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兄はコーヒー中毒者で、僕はそうではない。まずはそこから話しておきたい。

兄弟の絆が紡ぐ、異世界召喚ものをテーマに書き出した本作。

けれども、肝心の絆が当初から目を凝らしても見えない不思議…… orz

 *


 前置きとして、言っておきたい。

 けして僕自身、望みが無かったとは言わない。

 人として生まれた以上、それなりの欲求はあってしかるべきだろう。


 だからこそ、今回この事態に巻き込まれたのも一概に“兄”だけに非があるとは言いたくない。


 それでも思うよ。

 どうしようもなく、浮かぶ。

 確かに、遠い地へ行きたいとは思ってきた。否定できない。


 それでもこれは、やり過ぎだ。

 世界の境界までも、飛び越えたいなんて生まれてこの方――――思ったことも考えた事もない。




 今、目の前に広がる奇妙な鳴き声に満ち溢れた森――否、樹海か。

 その霧深さ。早朝を思わせる清々しいほどの空気。

 凡てが思考をクリアにしながらも、只ならぬ混乱の最中にあった中学二年生。

 茫然と足もとに蹲ったままの兄を余所に、弟―――日下(くさか) (しゅう)はテレビ画面に飲み込まれるという非常に怪奇な形で異世界の扉をくぐることになったのだ。



 全くもって、笑えない話。

 同時に笑うしか、無い話。


 これはとある兄弟が、巡り巡って異なる世界を歩き回る。

 ――――ただそれだけの、話。



 *


 事の起こりは、果たしてどこから遡って話せばいいものか……。

 正直に言えば迷うところだ。

 そもそも兄が、初めに“飲み込まれていた”以上は本来ならば兄から語らせればいい筈だが。

 今のところ、その本題にあたる兄が起動する見込みがない。

 旧式のパソコン並みの、フリーズ具合である。

 従って現状では、自分が代わりに状況を把握するべきだろう。



 まずは、整理していきたい。

 単語帳片手に、異なる世界の土の上に立つ今に至る数時間の軌跡を振り返ろう。

 自分の腕には幸か不幸か、今も時を刻み続けている腕時計がある。世界の境界を越えて尚、刻み続けるその執念というか―――まあ、要するに電波時計では無かったからなのか―――丈夫な時計が。

 太陽光の下では、半永久的に時を刻み続けるという宣伝文句が異世界でも通用することを願いつつ。

 数えること、十二分。



 十二分前までは、僕らは元の世界―――つまり、自宅のリビングにいた。

 普段通り――朝の六時半に起床。一度部屋を出て、階下へ下って身支度を整えたところまでは少なくともそうだった。

 凡ての歯車が、可笑しな方向へと転がり出したのはその後だ。


 両親は昨晩から、親戚の法事へ出掛けていた。

 僕は既に起き出しているであろう兄がリビングにいる事も見越して、特に視線を向ける事も無くリビングの戸を開けた訳だが。



「おはよう、兄さん。僕もコーヒー貰っていい……?」



 兄―――日下(くさか) (はじめ)は寝起き自体悪くはないものの、コーヒーを飲まないと完全には脳が起き出してこないという、コーヒー依存者の一人である。


 因みに僕は、違う。

 そもそも目覚めは良い方だし、コーヒーが無くても電信柱に真正面から激突したりしない。

 ただ、時々は飲みたくなる日もあるという程度だ。だからその日も、リビングに漂うコーヒーの薫りにふと自分も飲みたくなったというだけの話。


 ただ、いつまでも返事の無い兄に振り返ったのは今思うと―――まぁ、正直あの時点で巻き込まれていたのだろうと思うのだ。



「何してるの、兄さん……」

「……喰われてる」



 その日、ようやく聞いた兄の一言目があまりに非日常過ぎた。

 とは言え、その現状を表すのにそれ以外の言葉は選べなかったというのも分かる。


 リビングの丸テーブルの向こう側、片手にマグカップを持った兄がテレビ画面に半分飲み込まれた状態で、困惑していた。

 嫌、困惑したいのはこっちだ。

 そしてこんな状況でも、半狂乱にならない兄のマイペースさ……というか、鈍さに眩暈がした。



「正しくは、飲み込まれてるの方で良いんだよね? 実際に咀嚼はされてないよね?」

「終、これはテレビだ。人を食べる様には出来ていない筈だよ」

「そんなことは聞いてないから。説明不要だから。……で、今回はどうしてテレビなの?」

「―――うーん。たぶん今まで呼ばれてきた処とは違う召喚術式を使っているんだろうね」



 取り敢えず、そんな非日常的な状態でも会話が成立しているという兄弟の光景に多くの方々は疑問符を並べるので精一杯だろうと察する。

 とはいえ、その説明はとても一言で済むようなものではない。察しの良い方なら、既に気付いているだろう。



「はぁ……。寄りにも依って、このタイミングか。―――今回の良い訳はどれにする?」

「終に任せるよ。取り敢えず、向こうに着いた時点で交渉してみる。……あと、可能なら伝達方法も。あれば苦労しないし、無ければ作ってみる」



 相変わらず、随分と玄人な兄である。

 こういうのを、流行りの言葉に置き換えれば―――チートと言い換えていいのだろうか。


 そろそろ聞き流しも限界に近いと思われるので、ここで説明を入れておきたい。


 そもそも兄が初めて召喚されたのは七年前だ。

 当時、十四歳だった兄は二年間―――こちらに換算すると四日間の壮大な旅の果てに帰還して来た。

 あの時は、幸運にも夏休みで祖父母の家に遊びに出かけていた最中。何とか誤魔化しも利いた。

 夕方に一時帰宅を繰り返していた兄曰く。


「何か知らないけど、生まれつき膨大な量の魔力を持っているらしいよ。帰宅も可能だろうと言われてやってみた」


 昼に突然失踪した兄…目の前で神隠し同然に、眩い光に包まれて消えた兄が再び眩い光に包まれて姿を現した時には、正直こう思った。


(考えるだけ、無駄)


 理解など、到底及ぶものではない事象に直面した時。

 人は思考を放り投げる事を悟った。

 当時七歳だった僕が、人生の儚さを知った始めの一歩だ。


 そんなこんなで、それからの七年間の間に兄が召喚されること計五回。


 大凡(おおよそ)は、眩い光プラス足元に魔法陣らしき何かが浮かび上がると同時に兄が消失するという場面と鉢合わせになる。

 何度となく繰り返される光景に、慣れたといって(はばか)らない昨今。

 それもそうだ。いい加減ワンパターンさに飽きも来る。

 それに、その度に兄の失踪を誤魔化す弟の立場にもなってもらいたい。

 被害は洩れなく、こちら側にも波及するのだ。三度目を越えたあたりからは、兄を介して向こうへ文句を言う様に念押しした事すらある。


 現人神的(あらひとがみてき)に祀り上げられ掛けた、二度目の異世界召喚。

 複数人の妙齢の女性たちからアプローチを受け、困った様に笑いながら帰宅した四度目の異世界召喚。

 一番最近のものは、兄十八歳の折に一週間の不在期間を記録した通称『異世界モフモフ癒し観光』。詳細については聞いてない。

 ただ、毎晩帰宅する兄の横顔はそれまでの召喚では見せなかった充足に満ち溢れたものだったと言える。



 あれから、約三年。

 流石に成人した兄に、もはや呼び出しが掛かることはないだろうと考えていた折の―――不意打ちのようなそれは。

 今までの召喚形態からは、ややズレた方式で行われたらしい。


(テレビ画面を媒体に引き摺り込むって……少し間違えたら、ホラージャンル一直線だよ)


 そんな呆れた感想を抱きながら、歩み寄った先で今回も兄は困った様に笑うだけだ。



「兄さんは本当に……お人よしだね。ま、いいけど。因みに、いつから飲まれてるの?」

「うーん、大体三分くらいかな。何だか、スムーズにはいかないみたいでね。お陰で淹れたコーヒーも半分くらいは飲めた。この分だと……全身を飲み込み終えるまでに五分くらい更に掛かりそうだから、少し魔力を足してあげようと思う」

「……何それ。聞いたこと無いよ、そんな召喚補助。あと、マグカップ貸して。帰って来るまでに洗っておくから」

「ありがとう、終。後のことは、頼んだよ」



 差し出されたマグカップを、安易に手に取ったのは―――油断もあった。



 触れた瞬間に、何やら違和感を覚えたこと。

 直感的に、後方へ下がろうとした足。

 それを画面から伸びた触手のようなものが巻き込んだところまで。

 兄が自分を呼ぶ声と、視界を暗闇に覆われた一瞬と共に思い返せば今の時間軸に戻ってこられる。




 やれやれ、どうやら自分は兄の召喚の巻き沿いを食らった形だ。

 兄を責める気はないが、あの時の自分の行動の軽率さは悔やんでも悔やみきれない。



 以上、回想終りである。


ここまで読んで頂き、感謝の念に堪えません……。

ありがとうございます(=゜ω゜)ノ


※今作は中編を予定しております。ゆるゆるの兄弟の道行が行き着く先はどこになるのか……

宜しければ、今暫くお待ちいただければ幸いです。


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