73:季節外れの完成形
ドタバタと餅つき(?)をしばし繰り返した後。
「む?」
ピシャ、と踏み出した足先で水音が聞こえ、私は足を止め下を向いた。草に埋もれて少々見えにくいが、靴の先の地面に少しばかり水が溜まっているのが見える。いつの間に、と私は思わず首を傾げた。
「こんな水たまり、あったかの?」
この謎スライムの回りを走ってもう何周もしている。思い返してみたが、始めたときも今までも水たまりなどなかったはず。それによく見れば何だかその水の色もおかしい気がした。
「爺さん、次どこだ?」
「ウォレス? 何かあった?」
足を止めた私にギリアムとユーリィが声を掛ける。
「うむ、ここに謎の水たまりが……」
私は足元を指さして顔を上げて、ふと気がついた。
「もちが……いや、スライムが白くなっておらんか?」
私の言葉に皆も動きを止めてスライムを見つめる。私はシルバーもちスライムの最初の姿を思い出し、今の姿と比べて頷いた。全体的に銀色が少し薄れて、白銀という感じの色になってきている気がする。
「そう言われてみれば……少し白くなってるかしら」
「確かにそんな気がするな」
私はスライムを見てから、軽くかがみ込んで足元の水たまりに顔を近づける。
傍で見るとその表面は普通の水、というには少しばかり強く光を反射している気がした。触りたくはないからやらないが、もしかすると掬ったら銀色が混じった水なのかもしれない。
「わしの足元にいつの間にか水たまりが出来ておるようなのじゃが、ひょっとしてこのスライムの体液かの?」
私がそう言うと、今度は全員が自分の足元を見下ろした。
「あ、ほんとだ! なんかびちゃびちゃしてる!」
「確かにちょっと銀色っぽいような気がしますね」
「それでコイツが白くなったって? どういう生態なんだよ……」
ギリアムが呆れたようにため息を吐く。確かに、餅みたいに搗かれるうちに体液を出す生物と考えるととても謎だ。
「これ、踏まないようにした方がいいのかしら?」
「場所を変えたいとこだけど……無理っぽいかな。コイツ動かなそうだし」
そうなんだよね。
シルバーもちスライムはギリアムがいくら攻撃しても、相変わらず明確な反撃はしてこない。
返しをした人が少しずつ麻痺をさせられるが、それだけなのだ。
上手く餅つきできなくてお怒りゲージが溜まったら多分すごい攻撃をしてくると思うんだけど……それは出来れば見たくないね。
「この液体が危険かどうかはわからんが、なるべく気をつけるしかないじゃろう」
「そうですね。できる範囲でってことで」
そう結論が出たところで、また攻撃が再開された。
私は相変わらずスライムの回りをうろつき、弱点部位を探す係だ。あと回復とギリアムへの強化魔法を定期的に掛ける。
スライムのHPは少しずつだが順調に減ってきている。段々皆も慣れてきて、半ば作業感が出てきた気がするね。
「ねぇ、この水たまり踏むと、ちょっと麻痺する速度が上がってるかも」
「地味に嫌ですねそれ」
「でも、代わりにこのもち小さくなってない? 引っ張るのちょっと楽になったよ!」
スゥちゃんの言う通り、もちスライムの体はほんの少しずつだが小さくなっている気がする。叩く度に少しずつ小さく、白くなる体。そして足元の液体。
「つまり余分な液体を出して、もちに近づいているのかの」
「なぁ、もうこれを餅と思うの止めようぜ……」
その後、本体が小さくなっていることがはっきりと目に見えてきた頃から、攻略は格段に楽になっていった。
手が上まで届きやすくなったので、ギリアムが叩くのも皆が引っ張って返すのも一気にやりやすくなったのだ。私も周囲を回って弱点を見つけるのが段々と楽になった。
足元の水たまりは広がって踏まないようにするのが難しくなったが、代わりに手の麻痺は軽減されたようだ。
麻痺の速度が上がって足が時折ふらつく、と皆は口々に言ったが、どうにか回復も間に合った。
そんな謎の戦いもそろそろ終わりだ。
「はぁ……頼むからこれで終わってくれ……ぃよっこいしょお!」
ギリアムは疲れ果てたようなため息を一つ吐き、それからヤケになったような掛け声と共に思い切りメイスを振り下ろした。
大きかったシルバーもちスライムはすっかり縮み、もう直径は一メートルくらいになっている。
その天辺に出たマーカーにメイスの先端が当たるとスライムはぼよんと大きく弾み、そして突然白く光り出した。
「うおっ!?」
「眩しっ!」
皆が思わず腕を上げ、強い光から目を庇う。まさか失敗したかと思わず身構えたが、しかし光はすぐに弱くなった。
それに合わせて腕を下ろすと、スライムがいた場所には――
「……鏡餅?」
「二段になってる!」
「その天辺のみかんどっから来たのよ!」
――そう、目の前には直径五十センチくらいの立派な鏡餅が鎮座していた。みかんもそうだけど、この餅が載ってる台……三方だっけ? これもどこから来たんだろうね。
これをどうしたら、と困惑した皆と眺めていると、やがて鏡餅はキラキラと淡い光を纏い、しばしの後パチンと弾けるようにして姿を消した。
そして、アナウンスが一言。
『シルバーもちスライムは餅になりました』
「……討伐した、じゃないのね」
「あれは、餅になりたいスライムだったのかの?」
「何なんだよホントに……運営に餅ガチ勢でもいたのか?」
「意味わかんないけど、楽しかったね!」
「そうか? さすがに意味が分からなすぎじゃねぇか?」
「まぁ、終わったようですし……」
皆でブツブツ言いつつも、どうにかこの戦いは無事に終わったらしい。
意味がわからないけど、即死攻撃も食らわなかったし終わり良ければってことで……ヨシ!
「さて……これが最後の本か否か」
鏡餅が姿を消した草原には、ふわりと浮かんだ本が一冊。
開けばおなじみの文面が目に入る。
『汝らの知と力は示された。汝が知で友に示す新たな道はあるか?』
これ、悩むんだよね。ギリアムの役に立つ、喜ばれそうな知識って何だろう?
「あ、俺は生産に役に立つことか、何か浪漫のある話があったら聞きてぇ」
おっと、本人から要望が出たね。どうやら種族や職業的なことには興味が薄いらしい。ギリアムの生産職は軽装備とか装飾品だったはず。それと浪漫ね。
うーん、それなら……あれかな。
「フォナン地方にある山のどこかに、忘れられた廃鉱山があるという話を知っとるかの? もう随分昔のものだが、かつては銀や金などの貴金属や、質の良い宝石が多く産出されたらしいのじゃよ」
「お、本当か!? 材料の調達、まだ困ってんだよ!」
「うむ。あるとき強いモンスターが坑道に入り込み、そのまま住み着いたそうでな。討伐隊を出したが失敗し、そのモンスターがさらに仲間を呼び込み、結局それらを退治出来ず鉱山を取り戻せなかったようじゃ」
私の話に、フォナンにもう行っているメンバーが首を傾げた。
「それ、どの辺? フォナンで結構クエとかやったけど初耳だわ」
「俺も知らない話ですね……」
「まぁ、かなり古い話のようじゃからの。半ば伝承になっとるようで、わしが読んだ本にも詳細な場所までは記載されておらんかったぞ」
そう言うと、ギリアムはがっかりしたように肩を落とした。
「場所がわかんねぇんじゃすぐには無理か……」
「いや、多分フォナンに行けば手がかりがあるはずじゃよ」
それを匂わせた記述があったからね。
まぁ、それもフォナンに行って探してみないとわからないけども……でも、宝探しみたいで浪漫があるよね?
「なかなか浪漫のある話だと思わんか? わしも興味があるので探してみようと思っていたし、もし見つかったら、またこの面子で挑戦してみるのはどうかの?」
「失われた廃鉱山……金銀宝石が採掘できるかも、か。確かに浪漫だな!」
転職クエが無事に終わったら、私もそろそろフォナンに行ってみたいと思っているのだ。闘技場が盛んな街っていうのはあんまり趣味じゃないんだけど、新しい本は探したいしね。
全員の顔を見回すと、皆も何だかワクワクしているような表情を浮かべている。
「面白そうね! その時は絶対声かけてよね、絶対予定空けるから!」
「ボクもー! 採掘スキル持ってないんだけど!」
スゥちゃんがそう言うと、ヤライ君が頷いた。
「スピッツさんは採取スキル持ってましたっけ? 採取と採掘は街で切り替え出来ますよ」
「そうなの? じゃあ採掘取ってくる!」
採取や採掘スキルは確か、何の生産職に就いていてもステータスさえ許せば取れる独立したスキルだったはず。そういえば私はどっちも取ってないなぁ。
セダ以降の街でスキルが手に入ると聞いた気がするけど、すっかり忘れていた。
「俺も呼んでくれよ。その時は採掘に切り替えていくから」
「うむ。ミストはどちらも持っとるのかの?」
「ああ。けど俺は騎獣用の牧草を採るために、採取の方を使うことが多いかな。そういうスキルは自分の生産職に関係がある方が効率が良いんだ。鍛冶師なら採掘が得意とか、そういう感じだな」
「そうそう、だから俺は採掘ばっか使ってるな。まぁ、良い材料が出る場所ってのがまだあんまりないんだけどよ」
なるほど。詳しく教えてもらうと、薬師とか裁縫、料理なんかは採取の方が得意、鍛冶や防具生産なら採掘が得意、と向いてる方があるらしい。
スゥちゃんみたいな商人はどっちも特に得意はないとのこと。
そうすると、私も特に得意はないってことになりそうだな……などと考えているとユーリィが何となく気の毒そうな表情で私の方を見た。
「あとスキルの成長率とか、採取効率はステータスが関係するのよね。だから……ウォレスは採取だけにした方がいいかもね」
「なっ……さ、採掘は無理じゃと!?」
「そうだな。ウォレスにツルハシが持てるか怪しいな」
そんなことは……ある、かもしれない……でも今度スキルだけ取得してこっそり試してみよう。
皆と一緒に浪漫ありそうな採掘に行ったのに自分だけ掘れないなんて、何か寂しいし!