頭ん中にクソでも詰めとけ!
チシャノと別れて一時間。
ようやくチトは、なだらかな山の麓にある隣村へと到着しました。
チト「畑と家畜ばっかりね」
ロリニア「見ーなーいー顔だー!」
チト「うるさいなあ。急に何よ、遠くから叫びやがって」
ロリニア「だーれーだーれーだーれーだー!」
チト「最っ高にイカれたもてなしね」
とーおーく、にいたイカれた少女は、腕をこれでもかと大きく振り、かなり大股なのにそれなりの走力で、チトの所へ、ぎょっという間に駆け寄りました。
チト「あっち向いて帰れ!」
ロリニア「帰れ?それって、キミは危険を知らせに来たってことで、それは敵が攻めてきたってことで、それも凄い数ってことで、とにかくヤバイってことで、もうこの世の終わりだってことで、つまり諦めろってことなんだ!」がくぶる
チト「うん。そういうこと」てけとー
ロリニア「あああ!神様!ワタクシ達が一体何をしたというのでしょうかあ!」しくしく
チト「うわあ……。さっさとお使い済ませて帰ろ」どんびき
ロリニア「キミ!どこへ行こうというのだ!」ぐすっ
チト「…………」むーし
ロリニア「…………」つかみ
チト「離せっ!」ばしっ!
ロリニア「ワタクシはロリニアエルゼ。みんなはロリニアって呼ぶのだけれど、それって、長いってことで、呼びにくいってことで、短くしようってことで、でも面倒ってことで、だから適当に区切るってことで、つまりみんなはワタクシのことが嫌いってことだあ!うわあああ!」ぜつぼー!
チト「怖い恐い怖い恐い!」びくっ!
ロリニア「ああ……」くらり
チト「ちょっと」
ロリニア「…………」へたり
チト「何なんだこいつは……」
チトはこの時に初めて、得体の知れない恐怖に、背後から心臓を一突きされました。
チト「綺麗な顔して、残念なことに、頭の中は空っぽなのね。もったない」
ロリニア「え?頭の中が空っぽ?」むくっ
チト「だから」
ロリニア「それって、中にあった脳が無くなったってことで、そのうち何も考えられなくなるってことで、楽しい想い出も思い出せなくなるってことで、みんなのことが分からなくなるってことで、つまりはいずれワタクシ自身がこの世から無くなるってことだ……あ、ああ!」ぶるる!
チト「だから、頭ん中にクソでも詰めとけ!!」
ロリニア「!」
チト「はあー……」ためいき
ロリニア「そうだ!それなら安心だ!」にっこるん!
チト「お?」
ばあや「そうやって、きちんと答えを明示してあげれば、ロリニアは落ち着くのよ」
チト「ちょうど良かったわ。おばあさん、この人知ってる?」すっ
チトは貰ったメモを、お婆さんに見せました。
ばあや「ああ、モッコルさんね」
チト「いや違う」
ばあや「そのメモに書いてある名前は、六年前の名前よ」
チト「はい?」
ばあや「センドリーヌさんは、気まぐれに名前を変える変わり者でねえ。でも、この村に鍛冶屋は四つしかないから、きっと迷うことはないわ」
チト「で、そのなんたらどーたらさんはどこよ」
ばあや「賢いロリニアや。お客様を案内してあげてちょうだい」
チト「それは」
ロリニア「それって、仕事が忙しいからってことで、でも本当の理由は疲れるってことで、だからワタクシに押し付けるってことで、つまりモルザレル婆さんはワタクシのことを疎ましく思っているんだ。あ、あはは……そうだったんだあああ!」がくがく
ばあや「それは違うよ。婆さんはロリニアのことを愛しているわ」
ロリニア「そうなんだ!あー良かったー!」にっこるん!
ばあや「それじゃあね。仲良く気を付けて行ってらっしゃい」
チト「やだし!ちょっと待ちなさい!」
お婆さんは、見る者を震え上がらせるような獣に似た動きで、せかせかと畑へ戻りました。
チト「この村どうなってんのよ。早く帰りたい……」ずーん
ロリニア「それって」
チト「えーと、小腹が空いたのよ」
ロリニア「なんだ!ならこれあげる!」はい!
チト「いちごじゃない!持ってるだけ全部よこしなさい!」きらきら
チトは、ロリニアが持ついちごを全て巻き上げると、それにむしゃぶりつきながら、紆余曲折を経て、へとへとになりながらも、何とか目的地に辿り着きました。
ヤンバルクイナ「わしはヤンバルクイナ」
チト「とっととよこせ!」
ミンチョ「わしはミンチョ。少し待ってなさい」すたすた
チト「いちいち名前を変えるな」いらいら
ロリニア「それって、気を付けてるから名前を変えてるってことで、それは誰かに狙われてるってことで、推理するに常に監視されてるってことで、今も近くにいるってことで、つまり後ろにいるんだ」ひや…
チト「わっ!!」
ロリニア「やーん……」くるくるぱたり
チト「そのまま寝てなさい」
ロリニア「そうだ!死んだふりをすれば安心だ!」はっ!
チト「そうだそうだー」
ロリニア「…………」
ニグリスタ「わしはニグリスタ」
チト「これ代金。はいさようなら」
チトは風よりも速く鍛冶屋を出ると、空を見上げ、大きく深呼吸をしました。
チト「この村。明日にでも滅びますように」さわやか
ロリニア「それって」
チト「そう、私は魔女よ」
ロリニア「それって、おまじないを唱えたってことで、もうそれは宿命ってことで、決して逃れられないってことで、明日にでもこの村が滅ぶってことで、つまりこの村も飢饉や天災に見舞われるってことだあ!あああああ!!」ぴょんぴょん!
チトは。
絶望に捕らわれ、狂気の檻に囚われて、死への恐怖という拷問を受けては、不安によって痛ましく泣き叫ぶロリニアを愉快に放置して、晴れやかな気持ちで帰路に着きました。
チト「もう、あの村には二度と行かないから」
おじん「やっぱりそうなるか」
チト「この私を、知ってて行かせたね?」ぎろり
逃げるおじんの背中に燃える夕日を投げつけ、チトは家に帰ると、すやすやと可愛い顔で眠る、愛する弟の頬にキスをしましたとさ。
カフェ「賃金は前払いで、部品の代金と一緒に貰ったのね」
チト「たまには、お小遣いをあげましょう」
カフェ「嫌みね」
チト「いちごなんだけど」すっ
カフェ「あむっ!」
チト「ちょっと!待てぐらい覚えなさいよ!」
カフェ「あたし猫だもん」ぺろり
チト「…………」すっ
カフェ「ちょーだい」てまねき
チト「お手」ほら
カフェ「…………」じっ
チト「…………」じっー
カフェ「くうっ……!」ぽふ
続け!




