スチュアートハニーM3
生命線防御を超えてシンガポールに一番乗りする競争が始まったが、私達はこの争いに退場しなければならなくなった。
「すまない、皆・・。シンガポールにいけなくて」
私の独断的行動がこの戦車小隊に影響し、自分自身の内心では非常に罪悪感を感じた。
1週間前の事である。
例の防御陣地を先に、10km進軍した途端、敵の軽戦車中隊に阻まれて初めての戦車戦となった。
ジャングル深いこの区域、火薬の硝煙と熱風が身体で感じられコタバル強襲以来、初めての激戦と私は思った。
「あのちっぽけ戦車が確認できて10両以上!」
「喋らず撃って!辻!」
射撃手の辻、装填手の坂井は上手い具合に連携をとって連発的に射撃をしている。しかしスコープから200mほど見える敵には当たっている様子がない。
短砲だから命中率が悪いのだろうか・・。
なら距離を縮めて肉薄・・!
「九七戦車小隊、2番車、3番車、4番車、敵に向け距離を縮め、援護して!」
『了解!』
「近衛兵長、ジャングルを利用して全速力!」
「了解です!」
「装填、射撃を急いで!照準に瞬時に合わさった時射撃せよ!」
ジャングルの不安定な地で車内は酷く揺れので、身体が当たったりととても乗り心地がよろしくない。
農緑の敵戦車はこちらに気づいていない。枝や草がスコープにあたっては、虫もあたる。
コルクで塞いだ耳に入る雷雲の様な砲声を聞きながら、真っ赤な火球が飛ばされると敵の軽戦車右側面に吸い込まれ、たちまちハッチから火柱を上げながら爆発する。
よし1両撃破だ!
『中々の腕前だ。九七戦車小隊を援護しろ』
爆走するチハは何もかも踏み潰して進撃し、敵との距離は100未満となり肉眼ではしっかり確認できるくらいまで縮めていった。
隠れている敵戦車がいるな!
12時方向、正面に未だに気づいていない側面むき出しの敵戦車に再び57mm砲がぶち込まれる。しかし装甲を跳ねるかのように黒い砲弾が弾かれる。
華麗な操縦で敵戦車のエンジンに回り込み、砲弾が発射されると敵戦車は見事爆砕、緑色の破片が吹っ飛んでいく。軽い戦車の割りに装甲が中々分厚い。続くにも追いつけない戦車隊が見られて、遅れをとっていく。敵の砲も我戦車より強力なのだ。
『こちら2番車!砲塔旋回装置がやられました!』
「2番車後退せよ、無理に進むな!他はやれるところまでやれ!」
中々厳しい。
どうすればこの敵戦車を叩けば。
考えているうちに敵の砲弾が至近に着弾し、砂や土がスコープに被り小さな粒となって視界を妨げ、凄まじいショックが車体に響いた途端に私はあることに気づいた。奴らは1mたりとも動いていないと。戦車を塹壕に納めているため身動きが取れないのか、それとも死守という命令受けてあえて行動しないのか。
肉薄で戦車の死角に入れば破壊できるかも!
駄目だ、機銃で狙われて私自身が死んでしまう。
どうする・・、どうする・・!
このまま進めば強力な砲に集中攻撃されてこっちが死ぬ。
判断力に迫られ冷汗が溢れて脇は冷るし、顔から雫が流れるような感覚が伝わった。
あ、友軍兵士が倒れた!
スコープから肩を撃たれた歩兵が仰向けに倒れた途端、私は決めた。肉薄で戦車を吹っ飛ばすと。
「援護して」
「え!?車長!」
近衛の声を背に私はハッチから飛び出でると弾丸が無差別にも飛んでくる。そんな事はお構いなしに地面に伏せながら匍匐前進。私の耳元を通る弾丸に「敵に覚られたか」と思うと実に恐ろしく、またストレスなどで立ちくらむような感覚が生まれては自分の意思が遠くなり、無意識な行動が生まれてしまう。
機関銃の雨を浴びながらひたすら進むと、息だけをしている歩兵のとこまで何とか辿りつく。
「大丈夫か」
と問うと、20の男性二等兵は「ええなんとか」と答えて荒呼吸をしながら歩兵の助けをじっと待とうとしていた。
傷口を見る限りでは肩に一発弾丸が当たったようで、衣類に滲むように血が流れ出る。
多少の応急処置なら私は出来るだろうと思った。
「あ、あれ・・?」
どうしてだろう。手が言うことを聞かない。
ゲートルに手を伸ばすも、震え、指に力が入らず取ることが出来ない。
どうした!ゲートルを外すんだ!
こればかりと無理矢理力を込め、ゲートルを掴んだ。そのまま引っ張るかのように外すがこれも上手くいかない。普段出来ることに支障が起きている・・。
弾丸も間近に着弾して木の葉、木の皮が削れるように剥がれ、止まない機関銃の銃声に脈拍が上がり、今にも心臓が破裂するくらいの勢いでバクバクと体内でなっていて、思わず負傷兵に「大丈夫か?」と言われる始末で、こんな事で恐れる私は見っとも無いとしぶしぶ感じた。
よし外れた!
急いで負傷兵の傷口にあてて脇から肩へ締める様に巻く。
これで何とかなるだろう。
処置を終えて私は二等兵に「ありったけの手榴弾をくれ」と言うと感謝の気持ちなのか微笑んだ顔で漆黒色の九七式手榴弾が装着されたベルトを貰うと、彼は自力でジャングルの大木陰に隠れるのを後に私は敵戦車に向けて、肉薄攻撃を仕掛けることにした。
迂回していけば見えないはずだ。
ジャングルを走る猛獣の様に全力で迂回すると意外にも弾丸が飛んでこない。先ほどの地より自然の遮蔽物が多くまた視界もそれほどよろしくないからだ。問題は敵歩兵が潜んでいるかどうかだった。
しかし歩兵が見当たらない。
敵の戦車中隊は塹壕に固まっており動けていない状態だった。
地面を掘っただけの簡単の穴場に戦車が入ってるとでも言おう。簡素な防御陣に私達は足止めを食らっていたのだ。
角ばった戦車の後ろに回り込んで、エンジン部に飛び乗り手榴弾を手に、安全ピンを口で引っ張り抜いて信管をヘッドギアに叩いて敵戦車のハッチの中に殴るかのように投げ込む。
一瞬だけ見えた敵の顔。何かを入れればと思えば手榴弾、ビックリした顔がフィルムの様に一枚づつ映し出されて、それが脳裏に蘇る。
面白ビックリ。私は笑いながらその場から逃げ走ると電動ノコギリの様な銃声に混じって、ボンッと鈍い爆発の後、ハッチから燃え上がり砲塔は火達磨になると私は始めて成功した肉薄攻撃に嬉しさと恐怖を覚えた。
あと何両だろう・・。
二度目の肉薄は通じないと思いながらも進んでいく。
小さな地響きを感じた私は後ろを振り向くと九九式軽機関銃が搭載されたチハが走ってこちらに向かうので、同じ正面から飛び乗ってハッチの中に身体を潜らせ、車内へ。
「車長危ないじゃないですか」
天木に言われて私は、「すまない。こうするしかなかったんだ」と返した途端、ディーゼル特有のうるさいエンジンが急に静かになった。
「あれ?」
故障か?
レバーを何度も動かすもチハは動かず、エンジンの声さえ出ない。
仕方なしにハッチから顔をだしてエンジンルームを覗いてみると、直径30cm以上ほどの穴が空いているではないか!
敵の榴弾が当たったのだろうと思えばこの搭乗員全員が燃え死んでいたのかもしれない。
続々と戦車隊が防御陣を突破して遅れを取る我戦車隊。
修理は応急的に行われ、後ほどに続くも野営地の中、肉薄の独断行動が原因でこっ酷く叱られた後、私達はシンガポールの競争権を失い、ビルマ行きの片道切符だけを貰い、今ここビルマの国境まで戦車を動かした。
あれほど苦戦した敵軽戦車は英国軍のM3スチュアート戦車らしく、これを教訓にほとんどの戦車の57mm砲は外され、一式連射砲と言う発射速度を増大させた野砲を取り付け、"チハ新砲塔"と言う派生が生まれた。