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3/6

世の中顔じゃないって言うけれど、それはどちらかと言えば優しい嘘だよね。

箸談義は、強制終了とさせていただきました<(_ _*)>

 *


 川を挟み、樹海を望むその集落は近年、治安の悪化が著しいことで有名だ。それもこれも、その立地と本来であれば治安を担うべき若者たちの不足。その二つが、理由として挙げられるだろう。

 真面目な話。

 前者は樹海周囲に広がる魔物たちの生息域にほど近く、逗留地として利用されやすいという点。当然の事、破落戸崩れも混じるのは避けようがない。

 因みに後者は、村の一番の収入源である麦の不作。これが故に若者たちがこぞって副都へ働きに出ていることが大きく影響している。

 そんなレイテ村――夕暮れに沈んだ村に、今日もまた悲痛な声が一つ上がった。


「嫌っ、何なんですかあなたたち!!」

「まぁまぁ、嬢ちゃん。俺たちの相手をしてくれよ。こんな何もない村じゃあ、退屈で仕方なくてなぁ」

「あ、ちょっと! 触らないでください。それに、今時そんなちゃちな文句を下卑た顔で言う人間が生息してたなんて……」

「おい、嬢ちゃん。……普段から温厚と名高い俺でも、後半さすがにキレるよ? いいの、キレちゃうよ?」

「知りませんよ、下卑た顔したオジサンの普段なんて。寧ろ知りたくもありません!」

「「「この女!! 黙って聞いてりゃあ。散々ゲビタさんを馬鹿にするようなこと言いやがって!! ゲビタさんはなぁ、こう見えて案外良い人なんだぜ?! 案外な!!」」」

「……おい、俺の名前はギダンだ。間違ってもゲビタじゃねえ!!」

「嫌あ!! 揃いも揃ってゲビタ面を晒さないでよ!」

「「「俺たちはゲビタさんと違って、一般寄りだぜ?! そこは間違えるなよ、嬢ちゃん!!」」」

「お前ら全員そこに直れ!! そもそもよぉ、ゲビタ面って何だ。説明しろよな?!」


 そんな複雑怪奇にして、面白模様。決して大きいとは言えない村の広場で繰り広げられている今現在。

 今一シビアになり切らない、総勢五名による攻防を遠方から観察している少年が一人いた。

 これは言わずと知れた、終である。その口許には未だにモグモグと噛み締められている冷えた肉――もとい、箸に魔獣の肉を巻き付けて焼いてみました(味付けなし)がその只ならぬ存在感を主張していた。何か、噛み締めている間に何を噛んでいるのかよく分からなくなってきた。それでも味のなくなったガムのようにひたすらに噛み締めている最中だった。

 要するに、空腹を誤魔化しているのだ。

 そんな彼の視線の先で、面白さしか覚えないやり取りを展開し続ける五名。

 勿論名前は分からない為、便宜上は村娘、ゲビタさん、その他ゲビタさんの取り巻き一、二、三、としよう。

 彼らの遭遇から、今こうして面白やり取りに至るまでをつぶさに観察しているのは端的に言えば暇潰しと言っていい。

 それもこれも、兄――日下 始が一向に宿を見つけられずに右往左往している最中。広場でその兄が戻って来るのを待ちわびる弟の図である。


 じーっと。

 まさに穴が開きそうなくらいに、黙々と味のなくなった肉を咀嚼しながら彼らのやり取りを観察していた彼はある意味で――いや、それなりに異様であったのだろう。


「何だ、てめえ!! 見せもんじゃねえぞ?!」


 ゲビタさんがその視線の圧力に耐え切れず、彼に標的を移したのも無理は無い話だ。そしてゲビタさんの目はこの時点で若干涙目である。隠し切れていない、彼の繊細さがそこに滲み出ていた。


「すみません、あまりに暇だったもので。どうぞ気にせず、そのまま続けてください」

「気になるわぁ!!」


 ゲビタさんの言い分は尤もである。

 その場にいる誰よりも真っ当な感性を持ちながら、如何せんその下卑た面によって尽く賛同を得られない不運の人。それが、ゲビタならぬギダンだった。


「ちょっと、そこの貴方!! か弱い淑女が下卑た男たちに襲われているのをただ眺めているだけでいいと思ってるの?! 助けなさいよ!!」

「「「ちょっと、嬢ちゃん。ゲビタさんはともかくとして、俺たちまで一括りにされるのは不本意だぜ!!」」」

「……お前ら、マジで後で覚えとけよ」


 か弱い淑女こと、村娘の指摘を受けた当の本人――終はその後に続いた喧騒はさておき、その場でやはり肉を咀嚼しながら首を傾げずにはいられない。


「……か弱い淑女? 何処に?」


 その呟きが齎した、永久凍土の如き静寂。小さな村の小さな広場に、男たちが一様に喉を鳴らす音だけが響き渡った。


「……おい、そこに直れ若造。口は禍の元って言葉の意味、教えて差し上げるわ」

「……口調がごっちゃになってるよ、村娘さん。その凄みをして、か弱いっておかしい……ムグムグ」

「「「「その辺にしとけ、悪いことは言わねえ。それ以上抉るな……!!」」」」


 堪らずに、終の口を抑えにかかったゲビタさんとその取り巻き一、二、三。

 最早その状況は混沌を極め、初めの構図がどのようなものであったかを察せられる人間はまず、いないだろう。

 事実、ようやく宿を探し当てて弟を呼びに戻って来た兄――日下 始は繰り広げられる光景を前に暫く何も言葉にならなかったようだ。


 村娘には似つかわしくない高いヒール、扇情的な生足を惜しげもなく晒すだけに留まらず。

 俵の如く転がした四人の下卑た男たちを足蹴にし、「最後はお前よ、覚悟なさい!」と高らかに告げる少女の視線の先。未だにモシャモシャと冷めた肉を咀嚼することを止めない弟がいる光景。

 順繰りにそれらを見遣った兄が、疲弊しきった目を向けるのも道理だ。


「……終、説明してくれる?」

「兄さんがこの場を収めたら、それも可能かもね」


 こんな時でも、狼狽するどころかどこか冷めた眼差しを隠さない弟の鋼鉄並みの神経。

 それを目の当たりにした兄は頭を抱えて空を仰いだ。この世界に来てからというもの、幾度目になるか。もう当人でさえも分からない。


「……原因は? 経緯は?」

「何だか面白いやり取りをしてたから、無遠慮にも観察してみた。意外にも繊細だったゲビタさんがそれに耐え切れなかったらしくて、火の粉が波及。その後、か弱い淑女問答が思いの外拗れて、今に至る」

「……うん、分かった。取り敢えず一番悪いのは終だということが」

「そうだね。今まとめてみて、何となく僕もそう思ったよ。――――ごめんね、奇麗で淑女で淑やかさ村一番の村娘さん。全ては僕の勘違いでした」


 唐突に向きなおり、ここぞとばかりに棒読み賛辞を並べ、見事な角度で一礼した終である。

 それに対し「覚悟なさい!」と言い放ったポーズを保持したままでいた彼女。

 呆気にとられた様子でそれを見つめていた。無理もない。些か不審げな色も混じらせつつ、その頭の先から足の先までを満遍なく視線を走らせる。

 そして彼女なりに満足がいったのだろう。ややあって、こほんと喉を鳴らして居住まいを正した。


「過ちを認めるのなら、許すのも吝かでは無くてよ」

「有難う、奇麗で淑女で淑やかさ村一番の村娘さん。じゃあ、僕はこれで」

「……終、よく噛まずにいえるよね。あと、淑女と淑やかさは同じじゃないかと僕は思う」


 でも終にしては無難に終わらせようとした努力が見れたし、兄として安堵したよ。と。

 そう呟く兄に対して弟は事もなげに言う。


「兄さんと違ってチート補正が存在しない僕が、口車を活用せずに生き残れると思うの?」

「想像以上にシビアな台詞! なんか弟が諦観し過ぎてて居たたまれない!」


 普段通りの二人だった。

 背後の面々を置き去りに、その調子は留まるところを知らない。

 何事もなかったかのように広場を後にしようとする兄弟の背に、流石に声を上げずにはいられなかったのだろう。折り重なる『俵』が如き――その最下層から声を上げたのはやはりゲビタさん、その人だった。


「どさくさに紛れて、終わらせた感を醸し出してるんじゃねぇぞ?!」

「「「……ゲビタさん、あんたのその顔に似合わないまともな突っ込みが俺たちを纏めてるんだぜ?」」」

「うるせえよ、お前らはもう少し後方支援という言葉の意味を見直してみろ!!」

「……ゲビタ、あなた良い仲間を持ったのね」

「ちょっと待て?! どこをどう聞けばその結論になる?! ――――あぁ、今日ほど女を見る目の無さを痛感した日は無ぇよ!!」



 再び訪れた氷河期を前に、ゲビタさんを含めた四人がどんな顛末を辿ったかは想像にお任せする。



「……ゲビタさん、あの中では一番良い味出してたと思うんだよね」

「終、君の兄として君の今後がとても心配になったよ」

「兄さんに言われたらお終いだよね……」

「しみじみとそういうこと言う? 弟の為に村の宿を一軒一軒拝み倒して回った兄にそれ言う?」

「はいはい。偉いなぁ、兄さん。僕には勿体ない兄さんだよ。自慢の兄だよ。きっと前世でも現世でも来世でも兄さんには頭が上がらないよ」

「……終、一度鏡で見てご覧。まるでゴミ屑を見るような目って、実際にあるんだよ」

「博識な兄さんに乾杯!」

「……ごめんなさい。にいさんがまちがってました。ゆるしてください」


 夕闇に沈み始めたレイテ村の街道を、半泣きの兄と疲労感によって妙なテンションになった弟が歩いていく。

 そんな彼らは気付いているのか、いないのか。

 その後方から、ずるずると四人の『俵』を荒縄で引き摺って後をつけている村娘の存在は静けさの漂う街道ではそれなりに目立つものだったのだが……。

 如何せん、普通とはかけ離れた兄弟であるために現時点では判断に迷うところだ。


「いい加減にこの辺鄙な村にも飽きてきたところなのよねぇ……案外、いい暇潰しになるかしら?」

「「「姐さん……地味に痛いです。食い込みが半端ないですよ」」」

「なぁ、嬢ちゃん。別に俺らを引き摺っていく必要無くねぇか……? あとお前ら、いつから姐さん呼び定着させてやがる」

「煩いわねぇ。ゲビタはもう少し寡黙さを覚えなさい。ただでさえ、下卑た面が不快なのだから」

「だから俺はゲビタじゃねえって言ってんだろぉ……!!」


 マジ泣きのゲビタさんの魂の叫びはレイテ村の夜陰を震わせ、物悲しく響いたという。



この混沌をして、日下兄弟(*´ω`*)


濃いメンバーを引き連れて、次回は真夏の鍋に興じているかも知れません。

※菜箸は、ゴーレムからは生産されません。悪しからず。

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