アキャブ
英軍領のアキャプ占領と共に南方作戦は完了した我々は、しばらく休みを取っていなかったのでアキャブに出かけることにした。
しかし北部からアキャブまで相当時間がかかるが・・。
以前の北部侵攻に小隊の大半が戦車を失う事態に陥った。その理由は敵の肉薄爆弾でエンジンルームやさまざまな部分をやられたからである。その場放棄で陸戦に加わったり何とかその場を凌いだとか・・。
アキャブの遊びもそうだが不足の補充に私達が行くのもまた一つ・・。
はて戦車はどうしたかと言えば友軍に引渡し、分解して追加装甲にするらしく北部に放置したけどちゃんと引き取って貰えるのだろうか?
そんな事を考えながら左右揺れる汽車の4人乗り座席に座り、顔を窓から出してビルマの風と石炭の匂いを身に受け、密林に囲まれた線路上を走る。
遠くからぼやけて、鋸のような歯の山脈が緩やかに動いているようにも見え、私はここまで来る戦いがこんなにも静かで、同乗する原住民や商売の日本人が何も知らず平然とした顔に私は驚いていた。
「隊長、食べます?」
九七戦車小隊の17歳隊員が後ろの座席から顔をだし、熟れた黄色い束のバナナを手にしている。
「ありがとう。いただくよ」
私はそれを両手で持ち、皆が伸ばす手からバナナが一本づつ取られていく。
果物は久しぶりに食べるのかと思い、私は皮をむいて頬張って食べる。
うん、美味い!
頬が溶けるくらいだ
マレーかフィリピン産だろうか。全部食べるのに勿体無いくらい甘い。
と、風を浴びながら景色を眺めておよそ1時間経っていた頃、線路上の上に自動車、人影が数十人が集まっていて元気に走っていた汽車はブレーキをかけたか次第に遅くなっていく。
「何でしょうね」
口を動かしながら言う坂井に近衛は「検問ですね・・それに・・」。
「ああ、憲兵だな」
まったく・・こんな炎天下中で憲兵の検問があるなんて。
「おとなしく座ってよう。奴らうるさいからな」
私とそのほかの隊員らは何も見ていない、していないような平然とした顔で黙々とバナナを食べ、緊張と空腹を紛らわしていく。
車内からドタドタと軍靴の音を立てて走っていく憲兵隊達が私達の車内に入り込み、腕には"憲兵"と言う赤文字で腕章がつけられている。私と同い年かもしくはそれ以下の小さな女性の隊員も混じっていて、鉄兜におかっぱ下士官がいるがこれもまた随分威圧感があって余計な事は出来ない。それに他なら一般的な単発式小銃なのに対して、百式機関短銃を持っている。
「よし次。そこの曹長、軍隊手帳と通行書を見せろ」
曹長、私のことだな。
胸元のポケットから顔写真付きの手帳と軍政発行の通行書を160cmぐらいの、女性憲兵に差し出すと彼女は私を睨みながら「よろしい」の一言で、二つの書を手元に返し、坂井、近衛、辻の順に見ていく。これも難なくクリアし憲兵達は私達の小隊全員分見終えて次の車両へと消えていく。
ほっと一安心すると隣の車内がざわめき、騒ぎ声が聞こえ初めた。
「クソ!抗日スパイだ!追え、追え!」
視界に入る白いワンピースの女性が一瞬ばかり、外の様子を眺めていた私の真横をとおり、その後から先ほどの小さな憲兵、その部下達が追っているではないか。
「車長、モーゼル貸してください」
何をするかと問うと楽しそうに射撃手の辻は「鳥狙いです」と言い、私は特に疑うことなくポーチからモーゼル拳銃を差し出すと、どの拳銃にも取り扱いが慣れているような手つきでコッキングレバーを引っ張り、薬室から金色の弾が顔を出した。
窓際に辻はいたので、痛めていない左腕で銃を伸ばし、向けられている銃身に沿って目を流すとあのワンピースの女性をさしている。
耳元で爆発した拳銃の音。ワンピースの女性に弾丸が当たったのだろうか。命中した彼女は前倒れになり、その憲兵の人影が囲っているのを見続けると列車は再び動き出す。
「あの距離で倒すとはさすがだなあ」
私は思わず褒めてしまうくらいだ。
憲兵に囲まれた白いワンピースの女性の間近まで列車は走り、その傷口を確認すると右足の太もも辺りに血が滲んで広がっている。小さな憲兵がこちらに気づいて小さく敬礼。ご協力に感謝と言う意味を持ってだろう。
しばらく目的地まで時間がかかる。しばらく気休めに私は目を少しずつ落とし暗い空間を全体的に私は作る。
夜のアキャブ駅に着いたとき、ホームに出迎えの参謀と共にひとまず我々は自動車に乗りながら近くの旅館に泊まる事に。
市街地の夜景は戦中とは思えず随分賑やかで内地の都市と同じじゃないがそれなりと言う感じだ。
思いを抱きながら自動車は静かに停車。日本とそのままそっくりの旅館に我々と参謀と共に玄関口に入ると、畳の香りと木の独特の匂いが我々の疲れを癒し自分の家のような安心感を当ててくれた。
「遠くからお疲れ様です」
ここの女将がお辞儀をしながら玄関口で私たちを待っていたのだ。
「彼女達に温泉、焼き魚やまあ肉とか・・我々には酒と・・まあ美味い物を」
と伝え、女将さんは
「はいわかりました。ではこちらへどうぞ・・」
革靴を脱ぎ何十年振りと入る旅館へ私たちは足を踏み入れた。
湯気の波が揺れる中で温泉が入れるとは思ってもせず隊員達全員は子供の様にはしゃぎまわり、私はより深く溜まった中の疲労を解消しじっくり湯を楽しんだ。
皆の疲労も回復したところで本日の晩飯。広々とした私達隊員の畳部屋ですき焼き、刺身に焼き魚。酒が飲める奴はラッパ飲み。これを見ていた参謀も呆れるほどであり、私たちは1日楽しい夜を迎えていた。
「だーっはっは!ほれ、ムチャグチ将軍の顔真似!」
かなり顔を真っ赤に酔った近衛が海苔を鼻の下につけた。ちょび髭になり「皇軍は食い物無くても戦える~」とその場で思い浮かんだ言葉を口に、馬鹿騒ぎが再び大きくなる。「アホウ、それはヒットラーじゃ!」と参謀グループの中で一番酒が回っている大将が乗ってきた!
そうだ!私も何か芸を披露しよう!
いつも命令ばかりでウンザリされていると思うから・・あ、うーん。
思いつかない・・。
まあでもこれはこれで楽しいからいいや・・。
グラスに注がれたビールを一口飲む。苦いうま味が舌から喉を通し、乾いた口を潤してくれた。