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近未来の肉屋

作者: 赤いからす

結末に期待せよ!

 おれの住む街の駅前には呉服屋、卸したてを強調するためにダンボール箱に入れたまま果物を店先に並べている青果店、ドアを押し開けるとカランコロンとベルが鳴る喫茶店など昔ながらの商店が軒を連ねていた。


 近所に大型スーパーができたとき、店主達は客さんと築き上げてきた関係をよりいっそう深めるために満面の笑みのコミュニケーションと手厚いサービスを心がけ、窮地を乗り切って客を手放さなかった。


 しかし、数ヶ月前からシャッターを下ろす店が急激に増え、いわゆるシャッター通りになってしまった。人通りも必然的に減り、芸術とは程遠い落書きをする若者の餌食になって殺風景な商店街に様変わりしてしまった。


 妙な噂を耳にした。商店街に笑顔の皺が染み付いたようなオヤジが経営する肉屋があるのだが、その肉屋の店主は商店街の会長をする反面、他の店主たちにお金を貸していたらしい。そして、お金の取立てがはじまってから店主とその家族たちは姿を消す羽目になったというのだ。厳しい口調の取立ては連日深夜晩くまで続き、ひどい場合は店で使っている肉切り包丁で頬っぺたを小突かれた人もいるみたいだ。


 商店街の店が減れば肉屋の売り上げも落ちることは目に見えているのに、背に腹は変えられないってことなのか。


 妻から電話があった。会社帰りに肉を買うように頼まれ、おれは久し振りに商店街に寄っていくことした。ちょうどよかった。肉屋のオヤジには言ってやりたいことがある。


 80メートルの範囲で営業しているのは肉屋以外にゲームセンターと本屋だけ。どこにも客はいない。ビニール袋が風に舞い、設置されているゴミ箱は倒れたまま放置されている。幼い頃から慣れ親しんできた商店街は見るも無残な最期を迎えようとしていた。


 おれは肉屋に足を踏み入れた。三段対面ケースに並ぶ肉は色が変色しておらず、赤味は新鮮さを強調するように見事なピンク色をしていた。仕入れする資金には苦労していない様子。


 肉を選ぶ素振りをして店主にさり気なく訊いてみた。

「おじさんは金貸しをしてるのかい?」

「どこで聞いたんです……そんな話を?」

 肉屋のオヤジはニヤッとして笑顔でごまかそうとする。

「この商店街が寂れたのはおじさんの取立てのせいだって聞きましたよ」

「そんな噂を信用しちゃいけません」

「ははは……」

 やんわりと否定され、調子が狂ってしまった。追求して追い込んでやろうと思っていたが不発に終わり、仕方なく豚バラ200グラムを注文した。

「すいませんね。あいにくこの店に豚バラはないんだ」

「えっ?」

 思わず驚きの声を上げ、ケースを見るとどの肉にも種類や値段などの表示はなかった。


 妻から代用となる肉のことを聞くために店から一歩出て携帯で連絡をとった。第一声は「遅いわね、いまどこにいるのよ!」という苛立ちの声。携帯から耳を遠ざけて話さなければいけなかった。


「駅前商店街の肉屋にいるんだ……豚バラがなくて……」

「そんなところで買わないでよ。近所のスーパーで買ってきて」

 おれの言葉を途中で遮ってまくし立てると一方的に電話を切った。


「すまない。豚バラ以外は必要ないようだ」

 携帯からもれた妻の声が聞こえていないことを祈りながら嘘をついた。笑顔はぎこちない作り笑いになった。


「お金を借りてこの商店街を去った店主たちは不自由なく暮らしてるよ」

 肉屋のオヤジはお金を貸していることを唐突に認めた。


「よくそんなことが言えたもんだ」

 おれの目付きはきつくなる。

「あんた、奥さんに主導権を握られているみたいだな」

「なんだと!」

 挑発的な言葉を浴びせられたおれは再び店の中へ入り、肉屋のオヤジを威圧した。


「図星だな」

 肉屋のオヤジは笑って歯を見せた。全部きれいに金歯で揃えられている。

「お金を貸すとき、利息はトイチ(十日で一割)なのか?それともアケイチ(一日一割)なのか?だいぶ儲けているみたいだな」

「いいや、お金には興味がないんだ。安全な肉の仕入れ先を確保するための苦肉の策さ。私はお客様においしい肉を提供したいだけだ」


 鳥インフルエンザやBSEに汚染された肉以外を探すのが困難になってしまった先般、汚染されている可能性が100パーセントでもラベルに正直に表示すれば販売しても良いと国から通達が出た。食べる食べないを決めるのは自己責任。食糧不足のため、リスクを背負って貴重なタンパク源を摂取しなければいけない時代になってしまった。


「どこから肉を仕入れてるんだ?」

 おれは眉を寄せて尋ねた。

「この世で汚染されてない種類の肉がまだ大量に残っていることをみんな気づいてないんだ。ところでお客さん、相談だが……」

 肉屋のオヤジが急に深刻な顔をしながら話しのほこ先を変えた。

         ★

         ★

         ★

「持ってきたぞ!」

 おれは肉屋の裏口で荷物を下ろした。

「意外と早かったな……どれどれ、ほぉ〜良い肉だ」

「いくらになる?」

「そうだな…これでどうだ?」

 肉屋のオヤジは指を3本立てた。

「もう少しなんとかならないか?」

「昨日、本屋の店主から家族3人分の肉を仕入れることができたから当分在庫には苦労しないんだよ」

「安全な肉を求める客は大勢いるだろ」

 肉屋のオヤジは頷きながら尻ポケットから札束を出した。

 おれは金を無造作に掴み取ると数えはじめた。

「そんな大金何に使うんだい?」

「妻のお墓でも建ててやろうと思ってさ」

 おれの答えを聞いた肉屋のオヤジは「フン」と鼻から息を出して笑った。

                 

                                       〈了〉








ホラー(連載)ですでに完結している「無期限の標的」と「狂犬病予防業務日誌」を投稿しています。

ホラー(短編)では「彼女の好きなモノ」「近未来の肉屋」「付きまとう都市伝説」「娘、お盆に帰る」「水たまり」など多数投稿しています。

恋愛(短編)では「木漏れ日から見詰めて」という作品を投稿しています。

すべての作品には意外な結末を用意してありますので、読んでくれた方はぜひ感想と評価をよろしくお願いします。感想によるコメントは必ず返信したいと思います。

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― 新着の感想 ―
[一言] 小説を拝見しました・その7 ホラー作品で肉屋という事は・・・・と思っていたらやっぱりその通りだった。
[一言] 人肉と解ってはいたものの、主人公まで手を染めてしまうとは。 しかし一体誰が肉を買うのでしょうか?
[一言] はじめまして、結城陸空と申します。小説読ませて頂きました。 結末に期待せよとのことで期待して読んでいたのですが、肉、ホラー、人が消えるのキーワードから人肉にはすぐに気がついてしまいました。…
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