ラングーンの戦い2
遅くなりました申し訳ありません
戦いは長引き、日は静かに沈み、空は青黒い世界を作り出して星屑達が白く見えていた。
あの戦車から離れてだいぶ時間が経っていた。
薄暗い夜道の裏路地でも、機関銃の音は昼間の感じとは別に、むしろ勢いを増しているようにも感じながら、私は短機関銃を手にし目標の英軍の40mm砲向けて走っていた。
随分と鈍い発射音だなあ・・。右から聞こえてる・・。
攻撃を受けずに、綺麗に聳え立つ灰色の建物に挟まれた狭い道を慎重に進みながら、敵の位置を把握していたとき。
「move! move!」
英語の声だ!敵は近いぞ!
とっさに傍の建物内に隠れると、数十人居るだろうか。靴を鳴らして走っていく音が聞こえて次第に遠くなるのを耳で確認すると、私はほっと緊張を解して胸を撫で下ろす。
「むっ!」
微かに後ろから砂を踏みにじる音に私は振り向いた。
すると、狼のように目をギラギラさせた英国の女性兵士がナイフ片手に私に襲い掛かってきた!
顔に向けて斬ろうとする時、私の耳元に風がヒュッとなり頬から何かが垂れるような感覚がした。
そして仰向けに倒れ、相手が馬乗りするように乗ってきた時、
駄目だ!やられる!と確信した。
ナイフの先が私の胸に刺さろうとする!が、私が持っていた短機関銃の右腕が勝手に動き、奴の頭をハンマーで叩き割るかのようにぶん殴り、金属の音と共に相手はその反動で吹っ飛ばされた。
極度の緊張と恐怖で無意識的に殴ったに違いない。
とりあえず人間、ストレスとかいろんなのがあれば何事感じなくなってしまう現象があるのだ。
相手も負けていない。ヘルメットの無い頭から血を流しまた立ち上がり、ナイフを私に刺し「まだ戦える」という意気込みが感じられる。
だが私はとっさに短機関銃の奴に構え、"殺される前に殺す"と言う文が脳裏でフィルムの様に一瞬だけ写し出された。
硬い引き金は指の力で倒れ、銃の火炎で室内を赤く光る。硝煙の匂いにチリーンと床に飛び跳ね、軽い音を響かせた8mm南部弾の薬莢が足元に散らばる。
弾は出なくなった。
天窓から差し込む光に死体が肉眼でくっきり見える。
穴だらけになった腹や腕、溢れんばかりに血が流れ出す。仰向けに倒れていても相手は虫の様に息をしていた。あれだけ撃たれていたにも関わらず。おそらく急所を外したのかもしれない。
さっきの銃声で敵がくるかもしれない。
彼には申し訳ないけどこの場で殺そう・・。
口から血を吹き出した英兵に近づく。すると微かに聞こえる英語が聞こえた。
何を唱えているのだろう?
胸のポケットに手を差し伸べ、握った中にくしゃくしゃの家族写真である。彼女はそれを見ながら満面の笑みを作り、顔を私に向けてこう言う。
「神の祈りは終わった。私を殺してくれ」
もう助からないと思っていたのを自分自身で分かっていたのだろう。
私は、
「何か残したい言葉はあるか」
と言い、腰に垂らしたホルスターからモーゼル拳銃を取り出した。
彼は言う。
『God Save the Queen!(女王陛下万歳)』
パンっと乾いた音が鳴り渡った。
彼女は目を閉じ、幸せな表情で写真、そして光に輝いて反射する十字架を胸に死亡した。
市街地の戦いに短機関銃は有効である。狭いところで沢山弾を撃てる利点や軽量で扱いやすいところが私がこの百式を愛する理由だが、殺傷力はさほど強力じゃないのところと命中率が悪いのが難点だ。
狭い裏路地を猫の様に走って曲がろうと、身体の大きい英国兵に正面からぶつかった私は思わず反動で、お尻をついてしまった。だが隙を与えず、短機関銃をぶっ放す。敵は銃を構える余裕無くすぐさまうつ伏せに倒れてしまう。
あっという間に60発分の弾倉を撃ち尽くす。どうしようと考える。
捨てるのはもったいない。でも他の物でも重たくてしょうがない・・。
躊躇ってもしょうがないなあ・・。
殺した英国兵の私物を物色し始めて共有できる弾薬を探すも、当たり前のことに互換が無いのでほぼ無意味。
「トミーガンだ」
百式短機関銃より大きな英国製のトミーガンを軽々持ち上げようとしてみる。
重たい!こんな重たいの随分持てるなんてなあ!
とても頑丈な銃身に本体。ストックは木製で試しに構えると体格が合わず非常に持ちづらく、狙いにくい。腰に添えて撃ちまくるには丁度いい代物かも。
そんな重たい短機関銃と百式をセットにスリング肩掛けで再び前進。
夕日の赤日射が路地の出口を眩しく照らす。この先の白い空間を走り抜けると瓦礫に満ちた大通りに出たとき、40mm対戦車砲が砂袋に囲まれながら撃ちまくっている。それも数はたったの1門と言う姿で苦戦している日本軍に私は思わず頭を抱えた。
どうしてこんなにも装甲の薄い戦車を採用したのか!
たかが一門。ドイツやソ連、こんな貧弱な戦車砲はデカイ重戦車で踏み潰すことが出来るくらい、相手の砲は小さくまたコンパクトである。5人ほど居れば運搬できるくらいの大きさであるが、大抵は牽引されてゆくものである・・。
日本の戦車は正面の装甲はとても薄く貧弱。中国戦線では多少のことは出来ただろうけど南方では中々通じない。
少し腹たたしい気分を抱きながら私は「バカヤロー。こっちだ!紅茶野郎!」と鬱憤晴らしに敵に向かって叫んだ。声に反応した英国兵達、気づいていないようだ。
足場の悪い瓦礫の山を踏み分けて走って腰撃ちでトミーガンを撃ちまくる。1発の曳光弾は紅線を伸ばしてこちらに気づいた英国兵の腹を貫く。
何十人のも敵兵から撃たれる小銃に怯まず、跳ね上がる土煙や蚊が耳元で通ったかのように銃弾の飛翔弾が耳に入った。
「40mmさえふっ飛ばせば!」
目的の距離はそれほどなく、せいぜい10mと非常に近距離なところまで迫っている。とっさに自動車の黒こげ残骸に身を隠し石玉の様に重たい手榴弾のピンを抜き、それを対戦車砲向けて投げつけた。
弾丸霰が私が隠れている遮蔽物にぶつかりまくる。私だけ殺すためにこんなにも敵が殺到すること私は当分歩兵をしたくないと思い、鼓膜が破れるくらいの爆発音が後ほど響き渡り英国兵の腕がポトリ。私の足元に落ちてきた。
一瞬思考が止まっり5秒くらいした時、私は我に戻り視界が揺れる中で再び銃撃を加えると火達磨になって踊る敵兵に叫びと悲鳴にその場が地獄絵図である。肉の焼ける臭いに、脂は炙られジューっと爛れる姿が写しだされ脳裏に刻み込まれる。
恐れと地獄に震え、私は声も出ないままにトミーガンは止まず弾丸を発射し続けていた。
子供がお化け屋敷で遭遇した化け物にビビッて泣きながら逃げる様、銃を投げ捨てその場から走り去っていくとあの光景が瞼の前に浮かんでくる。
ああ!酷い光景だ!!
銃弾ならまだましもあの姿は・・!
無我夢中走り続けていた。気づけば知らぬ間に日本軍の歩兵たちが私が背にした方向へと向けて進行していた。