Runaway boys
この劣悪な環境に意識が遠のき始めた頃、トラックは頻繁に停止するようになった。別の車のブレーキ音やクラクションも聞こえる。おそらく市街地に入り、信号に捕まっているのだろう。それと同時にエミリーが外の様子を窺い始める。シートがめくれる度に明りが差し込み、こもっていた悪臭が薄まるので僕の脳もやっと活動を再開した。
誰にも見つかることなくこのトラックに乗り込むのには成功したが、一番の問題は降りる時だ。走っている間に飛び降りるなんて映画じゃないんだから無理に決まってる。そんなことしたら死んでしまうか、よくて大怪我だ。とは言え、いきなりデイビスにシートを剥がされでもしたら一巻の終わりだ。警察に突き出され、やはり家に戻されてしまうだろう。トラックがちゃんと停まってから、誰にも見られないように降りなければいけない。
しばらくしてトラックが停まり、サイドブレーキを引く軋んだ音が響いた。おそらくリサイクルショップに到着したのだ。どうやって降りようか、見つかりはしないかと、心臓が破裂しそうなほどの鼓動を響かせる。僕のそんな心配をよそに、ドアを開けてトラックを降りたデイビスは荷台へは来なかった。シートから顔を出して外を覗くと、デイビスは自分の店の閉じられたシャッターの前に立っている。鍵を開けようとしているのだ。僕とエミリーは顔を見合わせて頷くと荷物を摑み、車道側から急いでトラックを降りた。
表通りに出た僕は、たいして賑わってもいない夜の町になぜか興奮を覚えた。フィンチャーズ・フィールドの中心地とは言っても所詮は田舎だ。テレビで見るニューヨークやロスとは比べ物にもならない。それでもこの時間、こんな場所にいることに、何か悪いことをしているかのような気分になったんだ。黙って家を出てきたのだから、もちろん悪いことには変わりないけど。商店の明かりとネオンに彩られたバーの看板。昼間の様子とは全く違う大人の世界。しかも、今は親と一緒じゃない。学校の先生にでも出くわしたらどうしようなどと考えると思わずキョロキョロしてしまう僕とは対照的に、エミリーはわき目も振らずに駅を目指して歩いていく。やっぱりマイアミ育ちの彼女にとって、ここはただの田舎なんだろう。
幸い駅の周りにも知り合いはいなかった。構内に入るとエミリーは、切符を買ってくるからベンチで待ってろと僕に言う。一緒に行くと言い返した僕の頭の先から爪先までをジロジロ眺めながら顔をしかめた。
「あんたじゃ、子供だってすぐに分かるわ」
何てことを言うんだ、この女。一番言っちゃいけない言葉だろう。自分でも矛盾してると思うけれど、大人はずるいとか、大人は汚いとか、大人を毛嫌いしながらも自分が子供っぽく見られるのは最悪のことなんだ。僕は目にありったけの力を込めてエミリーを睨みつけた。彼女は怯むどころか、さらに鋭い目で僕を睨み返してくる。そして明るい所で見て初めて、エミリーが化粧をしていることに気が付いた。確かに、これなら彼女が十五歳と分かる奴はいないと思う。僕と一緒に歩いていても、弟を連れた女性という風に見られるだろう。ものすごく悔しいけど。僕は腕時計をちらっと見た。今はもうすぐ十時になろうとしている。僕が行っても「子供がこんな時間にどこへ行くんだ」と尋ねられてしまうだろう。男は化粧なんてしないのだから仕方がない、と僕は自分を納得させて引き下がることにした。ここでくだらない意地を張っても、また子供っぽいとバカにされるだけだ。
エミリーが完全にイニシアチブを取っているのは正直気に入らない。僕を子供扱いしていることも。でも、これはそもそも彼女が立てた計画なのだし、実際彼女に従っていなければ、今こうして電車に揺られていることもなかっただろう。
フィンチャーズ・フィールドの小さな市街地の灯りなど、あっという間に過ぎ去った。向かいに座っているエミリーは窓の枠に肘を載せ、無表情で外を睨みつけている。でも窓の外はまさに真っ暗闇であり、ガラスには車内の様子が映っているだけだ。もしかしたら、窓ガラスに映る自分の顔に見とれているのかもしれない。こいつはきっとナルシストだ。
「何でギターなんか持ってきたの?」
口を開いたかと思えば僕を非難するような口調で質問してくる。
「いいだろ。ギターがないと生きていけないんだよ」
格好つけて言ってみたが、かなりキマったと思う。実際は去年のクリスマスに貰ったばかりで、それまではギターなんか触ったこともないまま生きてきたんだが。まだまともに弾けるわけじゃないけど、そんなことエミリーには分かるもんか。
「ふんっ」
エミリーはバカにしたように短く笑うと窓の方に顔を戻した。やっぱりこの女は嫌いだ。




