70:謎の回復力
「まてコラ戻りすぎだろ!」
「火は無効って事ですかね?」
ランダムに襲ってくる根を切り払いながらミストが悪態をつき、ヤライ君が疑問を零した。
今の魔法はかなりのダメージを出したはずだが、敵意は私に向いていない。トレントはそれよりも火を消すことを優先して、それによるダメージは丸々なかったことにされてしまった。
「斧で削った分は残っておるようだしの……もう一度試してみるか?」
「オッケー、お願い!」
振り向いたユーリィに頷き、私はもう一度炎の矢を唱えた。すぐに魔法は発動し、またトレントへと炎が向かう。
その結果は――
「駄目じゃの」
――やはりさっきと同じで、トレントはしばらくの間は炎に包まれHPを減らすがそのうちに水を纏い、すっかり回復してしまった。
「うーん、物理特攻かしらね? 他の魔法試してもいいけど、とりあえず先にスゥ中心でやってみる?」
「そうすっか。魔法使ってもヘイト取らないみたいだし、俺も前に出る。ウォレスはバフくれ!」
「うむ」
今のところ、トレントの攻撃は当たってもそう大きなダメージになっていない。私に敵意も向かないので、ミストは前に出て攻撃に加わるようだ。
相変わらず敵の名前もレベルも表示されていないけど、あんまり強そうな感じもしないし、レベル的には余裕なのかも?
そんな事を考えながら、私はとりあえず皆に攻撃力アップと防御力アップの強化魔法を立て続けに掛けた。
「いっくよー!」
バフの掛かったスゥちゃんの一撃はなかなかの攻撃力だ。
横薙ぎに振るわれた斧はバカンと良い音を立てて幹に食い込む。太い幹なので一撃で切り倒せるわけではないが、それでも大きな傷が付き、HPがぐっと減ったトレントが悲鳴を上げた。
枝がブンブンと振り下ろされるが、もさっとした葉に覆われた枝は太い代わりに割と短い。
小柄なスゥちゃんが少し回り込んだり離れたりすればそれだけですぐに避けられてしまう。
それを補うように伸びた根も、ミストが防いだりヤライ君が切り払ったりしているのでダメージはあまり受けなかった。
「余裕そうね?」
銃があまり効かないのでユーリィは逆に暇そうだ。私の傍に来てしばし傍観の構えらしい。
私も強化を掛けたあとは回復メインで、そんなにやることが無い。色々魔法を試してもいいんだけど、その度に回復されたら面倒だから、ちょっと躊躇うんだよね。
「このまま行くかの?」
「だといいけど……あ」
スゥちゃんの攻撃によってHPバーが大体七割を割った瞬間、また水が上空に現れた。
「また回復!?」
それとも今度こそ攻撃か、と身構えているとまた水が辺りに散布され、トレントがキラキラと輝く。そしてトレントのHPバーが……全快した!?
「えっ!? ちょっとー、回復しすぎだよ!」
スゥちゃんの活躍によって減っていたトレントのHPは、何事もなかったかのように右までいっぱいになり全て回復されてしまった。
それに気付いたスゥちゃんが手を振り上げてぷんすか怒っている。
「あー……そういう系?」
ユーリィは何か察したように呟くと、手を振って皆に声を掛けた。
「ちょっと中断! 声が届くとこまで少し下がってきて!」
その呼びかけに答えて、皆が敵の攻撃を避けながら後ろに下がる。トレントはずるずると近寄って来ているが、HPが全快したせいか敵意は弱く、その動きは鈍かった。
皆は警戒しながら集まり、また振り出しに戻ってしまったことに困ったように顔を見合わせた。どうやら、物理攻撃も不正解だったようだ。
「でかい割に弱いと思ったら、ギミック系か?」
「ですね。何か見落としがありそうです」
「ギミック系というのは……要するに、手順を踏まないと倒せないということかの?」
「そそ。でも良く考えればウォレスの転職クエだもんね。ウォレスが何かしないとなのかも……心当たり無い?」
確かにただ殴り続ければいいだけでは簡単過ぎるね。
さて、心当たり……ああ、もしかして?
私は少し考え、ここに来る前に憶えたばかりのスキルのことをふと思い出した。
すぐにステータスウィンドウを開いて、スキルの一覧を見る。さっき憶えたスキルは……あったあった。えーと、所要時間三分、ね。
「さっき憶えた解析スキルを使ってみるゆえ、その間の守りを頼む」
「わかった!」
私の言葉に応えてミストが念のため前に立ってくれた。
「スゥとヤライ君は軽い攻撃入れてくれる? 私もフォローするから」
「オッケー!」
「任せてください」
ユーリィの指示でスゥちゃんやヤライ君がまた前に出て、トレントがこちらに近づかないよう牽制する程度の攻撃を始める。
じゃあこの間に、私もスキルを――
「さて、どうやって使うんだったかの……」
――魔法はよく使うが、スキルはあまり使わないので少し手間取る。飛行術はこの画面で色々設定するんだけど、敵に使うスキルは違うよね。
ええと、口頭でスキル名を言うか、ここからポチってしてもいいんだっけ?
『梟の慧眼』と書かれた文字をポチリと押すと、目の前の地面にターゲットを指定するための光る輪がフッと現れた。私にしか見えていないものだ。
それをピッと指さし、その指を動かすと輪もススス、と動く。その輪をトレントの足下に動かそうとするが、その少し手前で止まってしまった。どうやらもう少し近づかないと有効範囲にならないようだ。
「ミスト、スキルの範囲外じゃから、少し近づくぞ」
「わかった」
トレントの根が地面から出ていない場所を選びながら何メートルか前に出ると、ミストもそれに合わせてくれた。
えーと、もうちょい……お、この辺かな?
輪をトレントの足下に移動させると、根元に隠れて見えなくなる。しかしはみ出てないのでちょうど良さそうだ。
位置を確認して、ウィンドウのスキル名をもう一度押す。途端に、トレントの足下から白い光が立ち上った。
「おお、何かかっこよいのう」
光は丸い輪になってふわりと浮き上がり、トレントの幹の真ん中辺りで文字や模様を交えた帯のように変化してぐっと広がった。くるくると回る、繊細な模様で出来た光の帯はなかなかキレイだしかっこいい。
などとのんきな感想を抱いていたら――
「ウォレス危ないっ、ミスト!」
「挑発! 鉄壁!」
ユーリィの鋭い声が飛び、ミストが盾を突き出しスキルを使う。次の瞬間、低く構えた盾に重い音を立てて何かが激しくぶつかった。
「ミスト! 大丈夫かの!?」
「ああ! ウォレス、そのまま動くなよ!」
ミストの盾にぶつかったのはトレントの根っこだった。さっきまではふらふらとそこかしこから伸び、思い出したように攻撃をしてきていた根っこが突然何本かぎゅっとまとまり、長く伸びて私の方に殺到したのだ。
ミストの盾を抜く威力はないようだが、それでもさっきまでとは桁違いに激しい反応だ。
「どうやら正解みたいね!」
「解析されちゃ困るんですね、っと!」
足下からシャキンと飛び出してきた根をヤライ君が避け、スパンと切り払う。ユーリィは手にした銃で細い根を器用に次々撃ち抜いた。撃たれたところから先が引きちぎれるように吹っ飛び、パタパタと地に落ちる。
「じゃあ、ボクも時間稼ぎ頑張るね!」
スゥちゃんはそう言って斧を振り、HPが回復するラインを割らないように軽めに幹に打ち付ける。
トレントはその攻撃に対してもさっきよりも激しく枝を振り下ろし、そしてしばらくすると突然一際大きな声で叫んだ。
「うひゃあ!」
「ぐっ!?」
トレントの近くにいたスゥちゃんとヤライ君がその咆吼を浴びて立ちすくむ。
「やば、麻痺った!?」
動けなくなった二人に向かってユーリィが走り出し、腰に着けたポーチから出した瓶を素早く投げつけた。瓶はカシャンと音を立てて二人に順番に当って砕け、中身を浴びた二人が再び動き出す。投げたのは麻痺を治す回復薬だったようだ。
「ありがとー!」
「どうも!」
二人は慌ててトレントから距離を取ろうと動くが、そうするとトレントも動いてしまう。
私に近づける訳にもいかないと思ったのか、ヤライ君が幹を挟んで反対側に回り込み、二人で交互に攻撃することにしたようだ。
これが普通のボス戦ならミストのような盾役が一人で攻撃を防ぎ、その間に攻撃するっていうのもありなんだろうけども、解析を行う私にも定期的に根が向けられるのでミストはここを離れられない。
ああもう、早く終われ!
「ウォレス、そのスキル時間掛かるの?」
「あと一分四十秒じゃよ!」
「了解!」
ユーリィは根っこをミストに任せ、トレント本体を私に近づけないための牽制に加わる。
このスキルを使っている間、私は大したことができない。魔法は使えないし……あ、ミストのHPもじわじわ減ってきてる。アイテムなら使えるかな?
私は回復薬を取り出すと、前に立つミストに向かって投げつけ……投げつ……。
「ウォレス、当たってねぇぞ!?」
「ええい、うるさいわい!」
投げた回復薬がボスボスとミストの傍の草むらに虚しく落ちる。
くっ、なんで当たらないっ……あ、当たった!