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EMILY  作者: 中根 愛
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 今夜の計画のことで頭の中はいっぱいだ。授業の内容なんてまるで入ってこない。次の授業は何だったかとロッカーの前で悩んでいる時、朝のバスでエミリーと一緒の席に座っていたことを聞きつけた友人が冷やかしにきた。そんなつまらない事ではしゃいでいられる彼らがガキっぽく見えてしょうがない。確かに僕とエミリーがキスでもしてたっていうならニュースになるのも分からなくはないけど。ただ隣に座っていただけだぜ。今夜町を出るという誰にも言えない秘密を抱えた僕は多少の優越感を伴って友人を見下していた。こいつも明日には僕のしでかしたことで腰を抜かすに違いない。とりあえず「音楽を聴きながら眠っていたから気が付かなかった」とごまかしておいた。

 今日は科学のクラスはないから、あれ以来エミリーとは顔を合わせなかった。帰りのバスに乗り込み、彼女は果たして本気なのかと考える。僕をからかっているだけなんじゃないか、と。冗談を真に受けて待ちぼうけをくらっている僕をエミリーが皆と笑いに来るんじゃないか、そんなことも考えた。でもエミリーにはそんな悪戯を一緒に計画するような友達はいないはずだ、なんたってフィンチャーなんだから。それに、皆から無視されているだけで、特にいじめっ子達の標的にされているわけでもない。誰かに強制されて行動するようなタイプとも思えない。

 もしエミリーが何かを企んでいるのだとしたら、僕はその裏をかいてやらなくちゃいけない。彼女がなぜそんなことをするのか全く分からないけれど。僕だけが特別恨まれているなんてこともないはずだ。今まで関わりなんてなかったのだから。僕はこの不可解なゲームで何とか勝者になることを考えた。

 もし僕が約束をすっぽかしたらどうなるだろう。エミリーは一人で町を出て行くのだろうか。それとも怒って文句を言ってくるだろうか。どちらにしても僕が土壇場で怖気づいた、エミリーにそう思われるのがおちだ。それは悔しいから、やっぱり行くしかないだろう。

 憂鬱な気分で溜息をつき窓の外を眺めた。低速で流れる車窓に上級生達の車の列が見える。その中の一際派手な車が目に付いた。1961年型のサンダーバードだ。エメラルドグリーンのコンバーチブル。薄汚れた4WDが圧倒的に多い中、ピカピカに磨かれたそれは実際以上に眩しく見える。市長の息子、グレアム・シェパードの車だ。運転席のグレアムは短く刈り込んだ髪にサングラス、革ジャンを着てすっかりトム・クルーズになりきっている。取り巻きである三人の男子生徒を乗せ、通り過ぎる女子生徒達に手を振って声を掛けていく。すると、声を掛けられた女の子達は笑顔で手を振り返し、通り過ぎたグレアムを振り返りながら嬉しそうに飛び跳ねる。まったく鼻持ちならない連中だ。

 兄のウォルターが通学に使っている中古のブロンコが停まっているのも見えた。僕の家族にしては頭の出来が良い彼は、マサチューセッツ工科大学を目指している。本当は一緒に乗せていってくれたら楽なのに、ウォルターは毎朝早く家を出て、しかも放課後も図書館で勉強しているらしいから、僕はスクールバスで通学しているわけだ。僕も早く免許を取って車に乗りたい。こんな田舎町じゃ当然だ。車がなきゃ不便でしょうがない。

 バスはしばらくしてフィンチャーの元農場の前を通った。今日は快晴のため、朝見た時よりも雪が少なくなっている。敷地の境界を示す木の柵は所々壊れ、黒い土の地面は水分を含んで重たそうだ。僕がまだ幼かった頃は、この広い敷地の中に牛や羊がたくさんいたのだろうが今は何の生き物も見えない。柵の向こうには数本のカエデの木があり、その間から粗末な小屋が見える。そこがエミリーの家だ。元々はフィンチャーが雇っていた労働者の宿舎だったらしい。今はシェパードに家賃を払って住んでいるのだ。

 フィンチャー家の事情については、この町の皆が知っている。何せあの一族は注目の的なのだから。それでも悪意のある噂話も多分に混ざっているのだろう。どこまでが本当なのかは分からない。それを確かめるため、本人に話し掛ける奴などいないのだから。

 例えば、ミシェルは母親の看病のために帰って来たと言われているが、なぜ旦那は一緒じゃないのか。それはミシェルの性格が原因で夫に捨てられ離婚したからという噂。その性格というのも、彼女はお嬢様育ちであるために浪費家で高慢ちきだとか性に対して奔放だとか、親しく付き合いのある者などいないはずなのに、それらが当然のように囁かれている。そして、働いているわけでもないのになぜ家賃が払えるのか、ということについては本当に酷い噂がある。それは、ミシェルはシェパードの愛人だから、というのだ。つまり、ミシェルは家賃を金ではなく身体で払っている。そのうちミシェルが歳をとり美貌が衰えてきたら、エミリーが代わりに払うのだろうという下世話な予想を立てる輩もいるようだ。

 もちろんそういう噂を流すのは一部の大人達だ。しかし、そういう話は子供の耳にも入ってくる。大人が思っている以上に子供は親が話すことに聞き耳を立てているんだ。大人がうっかり口にした噂話は、おもしろおかしくデフォルメされて子供達の間にも広がっていく。

 エミリーの家の周りは荒れ放題だ。壊れた家具や、農場をやっていた頃の重機や器具が転がり土や落ち葉にまみれている。日陰の溶けない雪はガチガチに固まり、ほとんど氷になっているのだろう。まあ、あそこの家には女性しか居ないのだから仕方がないとも言える。たまに町でミシェルを見かけることがあるが、病気の婆さんがいるからか、用事を済ませるとすぐに帰っていくのだ。そんな母親と祖母を置いてエミリーはどこへ行くと言うのだろう。そんな事を考えているうちに家に着いてしまった。


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