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71:敵の正体

 何でも無いときの三分は短いのに、待っていると何故か長い。

 皆が攻撃を避けたり防いだりするのをハラハラと見ながら、私はスキルの結果が出るのをじっと待った。しばらくすると、ポーンというシステム音が鳴った。

「ん……本?」

 やっとか、とウィンドウを開こうとすると、それより先に目の前にフッと青い本が一冊現れた。厚みの薄い、ノートのように簡素な見た目の本だ。

 手を伸ばすとそれは勝手にパラパラと開き、真ん中辺りのページを出して動きを止める。呪文書と同じ動きだね。

 その見開きページの半分には今戦っているのとよく似たもっさりしたトレントの絵が描かれ、もう半分には細かい解説が書かれていた。

「あのモンスターは……『ブロッコトレント&緑の冠』とな?」

 その後に続くモンスターの説明を読み、私はなるほどと頷いた。それなら、確かに普通にやっても倒せないはずだ。

「ふむ……よし」

 説明を読んで攻略方が何となく見えた気がする。

 顔を上げればトレントの幹を取り巻いていた光の帯が消えていた。それを見たユーリィが傍まで走ってやってくる。

「ウォレス、何かわかった?」

「うむ、大体のう。ユーリィ、少し射程の長い銃は持ってるかの?」

「一応あるわよ。今使ってるのよりちょっと攻撃力は落ちるけど」

 ユーリィはそう言うと手早くウィンドウを出して操作し、装備を今の短銃から長銃へと取り替えた。

「これからわしがユーリィに狙撃してほしい敵の姿を顕わにする。それを……出来れば、一撃とは言わぬが早めに決めてほしいのじゃが?」

 ちょっと挑戦するように口の端を上げてそう言うと、ユーリィは面白そうに瞳を煌めかせ、牙を見せて笑った。

「あは、いいわね、そういうの大好き! まっかせて!」

 現実の由里とは全然違う姿なのに、その笑顔の獰猛さはどこか似ている。由里がゲームなどをしていて、やる気が出てきたときに見せる顔だ。私は彼女のその笑顔が実は好きなのだ。

 うん、楽しくなってきたね!

「では、行くぞ!」

「ええ!」

 私は杖を高く上げて、まず一言唱えた。

「補助陣起動」

 上げた杖をくるりと回し、先端で描くのは大きめの二重円。そして円の中心に点を一つ打ち、さらに上部に真っ直ぐな線を一本。光を纏って宙に浮いた図形に左手を当て、呪文を唱えた。


『来たれ来たれ、緑の踊り子、暴風の子供。雄大なる大空の騎手にして、無情なる時の使者よ。その怒りを風に乗せ、我が望む全てを切り刻め。踊り子の衣は二重に巡りて、その舞の音は天をも揺るがす。渦巻け、風の刃!』


 トレントの足下を指定して魔法を発動させると、根元からゴォッと音を立てて竜巻が立ち上る。それは見る間に勢いを増し、たちまち木全体を包み込んだ。

 威力を増す方向でアレンジした風の魔法に取り巻かれ、トレントがくぐもった悲鳴を上げる。その葉や枝が風に切り裂かれ、風に乗って飛んで行く。

「すっげ……」

 ミストがそれを呆然と見上げて小さく呟いた。

 私はそれを聞きながらMP回復用のドロップを口に放り込んだ。威力をマシマシにしたらMPをかなり使ってしまった。

 しかしその甲斐あって、トレントの根はそちらに力を割く余裕がないのか動きを止めている。

 本体は竜巻を振り払おうとするように必死で枝を動かしているが、宙を掻くばかりだ。それどころかその枝も細いものは竜巻で削られ、葉をむしられ、どんどん層が薄くなっている。

「ユーリィ、そろそろ的が見えるはずじゃ!」

「了解! あ、もしかしてあれ?」

 ユーリィはトレントから距離を取りつつ狙いやすい場所で、片膝を地面について長銃を構えている。葉が吹き飛んで見えるようになってきたトレントの上部を指さし、ユーリィがこちらを向く。私もそれを見て頷いた。

 ブロッコリーそっくりの状態から、すっかりハゲになりつつあるトレントの上の方。太い枝の一本に、よく見れば緑色の丸いものが付いている。根はトレントの枝に這うように張られ、トレントよりも色の薄い葉を風に揺らして、必死でしがみ付いているように見えた。

「あれじゃ! 緑の冠という名の、ヤドリギ型モンスターじゃよ! さ、ユーリィ、早く!」

「オッケー!」

 緑の冠というそのモンスターは、トレントとの共生種らしい。魔法系特化型で、特にトレントに対しての回復魔法が得意だという。HPも防御力も低く、物理攻撃に弱いから、見つけられれば倒すのは難しくないようだ。RPGのボス戦でよくある、回復役を先に倒せっていうやつだね。


 そろそろ竜巻の効果時間の終わりが近づいている。徐々に薄れた風の壁はやがて霧散するだろう。

 トレントのHPは今の魔法で七割以下になっているが、ヤドリギは目を回しているのか回復魔法を使おうとしていない。

 ユーリィはブツブツと小声で立て続けにスキル名を唱え、その度に彼女の体が赤や青の光を一瞬帯びる。あ、私も強化魔法をもう一回掛けよう。

『――奮い立て我が戦友、魂よ、赤き炎を宿せ』

 手早く唱えて魔法を掛けると、ユーリィが私の方を見て微笑み、頷いた。そして彼女は真っ直ぐに獲物を見つめ、引き金を引いた。

 ターン、と長く尾を引く音が草原に響く。放たれた銃弾は真っ直ぐ目標を射貫いたらしい。クギャッという小さな声が離れた私の耳に届き、黄緑色の葉がパッと大きく散った。

「やったわよ! スゥ、トレントに攻撃!」

「はーい!」

 距離を取って様子を見ていたスゥちゃんが、待ってましたとばかりに飛び出し斧を振るった。

「ヘヴィスイング!」

 ドゴン、と派手な音を立ててスゥちゃんの一撃が幹に打ち込まれた。HPバーがぐぐっと減って、トレントが悲鳴を上げる。しかし振り回された枝は葉を失って枯れ木のように頼りなく、そのHPを回復する相棒ももういない。

 必死で振り回された根も、ヤライ君やミストに次々切り払われて行った。


『来たれ来たれ炎の子。其は暖かき灯火、燃え盛る焚き火。地を舐め風に踊るものよ、大いなる怒り宿した一筋の矢となれ。射て、炎の矢!』


 再び唱えた魔法が次々と幹や太い枝に着弾する。今度こそその炎はトレントを捕らえて放さず、その残った枝や幹をジリジリと焼いてゆく。

 グオォ、ウオォ、と何度もトレントは叫び、こちらに攻撃を仕掛けたがそれらは全て避けられ、防がれて当たることはない。

 やがてトレントは最後に大きく呻くように叫ぶと、ドスン、と横倒しになって光に変わった。


「ふぅ、やれやれじゃの」

「ああ、最後は結構呆気無かったな」

「ギミックが分かれば簡単だったわね」

「ちょっと斧振り足りないよー」

「お疲れ様でした」

 私たちはお互いを労いながら、トレントが消え失せた草原の真ん中に集まった。

 そこには当然、新しい本が浮いている。


『汝らの知と力は示された。汝が知で友に示す新たな道はあるか?』


「ふむ……ユーリィとスゥちゃんに示す道、か」

 ユーリィは先のプランが結構しっかりしていそうなんだけど……何か役に立ちそうな情報とかあったっけ?

 私は今まで読んだ本の内容をつらつらと思い返してみた。あれこれと出来る限り沢山の本を読んだが、役に立ちそうと思ったことも、何の役にも立たなそう、と思った事も色々あった。

 そういえばユーリィはペットは小鳥や猫がいいって言ってたっけ?

「フォナンを超えた先、ファブレまでの道程のどこかに、惑わしの森という場所があるそうな。そこで迷った旅人が言葉を喋る小鳥に助けられたと語ったらしい。そんな記録が何かの本に残っておった」

「あ、もしかして賢き獣ってやつ? どんな小鳥?」

「さて、そこまでは書いとらんかった。木の上から囀るような声で正しい道を教えてくれたが、その姿は見えなかった、とあったから恐らく小鳥だろうが確認はしていないということらしい」

「なるほどね……じゃあ仲良くなる方法とか、そういうのはわかんないわよね?」

 ユーリィの問いに私は素直に頷く。旅人が語った逸話を集めた短い本に載っていた話だ。その先のことは書かれていなかった。

「今はわからぬが……フォナンやファブレまで行けば、また新たな本との出会いがあるかもしれぬな」

「うん、そうね。じゃあそれに期待しつつ私も探してみるね。どうせフォナンの次はファブレの街を目指すんだし、その時は一緒に行きましょ!」

 夏休みの間にフォナンの周辺地域は大分探索が進んでいるらしい。もうそろそろファブレまでの道が拓かれるのではと言われている。

「うむ、それも面白そうじゃ。楽しみにしておるよ」

 さて、次はスゥちゃんなんだけど……私は今は晒されているスゥちゃんの頭に角を見る。

 まだ小さくて髪や帽子に隠れるような二本の角。私はそれをついと指さした。

「獣人族にはそれぞれの種族の隠れ里があり、旅人の獣人であっても、己が種族の里を見つければ迎え入れられるらしい」

「そうなの? そこに行くと何か良いことあるの?」

「うむ。スゥちゃんの角の小ささは、竜人としてはまだ未成熟な証らしい。里に辿り着き、そこで成人の儀を受けると獣人はさらなる力を得ることが出来ると書いてある本があった」

 私のその言葉にスゥちゃんはパッと目を輝かせた。

「えー、行きたい! それどこにあるの!?」

「竜人の里はこの大陸で一番高い山の裾野のどこかにあるらしい。多分ファブレの西、セーブル地方と王都のあるテタン地方を隔てる山脈がそうだと思うのだがの」

「セーブル……って、何番目?」

「多分七番目じゃな」

 この大陸には十五の地域があるのだが、至極大雑把な地図とその名から察するに、多分そうだと思う。スゥちゃんは七という言葉を聞いて一転、がくりと肩を落とした。

「そんなのまだ全然先じゃん~!」

「馬鹿ね、そんなの種族としての進化とかそういう話じゃないの。それは先の話になるわよ! でも、獣人って私にもあるってことでいいのかしら?」

「恐らくはの。黒豹の里の話は見なかったが、それもまた探しておこう」

「ありがとう! エルフとかヒューマンはないの?」

「エルフはエルフの里があるらしいの。だが成人の儀という形ではないらしい」

 種族としての進化というのはあるらしいのだが、本にある知識では、そう匂わせている程度だ。

「いいなぁ。俺もヒューマン以外にするべきだったかな」

「ヒューマンには何か別種のがあるらしいの」

「マジ? じゃあ分かったら俺もよろしく!」

 ハイハイ。ただ、ヒューマンの場合は種族進化っていうより、積んだ徳とかで聖人化するとか、逆に闇堕ちするとか、なんかそういうのが多そうだったんだよね。

 ま、どのみちまだ分かることは少ないから、今後に期待だね。


 皆が何となく納得したところで、ポーンと音がした。


『魔法学者への道(六):達成率70% スキル『金枝の果実』を手に入れました。このスキルはクエストの失敗時には失われます』


 お、達成度がぐっと増えた。二人分だからかな?

 スキルは、と。

『金枝の果実:汝が蓄え育てた知はやがて実を生す。それは困難に打ち勝つ力となるだろう。効果:強化スキル(A)戦う対象に関する知識を持っている場合、このスキルを使用している間、敵の弱点となる部位、攻撃、魔法などの情報を得ることが出来る』

 なるほど?

 このスキルが使いやすいのかどうかは試してみないと分からないけど、この感じから行くと次はこれを使って戦えっていう事になりそうな気がするね……。

「ウォレス、クエスト進んだか?」

「うむ、順調じゃよ。さて、次に行っても良いかの?」

 皆の顔を見回して聞くと、全員が即座に頷いてくれた。

 開いた本が問いかける。


『貴方が次に出会った友は?』


「次に出会ったのは、ギリアム・アイアン。ドワーフ族の青年じゃな。珍しくも背の高いドワーフじゃよ」

 ギリアムは浪漫派なので、当然名字もあるのだ。私も何か決めようかなぁ。

 さて……当のギリアムはすっかり待ちくたびれているんじゃないかな?


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― 新着の感想 ―
[一言] 金枝の果実は結構便利そうなものが来たな。 梟の慧眼との違いは知識がある相手にしか使えないけどこっちは戦闘が前提な分時間がかからないんだろうなあ。 まあ梟の慧眼はどっちかと言うと戦闘外で物品鑑…
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