どうやら、異世界の岩に兄のチート如きでは歯が立たない模様。
某兄弟のペースは、落ちるどころか増すばかりの第二話です。
放っておくと樹海を制覇しかねないので、取り敢えず町へと向かわせたい作者。
*
「兄さん、いい加減に起動してくれないかな。別に僕は責めてないし、コーヒーは半分飲めたでしょう?」
未だにショックで立ち上がれない様子の兄に向けて、言葉を掛けてみた。
兄はその淡麗な面を、これ以上無いほどの悲壮に染めて見上げてくる。
(何これ、なんか物語の中盤とかで見る表情だよね。まだそんな場面じゃないよね)
「終……俺は自分が驕っていた事に気付かされたよ。まさかあんなに急激に魔力が増幅するなんて想定していなかった。もしかしたら……今回の召喚の対象は……」
「意味深な台詞を呟かないで、兄さん。兄さんが呟くと伏線になりかねないから」
「だが……」
「それよりも、現状の把握に努めるべきでしょう? 違うなら反論も認める」
「うわぁ……なんか終がいつも通りで、異世界感ゼロだなぁ。いいよ、分かった。取り敢えず、今回の失敗は向こうに戻ってから……缶ジュースで手を打とう」
「中学生を嘗めてるの、兄さん?」
そんなやり取りを一通り終えた後。
改めて見渡して思う。ここは荒野というべき土地ではないだろうかと。
干からびた大地を見渡しつつ、そのまま視線を上げて紫がかった空の色を確認する。
前方には、樹海と思しき薄暗い森。
ここまでを総合すると、まぁ……序盤にしては悪くないのではという評価を覚えた。
伊達に、この兄の弟は努めていない。
異世界召喚における、様々なシチュエーションとそれに伴う人間関係の猥雑さを聞いていれば。
いきなり大広間に呼び出される、もしくは周囲を人波に囲まれるといった最悪の場面。
それらを回避できただけでも、マシだと言わざるを得ないと思う。
「念の為に聞くけど、今まで召喚された世界の何処かという可能性はあるの?」
「それは無いね。解析を掛けてみたけれど、この地表のデータが今まで呼ばれた世界のものと合致しないことは確認できたよ」
「……なら、再召喚という可能性は無いね。因みに兄さん」
「……何だい、終?」
「今、この状況からの“境界越え”は無理なんだよね?」
その問い掛けを聞いた兄が、浮かべた表情だけで凡そは察せた。
繰り返しにはなるが、伊達にこの兄の弟としてこの七年努めて来てはいないのだから。
「ごめんね、終。今はまだこの世界の術式も流も、軸も把握し切れていないから……大切な弟を確実に送り届けられる自信が無いんだ」
「うん、僕も向こうに着く前に身体がバラバラとかは遠慮したいから、じっくり取り組んでくれて構わないよ。そもそも……兄さんみたいに魔力もスペックも無い僕に、そもそも帰る事が出来るかという問題があるけど」
「……終」
「名前だけ呼ぶの止めて、兄さん。物語のオチみたいになって笑えないから」
兄、始。弟、終。
何を思って両親が二人で一つ、まるで対になる様にして名付けをしたか。
その問い掛けに、確か母はこう言っていた。
――――子供は二人って、約束していたのよ。だから、一人目は始。二人目は終。そう決めていたの。
この兄にして、あの母あり。
朗らかに笑う様も、昔からどこか不思議な物言いをするのも、顔立ちが際立って美しい人であるのも。
凡ては丸ごと、移し替える様にして兄に伝わったものだろう。
因みに僕は――周囲からの満場一致の評価もあるが――父親に似たと言われる。
母ほどに際立った雰囲気を持たないものの、だからといって美女と野獣とまでは例えられないその容姿。
言うなれば、母と父は美女と平凡である。
「……それで? まずはどの時点でこの世界の人間と接触するのが望ましいの?」
「そうだねぇ……それを兄弟で決める前にやらなきゃならないことが向こうから現れたようだよ」
兄とは違う方向。
つまり平原に視線を向けていた自分が、振り返った時にはとうに目前に迫る巨体。
「――――うわ、食べられないじゃん。非生産的な……」
「……終。いくら結界を張っているからと言っても、もう少しあると思う……少なくともそのリアクションはトリップ初心者のものじゃないから」
兄の声はさておき、兄が瞬間的に張り巡らせたらしい半透明の結界の先――――今はこれの描写が最優先だろう。
巌の巨人。
岩石の人型。
まあ、この際語呂はどんなものでも構わない気もする。
問題は一つだ。
「兄さん? 普通さ、平原に森と来たら……魔獣化したイノシシとか馬とかシカとかさ……期待するよ?」
「……ぼたん、さくら、もみじの順で並べていく辺りにとにかく鍋が食べたいという気概は伝わるよ、終? でもね、イノシシは兎も角として……馬やシカは魔獣化しているパターンはそれほど多くない」
「なら、普通ので」
「……俺に注文されてもねぇ」
暢気に会話を交わす兄弟の背後で、ひたすらに響くのは。
ゴン、ゴンと絶え間なく打ち付けるすさまじい音だったりする。
要するに、岩の巨人が空しくも、振り下ろし続ける努力そのものだ。
「……そもそも朝ごはんすら食べる暇なく召喚とか、空気を読まないにも程があると思う」
「うわぁ……終の目が据わってきてる。早いところ食料を見つけないと、困るのはもしや自分……」
「分かってるね、兄さん。うん、空気の読める兄をもって僕は幸せだ」
「棒読みなうえに、早口!! やばいやばいよ。わが弟ながら非常に面倒くさい」
「お腹をすかせた僕に、優しい兄は食べきれないくらいの食糧を……」
「童話調?! ハードルがどんどん上がる!! ――――仕方ない、こうなれば一か八かだ」
徐に、なにやら聞きなれない言語を謳い上げ始める兄。
半透明の結界の向こうで、もくもくと不可解な煙に包まれてもがく岩の巨人。
砂煙が、ぼふんと天高く上る。
兄が謳い終えると同時に、もくもくと周囲に立ち込めていた煙も収束してゆき――――。
兄弟が透明度を取り戻した視界の先に、見つけたもの。
――それは、一対の箸だった。
――それは、一対の箸だった。
「……それで?」
「……それです」
冷や汗を笑顔で誤魔化そうとする兄を、見上げた弟の顔に次第に浮かんでいく――――微笑。
「結論として、兄はお腹を空かせた弟に食料を用意することはできない。兄曰く、それは素材が問題だという。しかし……」
「論文調!? 」
結局二人がまともな朝食にありついたのは、平原の先に一つの町を眺める頃。
――――つまり、昼過ぎのことだった。
その間に行われた食糧調達を巡る、苦悩。
地面に大の字に横たわったまま動かない兄の姿にすべてが集約されている。
ちなみに、そんな彼らの背後には箸の山が積みあがっている。
いったいどれ程の巌が、巻き沿いを食ったのであろうか。
ゴーレムたちの無言の叫びが平原を吹きわたっているようにさえ感じられる光景だ。
「兄さん、早く食べないと覚めてしまうよ」
香ばしく焼けた肉。それを刺し通すのは串代わりの箸。
両手で持って差し出した弟に、虚ろな眼差しを向ける兄がいた。
「……終、もう俺には立ち上がる気力すらないよ……」
「箸を量産し過ぎた結果だよ。過剰労働だね。……ところでこれ、どうするの?」
にべもない弟の言葉に、さめざめと泣きだす兄。
そんな兄を暫し眺めたのちに、ふと思い立った様子で立ち上がる弟。
山積みになった箸の前で、黙考すること暫く。
兄が泣き止む頃合いを予め知っていたかのような周到さで、振り返って問う。
「これ、売れると思う?」
「……ねぇ、分かってて聞いてるよね? そもそも箸という概念自体を広げるところから始めるつもり?」
「箸――――それは食器なのか道具なのか。二本で一対。何れが欠けても、箸とは呼べない」
「……終? 終さん? あれ……もしや、いつの間にか始まってる?」
「主に東南アジアを中心に、広く用いられるが材質デザイン、形状共に様々なバリエーションが……」
「箸講座?! え、もしや本気なの。異世界に来てまず手を付けるのが箸でいいの?!」
何やら楽しげな、兄弟二人。
究極のマイペースならぬ、セルフペースである。
彼らの箸談義に目途がつくまでには、今暫く掛かりそうだ。
とはいえ、時間は有限であり。
いずれにせよ、彼らは空を見上げて現状を把握しておく必要が出てくることであろう。
現にいつしか日は傾きつつあった。
テレビ画面に飲み込まれ、見知らぬ異世界へとたどり着いた二人の兄弟。
彼らがまず、積み上げることとなったのはチート能力によって積み上げられる魔獣の骸――――ではなく、物言わぬ巌たちの残骸もとい『箸』の山であった。
せめて筍の山くらいなら許せる、とは弟の言である。
彼はキノコよりも筍派。ちなみに兄はキノコ派だ。
それはさておき。
兄は本当にチートと呼べるのか。
その能力に疑問さえ覚えつつある弟。
そんな疑問を片手に、もれなく肉串を真っ先に頬張っている弟も大概であるが。
実際のところ、兄がチートであることは紛れもない事実。
従って、この世界との相性が単に悪かったと言えなくもない。
いずれにせよ、箸の山を手に歩みだした兄弟の行く末には一体何が待ち受けているのか――――
それは、神のみぞ知る。
「いや、手抜きにも程があるでしょ」
「……上手く纏めようと思ったのに」
「せめて箸を捌き切るところまでは、責任を持ってやってね」
「……終」
「いい加減、懲りない? 兄さん」
異世界に来ても尚、マイペース過ぎる兄弟だった。
全てはそれに尽きる。
一話で見限らず、二話までたどり着いてくださった読者様。
貴方が、本作における勇者といっても過言ではありません。
願わくば、次回までに箸談義に終止符が打たれていますように。