第四章 『繋がり』
…声がした。私を呼ぶ声が。
しかし次第にその声は遠のき、周りの壁が崩れていく。
待って、と呼び止める言葉は雑音にもみ消された____
ーーーーーー
「ん………」
微睡みの中からゆっくりと意識が覚醒する。
ふと頬に冷たいものを感じた。
そこに手を添えると、私は涙を流していた。
どうして泣いていたのか、全くわからない。
哀しい夢でも見ていたのだろうか。
………否、"哀しい"なんて私は思うのだろうか。
冷静に考える事は出来ても、冷静な判断が出来ない。
事実、私は今がいつで何時であるかまるで分かっていない。
「起きたようだな。ちなみに今日は7月12日水曜、時刻は7時22分だ」
部屋へと入ってきたのは大和であった。日付と時刻を教えてくれたのには感謝するが、私の心を読んでいたかのような発言に少し不審感を抱く。
「ご丁寧にどうも。念のために聞くけど私、"どうやって"帰ったの?」
「………倒れたバカを俺が抱えて帰ってきてやったんだよ」
なんて上から目線。いつからこんなにも性格がひねくれてしまったのだろうか。時々心配してしまうくらいだ。
「…おい。今絶対失礼なこと考えただろ」
「いいえ?運んでいただきありがとーございます」
「………」
私の考えてることなどお見通しなのだろうが、あくまでもしらを切る。そんな私に彼は呆れたのだろう、続きの言葉はない。だから私の方から言葉を発した。
「ところで、この平日の朝になぜまだ家にいるのでしょうか、"社長殿"?」
そう。学生の私がまだ家にいるのはわかる。が、大和は社会人で、ましてや"社長"なのだ。疑問に思わないはずはない。すると、大和は顔を背けた。
「…あんな真似、もう2度とさせてたまるか」
小声でぼそぼそと何かを言ったようだが、聞き取れはしなかった。
「え?今何て…」
「…別に。少し遅れるとは伝えてる。今日も学校休むよう言ったら出るつもりだったし」
素っ気なく彼は答え、目線を再び私の方に向けると驚いたような表情をした。
「…お前、泣いてただろ」
しまった。涙の跡が残っているに気づかなかった。
今更ながら顔を隠すように俯くと、大和はこちらへゆっくりと近付き、そのまま私のベットに腰掛けた。横に座る大和の顔をそっと盗み見ると、彼はとても苦しそうな表情で微笑んでいた。
(…なんで大和がそんな顔してるの?私は"哀しい"なんて感じてないのに…………)
胸が傷んだ。私の代わりに苦しみ、哀しむ貴方を見て。
ゆっくりと大和の手は私の頬へと届き、涙の跡を親指で優しくなぞる。そのままコツンと互いのおでこが合わさった。
「あの日、約束しただろ?お前と俺はもう"あの頃"とは違う。立ち向かうために、互いの"運命"を背負うって」
「…うん」
「俺はお前の『感情』だ。どんなに幸が苦しくもつらくもなくとも、俺は"哀しい"。解るんだよ、俺だけは」
「っ……うん」
「だから、俺にもっと寄りかかれ。一人に為るな。お前と俺は………"一人"なんだから」
額から熱が伝わる。それだけじゃない。
様々な『感情』の全てを包み込むような暖かさが身体へと流れていく。それが私を安心させる。
気がつけば、互いに名を呼び合い口付けを交わしていた。
カーテンから射し込まれる陽は次第に薄くなっていった_____
私には大和がいるんだ。
大和には私だけがいるんだ。
私は大和しか"要らないんだ"。
心の中でストンと何かが落ちる音がした。
〜続く