表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

あなたが作るスープを私はどう感じるか

作者: つくば奏志

梅田先生のおかげで僕は夢を見つけて先生のおかげで僕は夢を掴めた。先生は僕の物語を読めないのかな?どっかで読んでくれるよね。


 確かあれは小学3年生時、初恋相手であった初音の誕生日だった。僕は初音を喜ばせようとしたけどお金がなかったためプレゼントを買うことができなかった。そこで僕は考えた。手紙を書こう。


 今考えるとよくあんなことができたと思う。当時の僕はただ手紙を書くのではなくラブレターを書いた。それも物語調のラブレターだった。うろ覚えだけど内容はドラゴンにさらわれた初音を救出して愛の告白をする。これから君をずっと守る。だから側にいて。そんな手紙だと思った。


 翌日その手紙はクラスの笑いのネタになった。ひどい言われようだった。初音からは何も言われなかったが、初音の友達からは「馬鹿じゃないの」とか「きもい」とか容赦ない攻撃を浴びせかけられた。


 担任の梅田先生が、僕を馬鹿にする生徒に対して怒った。しかし新任の若い女の先生だったので迫力に欠けた。そのため梅田先生の注意は火に油を注ぐ結果となりクラスのやつらはよけいに騒いだ。しかしこの先生は一風変わったオーラを持っていて事態は急変した。


 放課後梅田先生に呼ばれた。そしてこう言われた。


「みんなに馬鹿にされて悔しいでしょ?先生はとても悔しいの。」肩を震わせて目を真っ赤にさせて腹の中から出てくるような声だった。


僕は正直「いえ、別に」と言いたかった。実際3日もすれば飽きるだろうと思っていたからだ。それでも梅田先生のこんな姿を見てしまった僕にはそんなこと言えるわけもなく「はい。まあ」と濁した。


 それからである。毎日放課後に作文指導が行われた。年の終わりには原稿用紙559枚分の文章を書いていた。四年になり梅田先生が担任から外れても毎日作文教室は開かれた。   


 五年になり僕が引っ越すということでようやく梅田先生の作文教室から解放された。解放といっても一度たりとも嫌だとかつまらないとか思ったことがなかったのだが。


 梅田先生の作文教室を卒業する日に言われた。


 「例えばね。寒いときにひもじい思いをして今にも倒れそうな娘に一杯のスープをあげるだけでいい。そうするだけでその娘は君のものなの。簡単でしょ。」


 スープと文はどう重なるのかさっぱり分からなかったが先生は続けた。 


 「過酷な状況でスープを飲んだ娘はスープ職人に恋をする。尽くす。身をゆだねる。状況がよくなる。そして、平静の情況でスープを与えられる。そこで初めて娘は気付くの。このスープは以前飲んだスープと比べると美味しくないと。実はそうではない。スープの味は変わってない。状況が違うため、自分の生活にゆとりを持てるようになったため、美味しいと感じる量が減っただけの話。だけど娘はこう思う。スープが美味しくないのはスープを作る際に手を抜いているためだ。以前のように手間暇かけてくれなくなった。そんな人に身をゆだねる必要もない。


 身近にスープを作ってくれる人がいなくなるとひもじくなる。そこへ違うスープ職人が現れる。スープの美味しさに心を奪われる。


 スープ職人もまた同じ。スープの美味しさに不満を漏らしたり、美味しいといってもらえなかったり、残されたりすると違う娘にスープを作る。気まぐれで。違う娘は言ってくれる。こんな美味しいスープ初めて飲みました。これからも私にスープをご馳走してください。男は思う。スープを作るべき相手はこの娘だったのだ。そして人間の悩みの多くの割合を占めるのがこのスープについてなの。


 先生はこの話を聞いたとき、スープを美味しくないと感じなくなる娘が悪いと思ったの。味が変わらないのに状況がよくなったから、舌が肥えたから満足を得られなくなった娘が悪いと。でも今は違う。同じ味のスープしか作ろうとしない男の方が悪いと思うようになった。そんなことで女の子一人射止めつづけるなんておこがましいと思うようになったの。


 だからあなたも同じレベルの文章で満足してないで常によりよい文章を書くことを目指しなさい。


 意味がさっぱり分からず、「ああ梅田先生は今お腹が空いていて彼氏が作るスープを飲みたいんだな」としか思わなかった。


 学校の思い出はたくさんあるし、忘れた出来事はもっとある。でも梅田先生との出来事だけはいっぱい覚えている。


 梅田先生は僕が引っ越した直後仕事上のストレスから自殺したらしい。あれだけ強いと思った先生が自分を殺すなんてよっぽどのことなのだろうと思った。


 僕は引っ越して何ヶ月かは例のごとく作文教室を開いた。一人で。でもある日ペンを持つことをしなかった。それからペンを持つ日が来るのは相当後だった。


 大学時代のことである。友達が出版会社に送った小説が店頭で売られることになった。大して売れはしなかったが友達は喜び四六時中自慢して回った。せっかく友達が書いたからという理由で読ませてもらった。しかし随分と稚拙な小説でよくこんなものが売り物になるなと思った。


 僕ならもっとうまく書ける。そう思い再び作文教室を開放した。一度羽根を休めた鳥は飛び立つのに時間がかかった。それでも昔とった杵柄というやつだろう。どんなに休んでも飛び方を忘れる鳥はいないものである。


 そして大学卒業後4年が経った。僕の書いた小説がなんとかという賞を受賞しベストセラーになった。その賞がどれだけすごいのか僕にはいまいち分からないが、テレビ局の人がコンタクトをとって来たり、友達からメールが引っ切り無しに送られてきたりしたことからそれなりにすごい賞なのだろうと言う推測はついた。


 それでも自分のなかではこれは梅田賞だと思っている。そうだ報告しに行こう

梅田先生のお墓の前で僕はつぶやいた。


今の僕はもう先生の年を越してしまった。それでもあなたはいつまでも僕の先生です。


報告した後にチラッと聞こえた気がした。


 「おいしいスープを作った人はどうすればいいのかもう分かるよね。」


 そういった先生は笑顔だった。

感想頂けたら幸いです

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言]  スープに関する話について「よく分からない」と感じる主人公(子供)にリアリティを感じました。またスープについての話も一方向に定められる話ではなく、視点によって意見も変わりますよね。簡潔な文章…
2015/05/05 10:23 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ