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EMILY  作者: 中根 愛
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Color Me Blind

 ガソリンスタンドから三十分ほど田舎の道を走り、アリーの家に着いた。そこは空き地の中にトレーラーハウスが立ち並ぶ場所だった。車を降りたアリーはユリノキの下に停めてある一台に向かう。入口前の庇の下ではテーブルが出され、バーベキューコンロからは煙が上がっている。その横で一人の男性がタバコを吸いながら、近付いてくる僕達に手を振った。

「ずいぶん若い客だな」

アリーによって紹介されたそのフランクという名の男性は、咥えていたタバコを左手で持つと右手を僕に差し出した。がっちりと握手をした彼の手はごつごつしていて大きく、大人の男を思わせる。

「君達にはビールはなしだな」

無精ひげの浮いた口元に笑みを浮かべてトレーラーの中へ入っていく。暗めのブロンドの短い髪、白いタンクトップの背中を向けた彼の首の付け根には蜘蛛の巣の刺青があり、僕にはそれがとっても格好良く見えた。

 アリーとフランクはビールを、僕とエミリーはコーラでこの偶然の出会いに乾杯をした。バーベキューグリルの上には厚く切られた肉ととうもろこしが載り、僕の腹の虫は大合唱を奏で続けている。それでもアリーが僕達との出会いのいきさつを表情豊かにフランクに話して盛り上がっているため、恥ずかしい思いをしなくて済んだ。

「まったくアリーは旅人を拾ってくるのが好きだな」

半ば呆れたように笑ったフランクにどういうことかと尋ねると、焼けた肉ととうもろこしを皿に盛りつけながらアリーが引き継いだ。

「フランクも旅人なの。先月私が拾ったのよ」

「どうして旅へ?」

僕はステーキにナイフを入れながら尋ねた。二十代後半と見えるフランクがなぜ定職に就くことなく一人旅に出ることを選んだのか、その経緯が知りたかった。フランクはビールを一口呷ってから口を開いた。

「戦争に行ってたんだ。ひどく暑い砂漠を何日も歩いた。何十キロっていう装備を背負ってな。次々投降してくるイラク人兵士を適当に痛めつけて捕虜にする……戦争には勝利したけど、その行為にはずっと疑問を感じてた。帰ってきてからも日常生活に戻るのはなかなか難しくてね、自分を見つめ直す時間が必要だと思ったのさ」

 果たして僕が旅人と言えるのかどうかは分からないが、このフランクという男性の生き方に感銘を受けていた。彼はその人生の中で壮絶な経験をした後、自分らしさを取り戻すために一人になることを選んだ。エミリーに言われるがまま家を出てきた僕。そこに理由などなく、それでいいとも思っていた。でもこれからは違う。自分らしさを見つけるんだ、この旅を通して。フランクは相好を崩すとアリーの肩を抱いて続けた。

「一ヶ月前、バーで飲んでる時にアリーと知り合ってね。今に至ってるってわけさ」

フランクと家族になりたいと言っていたアリーは彼の腕の中で嬉しそうに笑っている。お似合いの二人だと思った。できれば幸せになって欲しい。

 旅に出てからというもの食事といえばファストフードばかりで、今夜のステーキは涙が出るほど美味かった。次はいつ食べられるか分からない。僕はゆっくりと肉の味を噛み締めた。エミリーもアリーとフランクには打ち解けているようで、美味そうに食事をしながらよく笑っている。フィンチャーという彼女の生い立ちも彼らには関係ないわけだし、先入観などなしに付き合えるのだろう。

 食事が終わったテーブルの上にアリーとフランクが空けたビールのビンが所狭しと並んだ頃だった。酔いが回ったアリーはさらに饒舌になり、自分の生い立ちについて話し始めた。彼女の父親は、家よりも刑務所にいる方が圧倒的に多い人物だったという。

「……母はそんな父でも愛していたから、何とか更生させようと必死だったわ。でもね、私がハイスクールを卒業してプロムパーティーに出ていた時、先生に呼び出されたの。警察から連絡が入ったって……」

激しい夫婦喧嘩の末に、父親はアリーの母親をナイフで刺してしまったというのだ。近所の人の通報で父親は逮捕され、母親は病院へ運ばれたが亡くなってしまった。そこまで話すとアリーは苦笑いをしながら肩をすくめた。

「それで父は終身刑。もう一生刑務所からは出られないわ、皮肉よね……あんなに立ち直らせようと頑張ってた母を……」

今日僕らと出会った時は、その父親との面会で刑務所に行ってきた帰りだったと言う。

 アリーの苦しみは想像もできない。例えば、僕の父さんが喧嘩をして母さんを殺すなんて、どう想像してみてもホラー映画にしかなり得ない。悪魔が父さんに憑りついたとか、悪の組織に変なものを埋め込まれ操られているとか。そう考えると、自分が今までどんなに幸せだったかということに気付く。そりゃあ探せば不満なんて幾らでも見つかるさ。それでもアリーには、僕の家みたいに平凡な家庭をまるで夢のように思うんだろう。

 誰か不幸な他人と自分を照らし合わせなければ、いつも側にある幸せにも気付けない。人間ってのは勝手だ。

「どうしようもない父親だって分かってるけど、それでも会わずにはいられないの。だって、たった一人の家族なんだもの……」

アリーの目に涙が滲むと、フランクは彼女の頭に手を置き、そっと自分の肩に引き寄せた。アリーは指で涙を拭き、震える口元を上げて笑って見せた。

「でも泣いてばかりいられないでしょ? だから決めたの、いつも楽しいことを考えて笑っていようって。泣いているよりかは笑っていた方が、幸せに近付くはずだわ」

僕は胸が詰まり言葉が出せなかった。それに、今まで特に何の問題もなく家族に囲まれてぬくぬくと育ってきた自分が何か言葉を掛けたところで、アリーの哀しみを救うことなどできやしないだろう。エミリーは黙ったままアリーの手を握り締めた。

「家族の絆に」

フランクがビールのビンを掲げ、僕達はこの夜二回目の乾杯をした。

 その後、コーラがなくなるとなぜか僕とエミリーもビールを飲んでいた。冷えた苦い液体が喉を通ると、不思議なことに腹の底が温かくなってくる。その心地良さに身を任せながら、アリーの働いているレストランに来る変わり者の客の話に大笑いをしていたはずなのに、知らない間に僕はトレーラーの中のソファで眠っていた。



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