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月下小話




 もしも私にとっての赤が、あなたにとっての青だったら、どうなると思う?




 笑う少女の唇は、血の気の薄い白い肌に、禍々しいほどの鮮やかさを放つ赤にかがやいている。


 美しい少女だ。水晶じみて色素の薄い、かろうじて残った白さが流れる血の赤を隠す肌。星空をくりぬいて磨き上げ、涙でぬらした宝玉の双眸。さらりさらりと小波を刻んで揺らぐ、月のない夜に染められた髪は、光を呑み込むように、ただ、黒い。

 同色のワンピースから、惜しげもなく晒された少女らしい華奢な手足が、月光に浮かび上がって艶かしい。正直目の毒だ。

 まぁ、苦言を呈したところで、




 毒とわかっていながら、無防備に瞳を晒すのは、なぜ?




 と、妙に鼓膜に響く、高く甘い声音で、無邪気に尋ねられてお終いなので、口を噤んで視線をはずす以外にないのだが。

 彼女は、いつまでも問いかけに答えないこちらを、訝しむこともなく月を見つめている。

 まるで、窓辺に咲いた花だ。黒い葉茎と白い花弁の、可憐で毒々しい花。美しいと感じ入るには垢がなさ過ぎ、儚いと嘆くには存在感がありすぎる、蟲惑の一輪花。

 花がもたらした謎かけに返したのは、お決まりの、そっけない一言だ。すなわち、




 わからない




 である。

 欠片も共感を得られない、実に冷たいお決まりに、けれど花は嬉しそうに笑う。

 唯一の色彩である赤が笑みに歪むとき、ただただ幻想的でしかなかった彼女は、生々しい危うさを纏うのだ。目にしたものをたちまちに虜にする、魔性とも呼ぶべき“女”の香り。女王蜂が先天的に保持するフェロモンの性質に近い。

 ……幾度も目にするうちに、すっかり慣れてしまった。




 

 色素の薄い瞳を見つけるたびに、不思議に思ったわ。

 青い目の人は、世界が青く見えているのかしら。

 緑の目の人は、世界が緑に見えているのかしら。

 この黒い目に映るのと同じ世界が、見えているのかしらって。


 でも、ねぇ、夕べね、ベッドの中で、もうちょっと考えてみたの。

 たとえば、わたしに見えている赤い色が、あなたが見ている青い色だとしたら。

 そして、わたしに見えている青い色が、あなたが見ている赤い色だとしたら。

 ……その違いが、どれほど私たちを遠ざけるかしら。





 無邪気に、本当に無邪気に、彼女は言った。

 “わたしの見ている世界と、あなたが見ている世界が、違うものだとしたら”

 ……なにを大げさにと、笑うことができなかった。

 人間は五感から得る情報で世界を認識している。味覚、触覚、嗅覚、聴覚、そして視覚。そのすべてがわたしたちが世界を認識するために不可欠なもので、一つでも欠ければ、ごく些細な日常の動作ですら不安定なものになる。専門的な補助を必要とする致命度でなかったとしても。

 脳が、五感で得た情報を元に、“自分にとっての世界”を構築しているのではないだろうかとさえ、思うほどに。



 

 わたしが赤い黄昏を見て、きれいね、っていったとき、

 あなたは青い黄昏を見て、そうだね、っていったのかしら。

 わたしが青い硝子を見て、すてきね、っていったとき、

 あなたは赤い硝子を見て、そうかな、っていったのかしら。

 わたしが赤い洋服を見て、はでだわ、っていったとき、

 あなたは青い洋服を見て、かわいい、っていったのかしら。


 ねぇ、考えて。できれば、違うよって言って。

 わたしたちは、同じものを見てるって。

 同じ気持ちで、同じ場所にいるよって、言ってよ。




 縋るような言葉とは裏腹に、弾む声で花は歌った。得意げな表情は、考察に至った自分を褒めろといいたげだ。親を手伝って褒められたがる子供と同じで。

 彼女は少女すぎた。やわらかな体、あまい声、無邪気なしぐさ、子供じみた感性、妖艶と清廉の狭間で揺れる“少女”。自分とは違う生き物ではないかと疑わせる細い肢体を前に、“同じ”などとは、軽々しく口にすることができなかった。




 考えたとき、とてもこわかったわ。

 ……まるで、違う世界に生きてるみたい。

 わたしもあなたも、確かにここにいて、お互いを見て、お互いの言葉を聴いて、お互いを想っているのに、本当は別世界にいて、手をつなぐこともできないくらい、遠い遠いところにいる。

 ささやかな日常の景色のひとつですら、同じものを見ていない。わたしの感動と、あなたの感動は、違うものを見て、違うことを感じている別のもの。よく似ているけれど、決定的に違う。

 

 けれど、けれどね。

 本当にこわいのは、




 そうじゃないって、否定して、救ってもらえないのに、

 そうだって、肯定して、絶望さえもらえないことなのよ。








 すべてを隠す月の下。

  少女は笑って、そう言った。

 執筆力が乏しいので、分かりづらい内容になってしまったかもしれませんが、読んでいただけてとても嬉しいです。

 少女が問いかける世界観の相違を簡略化した謎かけは作者の持論です。考え付いたとき恐怖したのは本当。主人公の性別を明記していないのは故意。少女らしい少女を前に揺らぐ主人公の心境を推察するより、少女の問いを強調したかったんです。

 ちなみに彼女と同じ問いを作者がすると、しめくくりは“私の愛とあなたの愛は、どれほどに違うんだろうね?”になります。同じ世界にすらいられないのに、同じ気持ちで愛することなんかできやしない。

 ……ネガティブロマンチストを自称したいです(笑)。


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