73:謎の餅つき大会
「色々突っ込みたいことはあるが……そもそも、俺は餅つきをしたことがねぇ」
ギリアムのその呟きに、そこにいた全員がうんうんと頷いた。もちろん私も含めてだ。
現代でも餅という食べ物はちゃんと食文化として残っている。
ただそれを手作りするというのは、そういうイベントでもない限りは目にすることもなかった。
「子供の頃、学校だったか町内だったかのイベントで見たことあったわよね?」
「あった気がするけど……出来上がったのを貰って食っただけだったはず」
杵が重いとかで、やらせてもらえた子は限られていたような? 確か私は遠くから眺めるだけで近寄りもしなかったけど。
「ぺったんてして、ハイってやってたよ!」
スゥちゃんがそう擬音で表現したが、言いたいことは何となくわかる。
「杵でついて、合いの手っていうのが入るんだっけ? アレって何してるの?」
「餅を引っ張ってちょっとずつ叩く場所を変えてるんじゃなかったか?」
多分そうだと思う。
シルバーもちスライムについて書かれた本には、『シルバーもちスライムを餅に見立て、餅つきのように攻撃し、返しを行え』と書いてあった。何となく分かるんだけど、出来ればもうちょっと詳しく書いてほしかったよね。
肝心の攻略法よりも、餅の由来に関するどうでも良い記述の方が長かった記憶があるし。
「ええと……結局、どうするのが正解なんでしょうか」
忍者に憧れるヤライ君も、さすがに自分で餅をついたことはないらしい。まぁ忍者は関係ないもんね……さて、どうしようかなぁ。
「そうじゃの……まず、わしとギリアム以外の四人で、スライムを囲むのがよかろう。わしが外からスライムを眺めてその弱点を看破するゆえ、そこをギリアムが叩く。で、その叩いた部分の近くにいる者たちが、叩いた所のちょっと下を掴んで引っ張って返す……っぽく動かしたらどうかのう」
「囲むの? 危なくない?」
「手順を守っていれば直接の反撃はしてこないらしいから、大丈夫じゃろう」
確かそういう感じのことも書いてあった。
「ならそれしかねぇか。即死攻撃ってのは、すぐしてくるのか?」
「いや、多分そうではないはず……手順を外せば徐々に怒りが募ると本にはあったから、すぐではないじゃろう」
怒りを示すゲージが出てくるとか、色が変わるとか、何かそういう指標があるといいんだけどね。
私がそう言うと、ギリアムも他の皆も納得したように頷いた。
「とりあえず、それでやってみるしかないわね」
「じゃあ行くか……」
「もちつき初めてだねー!」
「初めてですが……果たしてこれを餅と言っていいのか悩みますよ」
合いの手を任されることになった皆は、約一名を除き若干の不安を滲ませながらスライムに近づいた。大きな体を四方から囲むような位置にそれぞれが立つ。
「あ、ねぇ、バフとかどうする?」
「最初は様子見の方がいいんじゃねぇか?」
「一応防御系だけ入れといたらどうですか?」
攻撃力強化の魔法やスキルをギリアムに盛ったり、スライムに弱体魔法を掛けるかどうか、という話になったが、まだ敵の挙動が読めない。
どうするかを相談した結果、とりあえず最初はなしで、という方向で話がまとまった。
「では念のため、防御強化だけ掛けておくかの」
私は近づかないことになったけど、囲む四人にはもしかしたら危険があるかもしれないしね。
『来たれ来たれ大地の子、揺らがず砕けぬ岩盤の武者よ。その強き意志を我らに一時貸し与えたまえ。奮い立て、我が戦友。その肉体は鋼のごとく』
魔法を唱えると、皆の体が一瞬黄色い光に包まれる。
さて、次はスキルだ。
「ええと、さっき憶えた……『金枝の果実』を、と」
ウィンドウを開いてスキル欄を呼び出し、憶えたばかりのスキル名を押す。するとスキルアイコンの色が変わり、視界に変化が起こった。
「お? ああ、なるほど」
私の視界にいる大きなスライムの一部分に、パッと丸くて赤いターゲットマークが付く。弓道の的のようなものだ。そこに注目すると、小さな文字で打撃が有効、と注釈が出た。
なるほど、これは便利だ。私が本で読んでそうだと知っているから出てくる情報なのだろうが、弱点部位がここだとはっきり分かるのはありがたい。
「ギリアム、スライムの弱点は、スゥちゃんとユーリィの間の真ん中辺りで……頭より少し下? 肩の辺り……いや、スライムの頭とか肩ってどこじゃろうな」
ありがたいけど、よく考えたらその場所を口で説明するのが難しいね?
頭っていえば餅の天辺な気がするけど、その少し下って何て言えばいいんだ。
「あー……何となく分かるような、分からないような?」
「多少外れてもいいわよ、試すしかないんだから!」
「そうだな、んじゃ行くぞ?」
ギリアムがメイスを構えて皆を見回す。全員が頷き返すと彼も一つ頷きそして大きく振りかぶった。
「うらぁっ!」
大きな声と共にメイスが勢い良く振り下ろされた。バチンッと何かが破裂したような音が響き、スライムがもにょんと大きく揺れる。そしてその頭の上にHPを示すゲージが現れる。
あ、その下にももう一本何かのゲージが出てる。三分の一ほど青く染まってるけど……あ、三ミリくらい右に青が伸びた? って、これが怒りゲージかも!
「ユーリィ、スゥちゃん!」
「オッケ、スゥ、そっち持って!」
「はーい、この辺?」
二人は急いでさっきギリアムが叩いた場所の周囲に手を伸ばし、スライムの体をぐっと掴んだ。
「うひゃっ、もにょっとする! もにょぷる!」
「なんか掴みづらいわね、これ。スゥ、いい? せぇのっ!」
「よいしょー!」
二人は掴んだスライムの肉(?)を下から上にぐっと持ち上げ、叩いた場所を覆うように動かした。
ピコン! と可愛い音が聞こえて、青いバーがスッと元に戻る。良かった、どうやらこれで正解らしい。
「ウォレス、どう? これでいいの?」
「ばっちりじゃよ! で、次は……」
あ、弱点部位が見えなくなってる! って、返しをしたから当然……なのかどうかは知らないけど、どこいった!?
「次のマーク、次のマーク……」
ユーリィとスゥちゃんの側から離れ、パタパタとスライムの回りを走る。時計回りでスゥちゃん、ユーリィ、ミスト、ヤライ君と並んでいるのだが、次のマークはミストの前で見つかった。
「あった! ギリアム、こっちじゃ! ミスト、少し横にずれてくれ……ここ、この下の方!」
マークが見えないミストが戸惑いつつも場所を空け、私が指さした先を走ってきたギリアムが確かめる
「ここだな、おりゃあっ!」
頭を下に向けて思い切り振られたメイスが、バチンとスライムを叩く。スライムはまたもにょんと大きく揺れ、けれどやはり反撃はしてこない。
「ミスト、返しを!」
「おう! って、マジで掴みにくいな!」
「手伝います!」
ミストがスライムの表面を無理矢理掴むと、ヤライ君が走ってきて同じように叩いた場所の側をぐっと掴んだ。二人はせーのと息を合わせてスライムを大きく持ち上げる。
そしてまたマーカーが見えなくなってですね……今度はどこだ!
「意外と、探すのが、面倒くさいのじゃが!?」
「おじいちゃんがんばってー!」
パタパタと遅いながら頑張って走る私を、スゥちゃんが明るく応援してくれる。
次のマークはヤライ君とスゥちゃんの間の上の方にあった。
「うぬっ、どうにか届くけど、持ち上げづらいよー!」
「俺が引っ張るんで何とかなるかと!」
私が弱点を探して、ギリアムを呼んで叩いてもらって、側の人間がスライムを返す――単純にその繰り返しなのだが、思ったよりも面倒くさい。
「くそ、絶妙に遠かったり面倒くせぇ場所に出てねぇか!?」
「ウォレス、いっそ飛んだら?」
移動が遅い私を見かねてユーリィがそう提案するが、そうすると多分低い位置が見づらいんだよね。低く飛ぶのもありだけどあんまりまだ小回りが効かないし……などと考えて迷っていると、何度目かの返しを行ったスゥちゃんが不意に両手を持ち上げた。
「ねぇ、何かちょっと、手が痺れてきたかも!」
「えっ、麻痺ですか!?」
「そう言われて見れば俺も少し……」
「反撃してこないと思ってたらこっそり状態異常とか、根性悪いわね!」
スライムのHPはようやく半分を割ろうかというところだ。
ギリアムが叩いた後、返しが遅かったり麻痺して手が滑ってもたついたりすると、スライムの怒りゲージが苛立つようにじわりと伸びる。
薬や魔法で麻痺がひどくなる前に回復していくしかない。しかしそんな事をしているとスキルが切れて、気が焦る。もう防御は良いからギリアムの強化と回復だけにしよう!
「餅つきって、重労働、なん、だな!」
高い場所に出たマークに苛立ちをぶつけるようにギリアムがメイスを振り下ろす。
「そんな返しにくい場所に出るんじゃないわよもう!」
「スゥ、場所変われ! せーの!」
「あっ、ちゃんと返せてないよ! お怒りゲージが伸びてるから、もっかい!」
そんな繰り返しで、おかしな討伐はドタバタと進んで行く。
「くっそ、俺はもう絶対餅なんてつかねぇ!」
「そもそもこれはやっぱり餅じゃないと思います!」
「大体、こんなギャグみたいな討伐戦自体どうなんだよ!?」
全く、皆の意見には同意しかないね!