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本当のチートって、発揮される前に物語の方が終わっているものらしい。

 *


 時はお昼時。

 日下兄弟たちは朝の決意表明後、レイテ村を出て周辺の探索に向かっていた。

 心地よい風に吹かれつつ、よいこらせと荷物を整理し終えて茂みから出てくる終少年と――その背中を守るようにして、やや疲労度の隠せぬ顔色で続く兄、始。


「まぁ、収穫としてはまぁまぁだよね」

「……これだけ頑張ってまぁまぁ……」

「目的のブツが出ない以上、売れるモノを売って欲しいものを買うしかないでしょ」

「終は色々とサバサバし過ぎだと思う。まだ飛ばされて二日目なんだけど……」


 恐ろしい子、と蒼褪めた顔で呟く兄を放って、がさがさと草むらを進む。

 無駄に立ち止まって魔獣の群れに出くわしても面倒なだけ。それを今日半日で十分すぎるほど学んだからだ。


「終、もう少し慎重に進もう」

「兄さん、どうせ人はいずれは死ぬんだよ。恐れていたって始まらないさ」

「弟が何かを悟り始めた……!!」

「静かにしてよ兄さん。学習能力をどこに置いてきたの?」

「もはや棘というより刃物!」

「……はぁ」


 弟の冷めた眼差しが痛くて仕方がない今日この日。

「立ち止まっている時間は無い」と言い放つや、魔獣のテリトリーである平原やら湖やら、はたまた丘陵地帯にまで足を進める弟に付き添い、掴んだ成果はけして少なくは無かった。

 その消耗度合いがここに至るまでの彼の苦労、その全てを物語る。

 ざくざくと土を踏みしめつつ、ふと前方を行く弟が『何か』を見つけたようにピタリと止まったのを見る。

 ――もしや魔獣か、と一足飛びに前方へと駆けだそうとした足を止めたもの。

 それは他ならぬ、弟自身の平坦な呟きだった。


「あ、ゲビタさんだ」

「だから俺の名前はギダンだって、何度言わせるんだよぉ……!!」


 半泣きのゲビタさんと遭遇し、思わずといった風情で駆け寄る終。その背中には何やら色々なものが揺れている。

 それを目にして「おぅ……お前、随分と色んなドロップアイテムを持ってるじゃねえか」とやや引き気味に感想を漏らす彼。そこに始は言いようのない共感を覚えた。

 顔に似合わず、常識的といっていい反応をする。

 何の根拠もないが、仲良くなれそうな気がした。


「あらあら、ゲビタったら。何の権限があって私より先に挨拶を済ませているのかしら?」

「「「姐さんの言う通りっすよ、ゲビタさん!! 空気読んでくださいゲビタさん!!」」」

「お前らだけには言われたくねぇよ?!!」


 元より村娘だったことも、もはや記憶の彼方へと飛んでいったような優雅な仕草で登場する少女が一人。その後ろに付き従うのは、印象だけ並べれば太いの、細いの、獣みたいなの、といった風情の三人の男たち。

 まるでミュージカルさながらに、突然賑やかになるレイテ村の東の外れの街道沿い。

 そんな中でも、一人だけマイペースを保つ弟の姿に兄は頭を抱えていた。


「ゲビタさん、良かったら交友を深めるべく鍋を一緒に囲みませんか?」

「……鍋、だと。笑えないジョークだ。そんな田舎料理にどうして俺が付き合わなきゃならねぇ」

「たまに食べるからいいんですよ。所謂、おふくろの味ってやつですね」

「俺は元々孤児だぞ。そもそも何で俺がお前らと交友を深める必要が……」

「だってゲビタさん、見ていて全く飽きないんです」

「それはお前の都合だろ?!」


 普段は殆ど表情を変えることすら稀な弟が、随分とご機嫌な様子だった。それほどに興味を持っているということなのだろう。

 ただし、その当人からすればただ面倒事でしかない。

 表情に全てが表れているゲビタさんを見守りつつ、弟の感性に一抹の不安を覚える兄が一人。


「あら、ゲビタに興味を持つなんて奇特な子ねぇ。出会った時から変な子だとは思ったけれど……」

「「「俺らも寸分違わず同意見です!!」」」

「こいつもお前らには言われたくねぇだろうよ!」


 やっぱりいい人だ。街道沿いに集まった面々でも、際立って常識的な空気を感じ取ってしみじみしてしまう。

 そしてふと、終から何時の間にやら向けられていた視線に気付く。おそらく言いたいことは「援護しろ」といったところだろうか。

 こういう時に限って兄弟らしくアイコンタクトなんてものが活きてくるのだから、何というか色々と胸中は複雑だ。


「ゲビタ……じゃない、ギダンさんでしたよね? この前のお詫びも兼ねて、良かったら鍋をご馳走させて下さい。今日掻き集めてきたアイテムを換金すれば、それなりに良い食材をそろえられると思うので」

「お前……くっ、ようやく俺の名前をまともに呼ぶ奴が現れたか。そこの坊主と違ってそれなりの常識は備えているみてぇだな?」

「弟が我儘を押し付けてしまい、申し訳ありません。そこは兄として謝罪させてください」

「……お、お前。良い奴だな。よし――乗った。たまには鍋も良いじゃねえか。詫びは言葉だけで十分だ。俺たちの方からも鍋の材料になりそうなものを提供させてくれ」

「ギダンさん……ありがとうございます」

「なに、良いってことよ。俺は久しぶりに自分の名前をちゃんと呼んでくれる奴に会えて嬉しいだけだ」


 にやりと口角を上げ、その顔に見合わぬ爽やかな所作で片手を上げて見せるギダン。

 その背後ではヒソヒソと寄り集まって『何事か』を相談する少女と三人組の姿があったが、微笑み合う二人の視界にはまるで入らない。


 この時、唯一俯瞰的に全体の状況を把握していたのは終少年ただ一人。

 しかし彼の本質は、基本的には不干渉だ。であればこそ、兄とギダンの遣り取りを黙って見守るに留めたし、そんな彼らの背後で密かに交わされている「この機会に二人を引き込んでしまうわよ」「「「了解です、姐さん」」」云々といった遣り取りも聞いてはいたが、何も言わずに「ふぅん」と内心で思っただけだ。

 正直なところ、人選ミスと言って差し支えない今回の兄弟転移。

 ふい、と微かに視線を上げたところには遠方からこちらの様子を窺う影が二つ。

 ――やれやれ、兄に関わるところやはり何時までも日和見気分ではいられないらしい。


「……あの崖の上の人たちも、いずれは接触してくるのかな」


 ぼそり、と零した弟の呟きを兄、始が知るのはもうしばらく後の話。

 今の関心事は、とにかく鍋。それ以外のことは特に気に掛けるほどの事もないと断じる終少年の思考はやはり一般の枠には当てはまらないのかも知れなかった。



「――弟の方は、こちらに気付いた様子だ」

「今回の召喚の『(メイン)』は彼の方です。無理もありませんね」


 前方に立ち、金色の髪を靡かせている男の印象を一言で纏めれば『美麗』だ。その特徴的な顔立ちといい、佇まい一つを取っても彼の出自は明らかだろう。

 その彼の傍ら、影のように寄り添う影が一つ。菫色の髪を肩の上できっちりと切り揃えた小柄な少年は、翡翠色の眼を瞬かせて呟きに同意しながら、続けて報告も行う。


「――王子。他の者に先駆けて召喚を成功させたことは、そう遠くない内に老害どもの耳にも入って来るでしょう」

「神殿の爺どもか。やれやれ、厄介事の芽は潰して回るのも骨が折れるな」

「……ご命令を頂ければ、迅速に処理に向かわせますが」

「お前の弟たちにこれ以上の負担は掛けられまい。構わない、ルド。今はまだ泳がせよう。近々『彼ら』と共に王都へ帰還する際にまとめて処分する」

「御意」


 次期王として、七人いる王子たちの内でも最も有力視されていた第一王子――クロードが謀殺されて一月。

 第二王子の謀略から辛うじて生き延び、都を離れて流離う只中で『異世界召喚』を実現したのはひとえに、幼少の折より王家にあって誰よりも魔導に優れていた第四王子であればこそ。

 イズミル・リーフレッド=アメルガ。

 彼を慕い、手足となって働くことを望んだ者たちはけして少なくない。ハロルドもその一人だ。

 菫色の髪と翡翠の双眸。これは『王家の影』と呼ばれるメイルフ一族に代々受け継がれる独自の色だ。

 王家の存続を脅かすものを、闇に乗じて排してきた暗殺一族。その末裔として古くから畏れられ、忌避されてきた彼と三人の弟たち。

 クロードとイズミルの二人だけが、彼らを『人』として見、扱ったことを彼らは決して忘れない。


「明日、彼らが二人になる頃を見計らって話を付けにいく」

「お供します」

「出来れば無理強いはしたくないが……果たして彼らは、召喚されたことを恨んでいるだろうか」

「……それは、今の段階では……」

「すまない、困らせたな。今宵は水を差さず、見守るに留めよう」


 少しずつ傾いていく日を見上げながら、深い溜息を一つ。北から吹く風に靡く金糸の如き髪の間から愁いを帯びて尚、より一層輝かんばかりの美貌が覗いた。

 従者の少年はそれに寄り添うようにして膝を付いたまま、叶うならば自らの能を使わずに済む結末を望んでやまない。

 この国に再び平穏を取り戻し、自らの主を王に据えんが為。

 一時目を閉じ、呼吸を整えた彼が再びその目を開く。そこにもはや迷いはない。

 冴え冴えとした月のように、怜悧な色が奥底に滲んでいた。



「……うーん。何だかそろそろシリアスな気配」

「終、何の脈絡もなく何?」

「兄さんには縁もゆかりもない話だよ。兄さんにはね」

「……え、何で今二回も強調したの? そこはかとなく馬鹿にされている気がするのは気のせい?」

「はいはい。兎に角、今は具材を切って。手を止めない」

「……なんだかなぁ、釈然としないよ」


 ぶつぶつと文句を零しながらも、鍋用に調達した魚を魔術を併用しながら同じサイズに切り分けていく兄。

 それを横目に見ながら、弟――終はひっそりと『この先』に思いを馳せる。


「……とりあえず、明日は野豚の生姜焼き」

「いやいや、そもそもこの世界に生姜が存在するかも分からない段階で……」

「生姜……」

「そんなに食べたいの?」


 温度差の全く異なる両名が出会う時――それが意味するのは、物語の始まりにして終わり。

 あくまでもマイペースを貫く兄弟と、国の存亡を掛けた召喚者同士の争いの火蓋が切って落とされるかどうかは――まだ見ぬ、先の先。


 おそらくは、日下兄弟が『それぞれが求める衣食住』を充足させた後のお話である。


※今までお読み頂いた読者の方々へ※

ここまで兄弟の旅路にお付き合いいただき、感謝申し上げます。

本編はこれにて終了予定です。次の話でタイトルの補完を行い、一応の閉幕とさせていただきますm(__)m


もう少し書き連ねることも検討しましたが、本作はこれにて筆休みをさせて頂くことにいたします。

また、どこかでお会いできる幸運を願いつつ。

ありがとうございましたm(__)m




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