Runnin' With The Devil
朝起きると少し頭痛がした。二日酔いだ。それでも、アリーの仕事は正午からだというのでゆっくりすることができた。フランクが車を運転し、アリーを職場のファミリーレストランで降ろした後に僕達を駅まで送ってくれることになった。四人で車に乗り込む頃には僕の頭痛も治まったし、エミリーに至ってはまるで平気なようだ。
アリーの職場に着くと世話になった礼を述べた。泊めてもらった上に食事までごちそうになって、いくら感謝しても足りないくらいだ。それでもアリーは「たいしたことじゃない」と、笑いながら応えてくれた。決して美人という部類には入らないだろうけど、その温かな人柄が滲み出る彼女の雰囲気は、いつも一緒にいたいと思わせる何か特別な魅力を持っている。そのアリーが僕の手を両手で握り、顔を覗き込んできた。
「こっちこそ会えて嬉しかったわ。ただ、ひとつだけ約束して欲しいの。必ずご両親に連絡をして。無事だってことを伝えてね。きっと心配してるわ」
できるかどうか分からない約束だったが、僕は頷いた。するとアリーは目に滲んだ涙を指で拭き取り、僕とエミリーを交互にハグした。運転席のフランクに「二人をきちんと送っていってね」と念を押すと、とびきりの笑顔を残してレストランの従業員出入り口に消えていった。
アリーと別れ、フランクの運転する車で走り出すと無性に寂しくなってきた。親切で明るいアリー。彼女と再び会う日は来るだろうか。
「アリーにまた会いたいわ」
後部座席で呟いたエミリー、彼女も僕と同じ気持ちだったらしい。
「それを聞いたら彼女も喜ぶだろうな」
前方の道路に目を向けたままフランクが笑った。彼は同性である僕から見ても男前だと思うし、何よりその生き方が格好いい。アリーがフランクに惹かれるのも分かる。僕がアリーのためにできる恩返しといえば、彼女が望むことの手伝いぐらいだろう。
僕は助手席からフランクへ話し掛けた。
「アリーはとってもいい人ですね。彼女との将来は考えてるんですか?」
「は?」
フランクはきょとんとした顔で僕を見た。どうやらアリーの気持ちに気付いていなかったらしい。
「あなたの旅も、そろそろ終着点じゃない?」
エミリーは僕の意図を察したらしい。後ろを向いた僕は、上手いことを言った彼女に親指を立てる。フィンチャーにしては上出来だ。
「いいかげんにしてくれよ……」
僕らはからかっているつもりじゃないんだが、フランクは気を悪くしたみたいだ。突然、突き放すような冷たい口調で言い放った。エミリーも僕も口を閉じ、車内の空気が重くなった。もし、これが原因でフランクとアリーが上手く行かなくなったら。そう思うとすごく不安になってきた。しかし、フランクはこちらを一瞥すると乾いた短い笑い声を上げた。
「もううんざりなんだよ。あいつが作ったマカロニチーズの酷さを知らないだろ。あんなもん一生食わされると思ったらゾッとするぜ。あれだったらムショの飯のほうがまだマシだ」
「ムショ?」
昨夜感じられた温かさは、今のフランクには微塵もない。何が何だか分からないが心臓がちくちくしてきた。フランクはタバコを咥えると火を点け、煙を吐き出しながら自嘲気味に笑う。
「ああ。強盗に入った先で仲間がドジなヘマやらかして五年もくらったんだ。まったく冗談じゃねえ」
「あんた、いったい……」
僕の問いに、フランクは着ていた革ジャンの胸ポケットを誇らしげに叩いた。
「まあ、頂くもんは頂いたし、もう潮時なんだよ。ああ、お前エミリーって言ったな。俺と一緒に来るか? お前みたいに若くて上玉だったら、俺と組めばガッポリ稼げるぜ。豚みてえに太った金持ちのオヤジどもから搾り取ってやるんだ」
卑下た笑いを浮かべて後部座席を覗き込んだフランク。エミリーは嫌悪感を露にしてこの男を睨みつけている。
「この……人でなし……」
吐き捨てるようなエミリーの言葉を受け、フランクは前を向いて肩をすくめた。
車は新緑が生い茂る長閑な田園風景の中を走っている。車内の張り詰めた雰囲気は、この悪党の横顔の向こうに見える景色に全く似つかわしくない。群れを成して優雅に泳ぎ回る白鳥の湖に、残飯を咥えたまま迷い込んでしまったカラスはきっとこんな気持ちだろう。
「どういうつもりなんだ、あんた……」
僕の言葉にフランクが険悪な目を向けてきた。それから火が点いたままのタバコを窓の外に放り投げる。
「こうするんだよ」
僕が覚えているのは目の前に飛んで来たフランクの拳と、その直後に訪れた衝撃だけだ。