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9:魔法ギルド


「こうして、始まりの王様はこの大陸を魔物達から奪還しました。

 平和になった、けれど何もなくなってしまったこの大陸に、王様は大切に懐に入れていた一粒の種を埋めました。

 するとどうでしょう。見る間に種からは芽が顔を出し、その芽は見る見る若木へと成長を遂げ、気がつけばそこには立派な木が生えていました。その木の歌う優しい歌は大地を癒し、グランガーデンはたちまち緑の大陸へと姿を変えたのです。

 そうしてこの大陸に、真の平和が戻ってきたのでした。今も白い木はこの世界のどこかで静かに歌を歌い続けているのです。

 ……おしまい」

 パタン、と本を閉じると熱心に聞き入っていた男の子がパッと顔を上げ、満面の笑みを浮かべた。

 

「ありがとう、おじいちゃん! すごく面白かったよ!」

「どういたしまして。さて、そろそろわしは帰らねば」

 そう言って立ち上がると男の子はええ~、と不満そうな声を上げ、足元にまとわりつく。それを穏やかな声で嗜めながら、奥の部屋から母親がやってきた。

「こら、わがまま言ってはだめよ。旅人さん、すっかり子供の相手をさせてしまってごめんなさいね。せめてこれを持っていらして。クッキーを焼きましたの」

「あ、ぼくもおじいちゃんにおれいする! おじいちゃん、これ、ぼくのだいすきだったえほんなの。あげるね!」

「これはこれは。どうもありがとう、坊や。大事にするよ」

 

 またね、という明るい声に送られてウォレスは親子の家を後にした。

 歩きながらウィンドウを開き受注クエストのところを見てみると、『ラルフの絵本』 というクエスト名の脇にClearの文字が並んでいる。

 これは公園で出会う男の子に、忙しい母の代わりに絵本を読んであげる、というクエストだ。

 報酬はラルフの思い出の絵本と、手作りクッキー。この手作りクッキーは食べると知性が1上がるので、コレ狙いでこのクエストを選んだのだ。

 この思い出の絵本も実はただの本ではなく、一回きりだが範囲回復薬として使えるという嬉しいアイテムだ。

 クエスト自体もほのぼのしていてとても良かった。なんか癒された気分だ。

 クッキーはすぐに食べてしまおうと思ったが、やはりやめておくことにした。

 どうせなら後で休憩する時にでもゆっくりと食べたい。

 

 

 

 私は首尾よく終わったクエストに気を良くしながら西通りを魔法ギルドの建物へと向かって歩いた。

 今日でこのRGOの世界に来るようになって六日目になる。

 といってもRGOとリアルの時間は少しずれがあって、こちらの一時間は現実での約三十分となっている。だから実際には現実の時間よりもおおよそ倍くらいの時間をここで過ごしている計算だ。何か難しいシステムでこの時間差を実現しているらしいがあいにく興味がないのでさっぱりわからない。わからなくてもこうして遊べるのだから全く問題はないのだが。

 

 

 VRシステムは常に使用者の生体反応をチェックしていて、現実の体からの欲求を感じるとサインを出すようになっている。

 食事やトイレは勿論、インしている間は身体は動かないが脳を休めていないので睡眠もある程度必要とされている。

 健康維持の観点からそのサインを無視し続ける事は出来ないようになっているので、誰でも必ず定期的にログアウトをしなければならない。

 街にいる間は宿屋でログアウトし、野宿やダンジョンなら一定間隔で設置してある安全地帯でログアウトするのが普通だ。

 ログアウトする時の事を考えながらプレイするのが冒険者の基本らしい。

 

 私にも当然日々の生活はあるので、土日はともかく平日にログインできるのはせいぜい三、四時間くらいだ。それでも毎日こちらで八時間近くを過ごせるのだから、それを短くは感じない。

 ここに入り浸っている人は、人生の密度が倍くらいになって早く歳をとる気分になったりするんじゃないだろうか?

 

 

 

 そんなことを考えている内に、私は田舎の小さな郵便局のような建物の前に着いた。

 周囲の建物に紛れてしまっているこの目立たない建物が魔法ギルドだ。

 ドアを押すとドアベルがカラン、と可愛らしい音を立てた。

 

「こんにちは」

「いらっしゃい。知の道を歩く御方。今日は何用かしら?」

 カウンターに座るNPCのお姉さんが笑顔と共に決まり文句を掛けてくる。

 私はそれに適当に挨拶を返すと彼女のいるカウンターに近づき、そのテーブルに張り付いている白いパネルに指を触れた。

 すぐにパネルに反応があり、このギルドで利用できる施設の一覧が現れる。

 魔法講習、魔法練習室、瞑想室、図書室の四項目の中から私は練習室を選び、一室を借りた。

 魔道士であるならこの魔法ギルドの利用料はかからないのが有難い。

 

「あちらにどうぞ」

 指し示された奥への扉を開くとそこは何も無い土間のような部屋だった。

 VRならではの便利さで、扉は一つなのだが中の空間は利用者の分だけ用意される仕組みだから他人とかち合う心配はない。

 といっても、私がこの魔法ギルドを利用し始めてからもう六日目だが、未だにここでNPC以外の人と出会った事はなかった。

 皆こんな場所には興味はないらしい。結構面白いのにもったいないことだ。

 

 

 部屋に入った私は扉の脇の壁についている白いパネルに近づき、今度はそれに指で触れた。

 出てきた文字を直接触っていくつかの項目を設定していく。

 

 的の座標は固定、一度の的の数は二匹、仮想敵はポクル、フィールドは草原。

 設定を終えて振り向くと部屋の様子は一変していた。

 部屋の奥にあったはずの壁はいつの間にか姿を消し、そこには街の外と良く似た草原が広がっている。良く見れば膝丈ほどの草の合間にぴょこぴょこと大きなネズミが動いているのが見えた。

 

「ふむ」

 一つ頷くと、私は手にしていた本を開いた。

 しかし開いただけでそこに出る文字に目を落とすことはない。

 もうとっくに暗記した呪文を呟くと、斜め後ろで赤い光が灯った。

『射て、炎の矢』

 す、と指先で目標を指し示しながら最後の言葉を呟く。ヒュッと細い音を立てて炎の矢が放たれた。

 その数は二。

 二匹のポクルは一瞬ののちに姿を消した。

 





 

「うーむ、あと精神が1と知性が2上がれば杖を装備できるか……。そしたらフィールドに出られるかのう」

 一時間後、私は今度は魔法ギルドの瞑想室の中でステータスを開いて色々と検討を重ねていた。

 瞑想室というからには瞑想しろよと思われそうだが、実はこの部屋はここに篭っているだけで瞑想したことになるという事なので、私はこの部屋で今後の計画を立てることにしている。

 もっぱらゲーム内での情報交換掲示板を眺めてめぼしい情報を拾う作業をしているのだが、これはなかなか有意義だった。

 


 ミストと別れた後、私がまず行なった事は魔法ギルドに行く事だった。

 ログインする前に見た情報サイトにより魔法ギルドでMP回復スキルが手に入る事は知っていたからだ。

 私はまず魔法ギルドのNPCに魔法の基本的な使い方の講習を受け、ギルド内の施設の利用方法を教えてもらい、スキルの取得を目指して瞑想室にこもった。

 

 瞑想室は四畳ほどの部屋で、木の床板の上に小さめのラグが敷いてあるだけの簡素な部屋だ。

 ここをゲーム内時間で二時間利用すると、『瞑想』というスキルが手に入るのだ。

 このスキルがあればフィールドなどでもそれを使う事でMPを五十パーセント回復できる。

 ただし、一回に五分はその場でじっとしていなければいけないのと、敵に襲われれば当然無効になってしまうので安全な時しか使えないスキルなのだが。

 それでもそれがあるとないとでは大分違う。

 私はスキルのために瞑想という名の時間つぶしをしながら、次に個人端末から見れるゲーム内の情報掲示板で情報集めを始めた。

 

 ゲームの中のリアルタイムで進むこの情報掲示板には色々な話題が山ほど出ている。

 当然怪しい情報や他愛のない雑談のスレッドも多いのだが、選んで読めばかなり参考になることも多い。

 現実の情報サイトはこの掲示板などで結論が出た確定情報をメールで外に送り、それを載せているらしい。

 そう考えるとあちらの情報は正確なのだろうが、両者の間にはかなりのタイムラグがありそうだった。

 私は情報掲示板の魔法職関係のスレッドを次々にチェックして、皆が苦労している話を読みながら今後の自分の行動方針を大まかに決めた。

 

 

 

 まず、すぐにフィールドに出るのは止める事にした。

 このまま普通にレベル上げをしていても、敵のレベルが上がったり、アクティブな敵を相手にしなければならなくなった時にソロではすぐに詰まることが分かりきっていたからだ。

 序盤から他人に頼りきりでレベルを上げていくのは立派な魔法ジジイを目指す私としては面白くない。

 

 何かそれを打開する道はないかと情報を集め考えるうち、私は一つの可能性を見出した。

 このゲームは自分のスキルの熟練度や装備品、プレイスタイル、クエストでの行動など様々な要因でレベルアップ時のステータス上昇に補正がかかる。

 それなら、フィールドに出てレベル上げをする前に、その補正を十分に受けられる状態にしておくのがいい。

 そうすればレベルが高くなった頃には普通に育てた場合とステータスに明らかな差が出るはずだ。

 

 幸い魔法ギルドにはそのための施設が充実していた。

 例えば魔法練習室。

 ここで仮想敵を相手に魔法を使うと、実際にMPは減るのだが経験値は一切入らない。

 その代わり、使った魔法スキルの熟練度はちゃんと上がるのだ。

 私はここでまず使える魔法の熟練度を出来るだけ上げることにした。

 ステータス補正目当てだが、熟練度を上げておけば当然魔法の威力も上がるので、覚えている魔法の数が少なくても倒せる敵が少しは増えるはずだし、一石二鳥。

 実際、使い続けた『炎の矢』は熟練度がレベル2に上がり、炎の矢の数が二つに増えた。これは相当嬉しかった。

 

 私は瞑想に飽きると練習室で魔法をぶっ放し、気分がスッキリしたところで瞑想に戻ることをしばらく繰り返す事にした。

 瞑想スキルは取得したが、当然それにも熟練度があるからだ。瞑想室を使い続けることで少しずつではあるが瞑想スキルの熟練度も上がる。

 瞑想をするとMPも回復するし丁度いい休憩にもなる。

 しかし、瞑想室にそれ以外の利点がある事に気がついたのは、瞑想時間が五時間を越えた頃だった。

 何気なくステータスを眺めていて私は首を傾げた。

 少しだが数字が以前と違っている。

 記憶を探ると、精神の数値が初期から比べて1上がっているように思えた。

 良く思い返してみたが、恐らく間違いはなさそうだった。

 これは僥倖だった。

 これを機に土日の間に魔法ギルドの機能を色々と検証してみた結果、ここはまさに魔道士のための研鑽所であることがわかったのだ。

 

 瞑想室で瞑想していると四時間ごとに精神に+1。

 図書室で蔵書を五十冊読むと知性に+1。

 

 私はもう小躍りしたい気分だった。

 図書室にはおよそ二百冊ほどの本がある。随分と多い数に見えるが、一冊の本の情報量は多くなく、大体五分から十分もあれば読み終わる。

 四、五時間かければ知性が+1。

 勿論楽な作業ではないが、それでも時間をかければ能力の底上げが出来るのだ。

 本の内容も、この大陸の歴史や地方の風土、モンスターの分布や細かい特性、様々な武器防具の基礎知識、世に知られている技術や魔法についてなど、より深くこの世界を知るためのマニュアルのようなもので決して無駄にはならなそうだった。

 

 

 そういう訳で練習室と瞑想室と図書室を行ったり来たりして六日目、私のレベルは未だ1のままだがステータスは少しずつ上がり、もうすぐミストから貰ったもののステータスが足りなくて装備できなかった『ナナカマドの杖』を装備できるようになりそうだ。

 

 魔法ギルドでの修行に飽きると、掲示板で集めた情報を辿りファトスの街で出来る小さなクエストを幾つかこなしたりもした。

 勿論、外に出て行って敵を倒す系のクエストはパスして、届け物をしたり探し物をしたり、話を聞いたりというだけで済むものを選んで幾つかこなしてきた。

 報酬はアイテムだったりお金だったりステータスだったりと色々だが、経験値が報酬のものは避け、必要のない物は売っぱらった。

 今のところそのお金で宿屋に泊まったり、新しい魔道書を買い足したりしている。

 

 金銭面に余裕があるわけではないが、杖さえ装備できたらそろそろレベル上げに行ける。

 今日手に入れたクッキーを食べて、図書館で読み残している本を全部読んでしまえば多分知性の数値は足りる。

 後はひたすら瞑想を繰り返すのみだ。

 

 

 

「ひたすら地味じゃが……何事も辛抱が肝心じゃからなぁ」

 ちなみにミストと別れて以来、一人でいるときもジジイ語の練習を兼ねて言葉遣いには気をつけている。

 でもリアルで出たら困るな、これ。

 

「しかし……このゲームの開発者は、実は相当魔法への拘りがあるのかもしれんのう」

 誰もいない部屋で私は一人呟いた。

 地味な作業を繰り返すうちに、私はそんなことを考えるようになっていた。

 

 魔法というととかく派手な効果による華々しい活躍を期待しそうだがもっと現実的に考えた場合、魔道士というのは研究者的な性質を持っているものなのかもしれない。

 限りある魔力を無駄にしないため的を相手に訓練を繰り返し、瞑想してより精神の高みを目指し、地道な研究によって少しずつ知識を蓄える。

 それらは全てこの魔法ギルドの備えた機能であるのだ。

 そういう道を用意してある事に、開発者の深い拘りが窺えるような気がした。

 

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― 新着の感想 ―
 某アニメの会長がする狂気の感謝の魔法使いバージョンみたいだな。(笑)
[良い点] 魔法への拘りが感じられて好き
[一言] ほほー。 戦士系とは全く別のプレイスタイルで、鍛え上げることができるのか! しかしそれでも、詠唱の長さと時間という問題がつきまとう。 それも何か解決策出てくるのかな。
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