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EMILY  作者: 中根 愛
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Hot For Teacher

 日が明けても雨は降り続け、日曜日だってのに結局家から一歩も外には出なかった。僕を連れ戻すため仕事を休んだ父さんは、その埋め合わせとしてほとんど一日消防署に詰めている。ウォルターは勉強で、母さんは僕をどう扱っていいのか分からないようで詮索はしてこない。僕はといえば、たまにギターを弾いたり壁を相手にキャッチボールをしたりして過ごした。おかげで旅の疲れも取れて食欲も元に戻ったし、若いってのは素晴らしいだろう。

 月曜日の朝は清清しく晴れて、旅に出ていた辛い日々がまるで遠い昔のように感じる。それでも、そんな気持ちはすぐに打ち砕かれた。学校にはいつものように一人でバスに乗るのではなく、父さんが運転する車で連れて行かれた。母さんも一緒だ。親と一緒に学校へ行くなんて恥ずかしい。でも、あんな問題を起こしたのだから仕方がない、と今朝父さんに厳しい口調で言われてしまった。クラスに出る前に校長と面談をしなければいけないらしい。

 僕はここ数日の間にずいぶん有名になったらしい。学校に着き車から校長室に向かう途中、生徒達の目は僕達家族に向けられていた。同級生はもちろん、上級生もあからさまな好奇の目で僕を眺め回す。その中には、あのグレアムの顔もあった。そして下級生までもが遠巻きに固まってこっちを指差している。これからの学校生活はどうなっちゃうんだろう、と僕は不安を感じずにはいられない。


 今まで別段問題など起こしたことのない僕が校長室に入るのは初めてだ。禿げ上がった額に深い皺を刻んだ校長の隣で、父さんと同じくらい太い腕を組んだ体育教師のシュミットがいる。ごつごつした岩のような輪郭、磨かれた金属のようにてかっているせり出た額の下にある細目が僕を睨んでいる。頑丈そうな大きな顎のせいで首はほとんど見えない。プロテクターを着けなくてもフットボールの試合に出られそうな肩と分厚い胸が顔のすぐ下にある。生徒からは『アイアン・シュミット』と呼ばれ恐れられている教師だ。

 まず、なぜ家出をしたのかと質問され、僕はちょっとした憤慨を感じた。家出ではなく旅に出たと言って欲しかった。それでも理由などないのだから何とも答えようがない。そんな僕を父さんと母さんが心配そうな顔で見ている。

「まあ、いいでしょう」

わずかな間黙っていただけで、校長は訳知り顔で頷いた。ちょっとした家出など、これぐらいの思春期の少年にはよくあることだ、と長く教育機関に携わっている自身の経験と経歴を僕の両親にひけらかし始めた。子供達の考えることなど全て分かっているといいたいのだろう。

 それから、僕らの世代にとって不適切な行為があったかなかったかという質問に移った。つまりセックスだ。僕とエミリーの間に性行為があったかということを訊きたいのだ。僕が即座に否定をしたにも関わらず、二人はしつこく質問を重ねてくる。きっと彼らが一番知りたいのはそのことなんだろう。しかも、当然あったものとして訊いてくるのだから嫌になる。

 俯いたまま僕の左隣に座っている母さんに目を遣った。母さんは眉根を寄せて落ち着かなげに校長と父さんを交互に見ている。大体、親の前でする話じゃないだろ、何て無神経なんだ。少しは気を遣えよ。母さんの様子を見て気の毒になり、僕は心の中で悪態をついた。

 父さんが堪りかねた様子で「自分も確認したが、本人はないと言っていた。息子を信じてやって欲しい」と訴えた。しかし校長とアイアン・シュミットは「これくらいの少年は本当のことをなかなか言いたがらないものだ」と、なだめるような口調で父さんを説得し始める。その間も母さんは、この世の終わりみたいな顔でおろおろしている。ウォルターに経験があるのかどうかは知らないが、あいつがベッドの下に隠しているポルノ雑誌を見つけたら、母さんはきっとショックだろうな。父さんと校長達が喧々諤々している中、僕はそんなことを考えていた。この中で一番冷静なのはこの僕だ。そのことだけは自信を持って言える。

 一番の当事者でありながら、僕はこの状況を冷めた気持ちで眺めていた。いったい、いつまでこんな話を続けるんだろう。

「ジェラルド・フランチェスカ・シモンズ!」

校長が突然僕に顔を向けてきた。フルネームで呼ぶなってんだ。

「このまま君が黙っていると、ご両親にも迷惑が掛かるんだぞ。本当のことを言いたまえ」

さっきから本当のことを言っているのに、まるで信じちゃいない。僕がエミリーとヤッたと言えば気が済むんだろうが、無かったことをあったとは言えないだろ。

 校長が身を乗り出して僕の答えを待っている。額の皺はいっそう深くなり、どのくらいあるのだろうとつい考えてしまった。その皺に定規を差し込みたくなる衝動に駆られ、差し込んだ反対側の先端に消しゴムを置いて弾き飛ばしたら、そんなことを想像してしまう。飛んだ消しゴムがアイアン・シュミットの落ち窪んだ目に嵌めこまれ、校長の額の皺に差し込まれた定規は、しなりながら上下に揺れている。その様を思い浮かべると口元がヒクヒクと緩んでしまった。

「何かね?」

半笑いの僕に校長が迫ってくる。まずいと思いながらも笑いが止まらない。

「い、いえ……父が言ったとおり……です」

何とかそれだけ答えたが、これで校長とアイアン・シュミットの僕に対する心証は最悪になってしまったようだ。


 それからの僕は教師達に要注意人物として認識された。扱いづらい情緒不安定なアナーキストだと。まるで腫れ物にでも触るような対応になった。でも変わったのは教師だけじゃない。

 最初の頃は友人達が僕を冷やかしに集まってきた。でも訊いてくることはみんな同じだ。

「エミリーとヤッたんだろ? どうだった?」

どいつもこいつも興味津々のチェリーボーイだから仕方がないのだろう、そういう僕も同じだけどね。それでも段々うんざりしてくる。何も答えないでいると、奴らはバカにされたと思って今度は僕を侮辱してくるんだ。そういう経緯で喧嘩になることもあった。その度に止めに入る教師は決まって言う、「あいつは、あんなことがあって情緒不安定なんだ」と。僕は精神耗弱状態で責任能力はなしとみなされている。そういうことだから、喧嘩になれば僕ではなく相手が罰を受ける。

 こんなことが続けばどうなるかは想像できるだろう。僕と絡めば面倒なことになるからと友人は次第に距離を置き始めた。次第に僕は一人でいることが多くなった。


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