかけて、たくさんの人々に幸せを与えました。
牧師「わしにも、おまじないが使えるといいんだがね」
チト「きっといつか、そうなりますよ」
牧師「だといいねえ」
それから夜遅くになります。
マーゴが家で料理をしていると、ようやくコロが帰って来ました。
コロ「ただいま!姉さん、これ見てよ!」
コロがそう言って見せたのは、栗色の懐中時計でした。
チト「微妙……」じとー
コロ「あーあ。姉さんの為に、一生懸命に作ったのに!」
チト「え!それはごめんなさい!」
コロ「もう……!はい、どうぞ!」
マーゴは、それをさっそく首にかけて、笑顔いっぱいにとても喜びました。
コロ「その中にはね、僕の星の銀貨が入っているんだ。だからそれを僕だと思って、大切にしてね!」
チト「うん、必ず大切にするわ!」
さて、そんなある日のことでした。
二人の耳に、魔女狩りの噂が届きました。
コロ「大きな争いも始まったと、師匠から聞いたんだよ」
チト「それ本当?」
コロ「姉さん。どこか遠くへ、安全なところへ逃げよう」
チト「でも、どこへ行くというの?」
コロ「それは……」
チト「あくまで噂よ。気にしないの」
コロ「メルヘンみたいに、ひどい目に遭うかもしれないよ。メルヘンの魔女は、いつもひどい目に遭うんだから」
チト「大丈夫よ。ここは森の中で、町からも離れているから」
しかし、コロの不安は的中し、噂は現実となりました。
ある日のこと。
マーゴが教会へ向かうと、牧師が兵士達を連れて、マーゴを待ち受けていました。
チト「牧師様……どうして?」
牧師「それは外で話そう」
牧師に裏切られたマーゴは、あっという間に捕らえられてしまいました。
そして、マーゴが町の中央に連れていかれると、そこには杭に縛られた魔女が何人もおりました。
彼らの足下には乱雑に積まれた薪があります。
チト「そんな……!あんまりだわ!」
松明を手にした兵士達だけでなく、町の人たちまで彼らを取り囲み大きな声で笑っています。
それはマーゴの心臓へと、痛いほど深く突き刺さりました。
牧師「さあ、裁判を行うぞ」
広い空の下、裁判が行われます。
牧師「初めに。お前達、魔女や魔男は悪魔の誘惑を受け、進んで奴隷となった」
チト「え……?」
牧師「そして授かったおまじない、いや、悪魔の力を使って、人々に呪いをかけ、強欲にも自分達だけが幸せになろうとした」
チト「牧師様!一体、何を仰いますか!」
牧師「その行いは、愛する神への冒涜であり、尊い祖国への反乱である」
チト「牧師様っ!」
牧師「よって。神の命を受け、国の裁きに従い、お前を死罪とする!」
結果、マーゴには死罪という判決が下されました。
神に仕える者による広い空の下での審判は、何者であろうと、必ず守らねばいけません。
チト「やめて下さい!どうしてこんなことを!」
兵士「やかましい魔女め!」
そう言って兵士は、落ちていた杖を拾い、マーゴに対して一方的に暴力を振るいました。
兵士「お前達は畑に嵐を起こし、村や町には疫病を広めた!また、人々の心を惑わして大きな争いを起こしたことに、王は大変お怒りだ!」
チト「あたし達は、誓って、一度もそのようなことをしていません!」
兵士「この嘘つきめ!まだ我々をそそのかすつもりか!」
再び暴力を振るおうとする兵士を、コロが突き飛ばしました。
コロ「姉さん!逃げるよ!」
それから、二人は幾日も当てもなく逃げ続けました。
傷だらけになりながらも必死に逃げて逃げて、気付けば、深く暗い森の中におりました。
コロ「昨日の町でさ、仲間達が話していたよ。多くの仲間の命を代償に、飢饉を救う異国の食物を、この国の人々にとっては毒物にするって」
チト「それはどういうこと?」
コロ「そうすれば国はやがて、魔女狩りよりも、飢饉への対策により力を入れることになる。そうして、なるべく早く魔女狩りを終わらせようってことだよ。ついでに、大きな争いも鎮めることができるしね」
チト「なるほどね。でも」
コロ「うん。その代わり、長い間、この国の人達は飢饉に苦しみ続けることになる」
チト「それって呪いじゃない」
コロ「そうだよ。皮肉なもんさ、奴らの言う通りになるんだよ」
チト「おまじないは、人を幸せにする為にあるのに……」
コロ「他人なんてどうだっていいよ」
チト「コロ!何てこと言うの!」
コロ「姉さんは優しすぎる!それじゃ駄目だ!」
チト「そんなことない!人を想う気持ちは、どんな時も、いつだって大切よ!」
コロ「とにかく、僕は決めたんだ。姉さんだけは生きてもらう」
チト「え?」
コロ「僕の命をその時計に移すんだ。僕の命が宿ったその時計に願うことで、おまじないは、どんな不可能だって可能にしてくれるはずだ」
チト「あたしに、あんたの命を移すことを願えと言うんだね」
コロ「そうさ。姉さんが願うことで、僕は命をその時計に移すことができる。そして僕の願いは、もし姉さんが命を落としたとしても、僕の命を使って、一度だけ生き返ることができるということだ」
チト「生き返るなんてそんなこと……」
コロ「奴らに見つからない為に、月の光の下でだけね。でもいつか、誰かを上手くそそのかせば、夜の間は自由になれるさ」
チト「……ともかく。あたしが、それを願うと思う?」
コロ「頼むよ。僕の代わりに、生きて復讐してくれ!」
チト「くだらないワガママも、いい加減にしなさい!」
コロ「姉さん!」
チト「あたしはそんなの嫌よ!復讐なんてのもやらないわ!」
コロ「つべこべ言うな!!」
チト「!」びくっ
コロ「国を挙げた魔女狩りは、すぐには終わらない。いいかい姉さん。生きる為に、たった一つだけ諦めるんだ」
チト「嫌だ!」
コロ「僕は全てを諦めて死ぬ。この命を、大切な姉さんに託す」
チト「コロ!」
コロ「生きるんだ!僕と一緒に!!」
チト「コロと、一緒に……?」
コロ「そう、ずっと一緒さ。その時計に命を移すんだもの」
チト「でも、話すことも触れることもできないじゃない!」
コロが、マーゴが首にかけている時計を裏返すと、そこには、二人の名前が刻まれていました。
マーゴフェレーナ。
コロレナント。
コロ「姉さん、時計は月日を刻まない。ただ、ぐるぐると時間を繰り返すだけだ。そう、僕達の過ごした時間は、その時計の中でいつまでも繰り返されるんだ」
チト「……」
コロ「思い出の中なら、僕達はいつだって会える。それも、おまじないがきっと叶えてくれるさ!」
ふと、マーゴが空を見上げると、そこには目を奪うような、綺麗な満月がありました。
チト「…………」
コロ「さあ、一緒におまじないを唱えよう」
チト「ええ。わかったわ」
こうして、マーゴは一つ諦めてしまいました。
この時。マーゴも気疲れしていたのかも知れません。
けれど、コロと並んで明日へ歩み進むことをマーゴが諦めてしまったことは、紛れもなく、変えることもできない事実です。
チト「さて、これで後は。欲深い人間が来るのを待つだけだね」
お菓子の家の中にある地下室に、大切な宝物を押し込めて、マーゴは言いました。
チト「復讐してやる」
夢が覚めます。
チト「!」
ココ「チト、うなされてたよ」
チト「んー……何か、気持ち悪い夢を見た」
懐中時計を手に取って裏返すと、そこにはたくさんの傷が付いていました。
ココ「平気?」
チト「お前か!お前の仕業だろ!」
ココ「どうしたの!」
チトは、悪夢を見せられた。
そう不機嫌に答えましたとさ。
続け!




