72:全員集合
「おう、お疲れ」
本に導かれて移動すると、白い砂の上で胡座をかいたギリアムがひらひらと手を振っていた。
周囲を見回せば、目の前には海がある。青い空と、青い海と、白い砂浜。海と反対側の砂浜が切れた先は、木々に覆われた緩やかな丘になっていた。
村らしきものは見えないが、先日訪ねたセタラの海岸によく似た景色だ。
「待たせてすまなかったのう、ギリアム」
ここに来るまで三戦もしているのでかなり待ったはずだ。頭を下げると、ギリアムは笑って首を横に振った。
「気にすんなよ、観戦できて楽しかったからな」
ギリアムはそう言って自分の前に出していたウィンドウをポチポチと操作して、こちらに向けて見せた。
「ほら、見てくれよ、このスクショ! なかなかよく撮れてるだろ!」
向けられた画面を覗き込むとそこにはかっこいい魔法ジジイの姿が映っていた。沢山の光の帯を纏い本に触れる私、杖を振り上げ魔法を使う私、杖に乗り宙に浮かぶ私。
……かっこいいね!?
「うむ、さすがじゃのギリアム! 魔法ジジイの良さを知る者だけが撮りうる、浪漫溢れる写真じゃな!」
「だろ!? いやぁ、やっぱこういうのが浪漫だよな!」
「……浪漫?」
ミストの呆れたような呟きが聞こえてきたが気にしてはいけない。
魔法ジジイは絶対浪漫。間違いない!
「このスクショは後で送っとくよ。で、今度は俺も戦闘に加わる訳だよな?」
「多分そうなるじゃろうのう。ただ、クエスト全体の達成率がまだ七十%なんじゃよ。そうなると、もう二戦くらいあるかもしれん」
私がそう言うとギリアムは首を傾げたが、ミストやユーリィは納得したように頷いた。
「今までのクエストの傾向から考えると、多分次はギルさんがメインで活躍して、その次は全員でって感じかもな」
「ありそうね。ウォレスも手持ちのスキルとか確認しておいてね。またさっきみたいなそれに合わせたギミックがあるかもだし」
「それは確かめておいたが……やはりわしらに合わせてクエストが変化しとるのかのう」
何だか参加したメンバーや、私が獲得したスキルに合わせて内容が決まっているような気がしてたけど、本当にそうなんだろうか。
私のそんな疑問に、ユーリィは頷いて答えた。
「多分そうよ。RGOって、その辺のシステムが結構独特なのよね。ほら、個人のプレイスタイルによって、ステータスとかも差が出てくるじゃない? AIがプレイヤーそれぞれから細かく情報収集してて、それに合わせたステータスの変化や、クエストの分岐なんかを用意してるって話なのよね」
「そうですね。だから俺たちがパーティ組んでこのクエストを始めた時点で、多分内容も調整が掛かってるんだと思いますよ」
「じゃあこれ、ホントにおじいちゃん専用のクエストってことなの? 何かかっこいいね!」
「浪漫だな!」
確かに、専用クエストと言われると確かに何となく心が躍る気がするね。
その分決まった攻略法が確立しづらくて、毎回試行錯誤することになりそうだけど……それもきっと楽しみだ。
「最初の転職クエだから、全体的にそんなに難易度は高くないみたいだけど……その分学者らしく知恵を使えって感じがするわね」
「そうじゃのう……あとは、仲間の力を借りよ、というクエストじゃな」
私がそう言うと、仲間たち全員がどことなく誇らしげな表情に変わった気がした。
「よし、では行くかの。わしと愉快な仲間たちよ」
「うわ、今ので何かが台無しになった!」
ミストのその感想に、仲間たちの明るい笑い声が響いた。
「さぁ、次の試練は何かの?」
そう呟いて宙に浮いて待っていた本に手を伸ばす。
本はパラパラと開き、もう何度も見た文面を輝かせた。
『汝らの知と力を示せ』
それを確認してから距離を取って警戒している皆の所まで駆け戻り、ミストの背中にサッと隠れる。
本が強く輝き、白い光が広がってゆく。
何が出てくるか、と息を呑んで見つめていると、やがてその光は丸く大きく広がって弾けた。
光が消えて現れたそれは、何だかとても丸く大きく、そしてぷるぷると震えるように揺れていた。
「敵は……スライムか?」
一番前にいたミストが現れたものを見て呟く。スライム……うん、確かにぱっと見はスライムっぽい。だが、以前私が良く狩っていたスライムとは、結構違いがある姿だ。
「今まで見た他のスライムより何かすごく丸いけど……銀色だからメタル系かしらね?」
大きさははっきりとは分からないが、多分直径三メートルくらいだろうか。全体的に銀色で、透き通った部分はどこにもない。
そしてユーリィの感想の通り、何だかとても丸いのだ。例えるなら背が高めの鏡餅とか、大福といった見た目だ。
銀色で、何かやたら綺麗に丸いスライムっぽい生き物……私はこの見た目に関する記述を読んだ記憶がある。
「シルバーもちスライム……」
「……ウォレスさん、今なんて?」
「え、ウォレス、これ普通のメタル系スライムじゃないの?」
「確かにもちっぽいね?」
皆の視線がくるりと私の方を向いた。幸い、スライムはぷるぷると僅かに揺れるだけで今のところ敵対行動を取っていない。
「名は出ていないが、多分これはシルバーもちスライムじゃろう。わしも実物は初めて見る。スライムの亜種と思われるが、正確にはちょっと違う何かだと本にはあったぞ」
「ちょっと違う何かってなんなんだよ逆に!」
「さっぱりわからねぇな。じゃあ、攻略法もわかるか?」
ギリアムの問いに私はそれについて書かれた本の内容を思い出す。
「確か……斬撃系や銃等の攻撃は効かないし、魔法耐性も高かったはずじゃよ。効くのは打撃系の攻撃じゃな」
「じゃあやっぱり俺の出番ってわけだな」
ギリアムはそう言うと愛用のメイスをポンと叩いた。確かにギリアムの武器はどこからどう見ても打撃系だ。けど、その前に問題が一つあるんだよね。
「シルバーもちスライムは、恐らくちと難しいぞ。まず核が見えないので、弱点部位が分かりにくい。弱点部位は多分わしのスキルで看破せよということだと思うから、それは良いとして……それよりも、倒す為には重要な作法があるのじゃよ」
私のその言葉に、皆は意味が分からないというような表情を浮かべた。
「作法って何よ、一体どんなの?」
「面倒くさいことなのか?」
「一対一とか、そういう系ですか?」
「ボクでも出来そうなこと?」
「スライムに作法って、そんな話初めて聞いたんだが……」
皆は口々にそう言い、不思議そうにスライムと私を交互に見た。
うんうん、わかる。私も本にあった、『このスライムは普通のスライムと同じと思ってはいけない』という記述を見た時、多分同じような顔をしたと思う。大体その名前からして、誤植かな? と一回は思った。
けれどこれは、とても大事な事なのだ。
私はちょっともったいつけるようにゆっくり片手を上げ、ピッと人差し指を立て、そして重々しく皆に告げた。
「シルバーもちスライムは……餅つきのように扱ってやらないと、怒って即死攻撃を放つ!」
「……」
皆は私の言葉にしばし沈黙し、やがて理解を拒むように揃って眉間に皺を寄せた。
たっぷりの沈黙の後、全員の口がぱかりと開く。
「はああぁぁ!?」
皆の声と心が一つになった叫びは、青い空と砂浜の間に高く響いた。
いや、嘘じゃないからね?