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EMILY  作者: 中根 愛
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Are you gonna go my way

 待ち合わせ場所のガソリンスタンドに着くまでに数台の車とすれ違ったが、僕を気に留める者はいないようで、どの車も素通りしていった。ガソリンスタンドの煌々とした灯りを避け、陰になる場所を選んで歩き、建物の陰でエミリーを待つ。彼女はいったい、ここからどうやって町を出るつもりなのだろう。そして町を出た後はどこへ行こうというのだろう。僕の希望としては是非シアトルに行ってみたい。カートの本拠地。行ったってもうカートに会えるわけじゃない。それでも彼の何かを求めてシアトルに行く、それが大事なことなんだ。

 エミリーは約束の八時を三分ほど過ぎた頃に自転車でやって来た。荷物は小さめの茶色いトランク一つだ。建物の陰まで来て自転車を降りると無言のまま僕を眺め回した。僕はネルシャツにジーンズ、緑のカーディガンの上にGジャンをはおっている。

「そのカーディガン、いったい何なの?」

エミリーが顔をしかめて訊いてくる。ダサいとでも言いたいのか、まったく大きなお世話だ。

「いいだろ、別に」

こんな奴に教えてやるもんか。

 去年の秋、母さんがセーターを編んでくれると言うので、どうせなら緑のカーディガンにしてくれと頼んだ。カートが着ているような。言っておくけど、これは真似じゃない。リスペクトだ。でも出来上がったカーディガンはカートが着ているのよりも遥かに鮮やかな緑色だった。もっとダボッとしてヤレた感じにしたかったのだが、僕が壁に擦り付けたり汚したりする度に母さんは洗濯してしまう。その度に少しずつ縮んで、今ではジャストサイズになってしまった。いい感じに汚れてくる頃には、きっと小さくて着られなくなってしまうに違いない。まったく、思い通りにいくことなんか僕の場合ほとんどないんだ。

 僕の髪もそうだ。黒くて、おまけにクセがあって。襟足が伸びてくると変な風に外にはねてしまう。だからその前に切らなくちゃいけない。ミュージシャンぽく伸ばしてみたところで、きっと八十年代のヘヴィメタル野郎みたいになるのがオチだ。まあ、肩に届く前に父さんと母さんに無理矢理切らされるだろうけど。

 僕の容姿について感じの悪い反応を示したエミリーはと言えば、朝とは違いブロンドの髪は下ろしている。真ん中から割れた前髪の間から覗いている額は、白く滑らかな陶器のようだ。いつも着ているムートン調のコートに細身のジーンズとヒールの高いブーツを履いているのでかなり大人っぽく見える。

「それで、どうやって町を出るんだ? バスにでも乗るのか?」

道路の方を窺っていたエミリーは、僕の質問にうんざりしたような顔を向けた。

「バカじゃないの? こんな所でバスに乗ったら、すぐに運転手に見つかって連れ戻されるわよ」

浅はかな子供の考えだと言わんばかりの態度が頭にくる。

 確かに、ここから駅のある市街地に向かう路線バスの運転手なんて、ほとんどが知り合いだ。こんな時間に僕達が繁華街へ向かうのを見咎められたら、まずいことになるだろう。

「だったら、ちゃんと考えてあるんだろうな?」

僕の再びの質問にエミリーは道路に目を戻したまま掌をこちらに向けた。

「しっ! 来た。隠れて」

 通りに目を遣ると、住宅街の方角からやって来るヘッドライトが見えた。近付いてくると、それがデイビスのピックアップだと分かった。町でリサイクルショップを経営している。毎週月曜日にここら辺の住宅街を回り、不用品を回収して店で売るのだ。店といっても倉庫のような場所で、中はほとんどガラクタ置き場だけれど。

 汚れたカバーオールにジャンパーを羽織ったデイビスは、僕達がいるガソリンスタンドに入るとトラックを停めた。

「回収が終わると、ここで給油して帰っていくのよ」

建物の壁に張り付くようにしながら様子を窺っているエミリーが呟く。あのトラックの荷台に隠れて町まで行くつもりなのだと分かった。デイビスのリサイクルショップからなら、駅へは歩いて行ける。

 給油を終えたデイビスはライアンがいる事務所へ入っていく。僕達は壁から離れると身を低くしてトラックへ近付いた。デイビスが手を上げて挨拶をすると、読んでいた新聞から顔を上げてライアンがそれに応える。二人ともこちらには注意を払っていない。トラックの荷台には、今日回収したと思われる品物がわずかばかり載っていて、その上に黒っぽいシートが被せてある。小さな町だ、そうそう不用品が出るはずもない。僕達はまずそれぞれの荷物を荷台に置いた。細心の注意を払ってギターを積む僕をエミリーは「早くしなさいよ」と小声で急かしてくる。うるさい女だ、ギターが壊れたらどうする。荷台の縁に手を掛けて身体を引き上げると、ガソリン代を払ったデイビスは事務所の奥のトイレへと向かうところだった。先に荷台に乗った僕は縁に足を掛けた状態で難儀しているエミリーに手を貸してやった。強く握ったら折れそうな細い腕をぐいと引っ張り、何とか二人とも荷台へ上がることが出来た。急いで荷物と一緒に油臭いシートの下に潜り込む。

 車のバッテリーと冬用タイヤの間に腹這いになった。何だか変な匂いがする。すぐ横にあるタイヤは犬の糞でも踏んだんじゃないかとうほど、殺人級の強烈な臭気を放っている。

「おえっ!」

気持ちが悪くて思わず声が出てしまうと、目の前で同じように腹這いになっているエミリーに肘で小突かれた。手で口と鼻を覆いながら何とか堪えていると、トラックのドアが開く振動が伝わり、やがてエンジンが掛かり走り出した。

 シートを被った暗闇の中、揺られているのは決して気持ちのいいものではない。しかも変な匂いが充満しているのだ。僕は腕を伸ばしてシートの端を持ち上げ、僅かばかり流れ込んでくる外気に救いを求めた。エミリーも同じ状況のはずだが、何の物音も立てず身動きもしない。デイビスがそんなに注意深い人間だとは思えないが、ひとたび見つかりでもすればこの計画は台無しになるのだ。町を出ることにそこまで強い決意で臨むエミリーを少し不思議に思った。

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