突進せよ、マレー作戦3
市街地戦を終えると今日はこの場所が私達陸軍の野営地となり、貰った食材は早速彼ら達の手によって料理が作られる。
私も疲れていたので、エンジンが止まったチハ戦車のエンジン部に横になると、大通りが騒がしいので見に行くと、大勢の兵士や市民が何かを囲んでみているらしい。
何をしているのだろうか?
相撲でもやってるのだろう。
なにせ、赤道に近いこのマレーだから暑い。12月にも関わらず、日射は元気がありすぎて強い日差しが降り注ぐ。それで頭が狂ったのだろう。
私もやってやろうと、人ごみを掻き分けて中に入ると、
「堂々と戦わんゲリラには私の軍刀で首を落とす」
や!
私と同じまだ17歳の金髪の英国兵士が目と脚、手を縛られ、鋭い波模様の軍刀に"兵卒鍛えられの少尉"が今に振り落とそうとしているところだった。
「やめろ!やめろ!サエカ少尉、やめるんだ!」
思わず私は声を上げるとその場が一斉に静まり視線だけが私に集り、小さな啜り泣きだけが響いていた。
「誰と思えば些細戦車長じゃないか」
「そうだよ、サエカ少尉切り落とすのはちょっと酷いぞ」
確かにしばらく銃声がなってて友軍が頻繁に負傷していた。この同い年のゲリラかもしれない。けど首を切るのは私はどうも受け付けられずに、私は手足と縄、そして目隠しを解く。
「さあ大丈夫だぞ」
せめてどこでもいいから預けられればいいのだが。
収容所は一応あるにはあるが、どこの軍も相手にとって劣悪最悪だろう。
そして最後、腕の縄をナイフで切ったとき。
英国兵の彼女は、
「Son of a bitch!(クソ野郎!)You also I kill!(お前も殺す!)」
まさに憎むべき相手に対し、恐ろしく鬼の様な顔と目で感情を出した英国兵は私に渾身の一撃、パンチを与えたと言おう。強烈な一発に私は頬を打たれその場に倒れこんだ。
しかし私は眼球を常に彼女に向けていた。
ナイフを手にした彼女を避けるかのように道を開けた兵士達の視界の中から、どこからか日本刀が回転しながら飛んでいく。
まさか、サエカ少尉・・!
投げた刀は芋に串を刺すかのように刃は彼女の背から腹へ貫通、散った水の様な血液は赤く、鮮やかに輝いていた。
私は起き上がり、その場に駆けつける。
溢れだす血に英国兵の彼女はビックリしたような表情を固めたまま死んでいた。刀が飛ぶとは思ってもいなかったのだろう。もしあの場合、解いていなければ彼女は死んでいた、でもさっきの場合、私も殴られ刃物も取られ命もとられていたのかもしれない。何とも不幸な選択肢、殴りさえしなければ生き残れる希望は取れていたにも関わらず。
「・・・哀れな奴め。殴りさえしなければ」
ああ、悔しいな。悲しいな、お前よ。
「死んだか・・」
そう言ってサエカ少尉はうつぶせの死体を踏み、赤黒く染まった軍刀を抜こうとする。
ズブズブと、非常に不快な音が脳に残るんじゃないかと言うほど気持ち悪い鳴り具合に私はその死体だけを眺めていた。
そして太陽に赤光する軍刀が私の目に入った。
そして夜。
静かな街外れの野営地。将官は街で泊まり、上手い飯を食い、私達下士官、士官は取れた魚や野生動物を捌き、焼いて煮たり、調理をしたりした。
死体は衛生兵の手によって埋葬されたと聞いた今夜。何とも飯が喉を通らずあまり美味しくも感じない。
緩やかな風は温い汗通し、身体に気持ちよい涼しさが入った。
「えっへっへ!軍票で買ったお菓子と果物!食べて食べて!」
溢れんばかりにカゴいっぱいの果物を抱きかかえて持ってきた、おかっぱ髪の坂井装填手に集まる車員たちは嬉しそうにリンゴやマンゴー等を手に齧りだす。食欲を出そうとバナナを貰った。熟れた黄色に黒いブツブツが見えていて、甘く美味しいものだと思った。
剥いて食べてみる。
美味い。
甘いバナナに私は少しだけ元気を貰い、失った食欲も沸いて夕食を取る。しかし彼女の事、サエカ少尉と色々複雑で何ともいえない気分だった。
実はサエカ少尉に関してはこのマレー作戦に参加する時に私は内地の港で顔合わせをした。
彼女は兵卒以前、戦歴も持っていた"叩き上げ将校"で初実戦に参加する兵士達には信頼が厚く、何より赤鷲、荒鷲の名を持つ陸軍飛行戦隊の"忍ユウコ、東條奈緒子"の親しい関係を持っているとか、とにかく少尉に関して知らない人は居ないカリスマ的存在なのだ。
一晩過ごして再びシンガポール目指して南下する。
一列に並び進んでいく戦車隊は一目で見ればまさに鉄の守り。どんなものでも弾き、あらゆるものを自慢の装甲で防御する。それが歩兵達のあり難さでもあった。
独特の戦車の機械音に混じりシンガポールの生命線、ジョホールの緑の高地を走り私は車内から顔を出すと、敵がいる様子もなく、その気配がない。
見えるのは立ち上がる黒煙だけだった。
先に航空部隊が叩いたのだろうか?
覗いた双眼鏡から見える、黒こげた敵の隊戦車砲の残骸がちらほらと確認でき、肝心の歩兵が見当たらない。
飛行機のエンジンの音だろう?
青空を見上げると黒粒が落下していくように見える。大きくなって、キーンと飛行機特有の落下音を鳴らして敵の残骸に赤い線が伸び、土や草が跳ね上がり、重く轟く機銃の音が後から鳴った。
あっ!
機銃掃射に驚いて隠れていた英国軍兵士が一斉に飛び出て、我々の目の前を気づかないまま横断していく!
静かな場所は一気に火薬の音で爆発、随伴歩兵が撃ちまくる軽機関銃に糸が切れた操り人形の様に、兵士達が血を流しながら倒れていく。戦車隊長の命令で前進すると、走行しながらチハの砲口から火が噴いた。
草木や敵諸共吹っ飛ばされる。
相手も士気的に参ったのかもしれない。
友軍機も餌を食う鷲の様に、また機首を地面に突っ込み始めて地上を掃射。
しばらく眺めていた私は何とも思わず只見ていただけで、屍となった兵士が生きているかいないか、銃で撃って確認しながらその場を過ぎ去っていく。